3 気になるお年頃
ケインが、管理課の建物から出てくる。
彼は受け取った書類を見ながら、段取りをアレコレと思案していた。
すると、
「ケイン」
と、ターザリオンの呼ぶ声がした。
彼は先の方にいて、やはり右手をあげて位置を示していた。
「どうだった? うまくいったの?」
「人聞きの悪いこと言うなって」
「名前は?」
「確か、『カメリア』だったかな……」
「へぇ、綺麗な名前じゃない」
「そうなのか?」
「アマノ国ってところにある花の名前だね」
「へぇ~」
「内容はなんなの? 護衛?」
「そんなところだ。カムカ島で演奏会やるから、その警備だってさ。とりあえず明日には出発するよ」
「そうか…… 飲み仲間がいなくなるのは寂しいね」
「大袈裟な。すぐ近くだろ?」
「そうだっけ?」
「相変わらずだな…… いい加減、主要な島の名前くらい覚えろって」
「努力目標として頑張るよ。それよりさ、あの女の子のことなんだけど……」
「なんだよ、また会ったのか?」
「いや、そうじゃないんだけど、やっぱり噂になっててさ」
「噂?」
「非番だった先輩とさっき会って話になったんだけどね…… なんでも伝説級の歌姫がカムカ島で久々に演奏会するんだって」
ケインの表情が明らかに変わったから、ターザリオンは首を傾げ、
「どうかしたの?」と尋ねた。
「あっ、いや…… 実はそのことで俺も、先輩からちょっと話を聞いてさ」
「いいね、どうせだし巡回ついでに話でもしようよ」
そう言ってターザリオンが歩き出すから、ケインは口角をあげて、彼の隣を歩いた。
少し歩いてから、
「どういう話だったの?」と、ターザリオンが言った。「こっちの仕入れた噂話と関係あり?」
「実はさ、先輩からの話なんだけど…… 所長と部長が休暇取ってるだろ?」
「そうなの?」
「お前のところの部長は取ってないのか」
「多分、取ってないね」
「じゃあ、ウチと捜査課のトコかも知れないけど…… みんな、歌姫へ会いに行ってる可能性があるんだとさ」
「ははぁ~、なるほどね」と笑みを浮かべるターザリオン。「僕の聞いた話だと、物凄い歌姫らしくって、一時期はアル・ファームの王族に歌を披露したことがあるんだってさ」
「マジかよ…… あんなの、酒場や『サロン』で仕事するだけかと思ってたのに……」
「普通はそうだろうけど、昔は貴族の前で歌うのが一種のステータスだったろうし、王族の前ってことは、普通に芸術家みたいな歌姫なんじゃないか?」
「そんなの聞いたこともないけどな……」
「君もあんまり芸能人には詳しくないんだね」
「なんだよ、その残念そうな顔は。お前だってそうだろ?」
「類は友を呼ぶと言うか、正直、僕も君も、取り立てて異性に明るいわけじゃないもんな」
「お前はもう少し身なりに気を遣ったら、すぐモテそうなのにな…… 高給取りだし」
「そっちの属性でしか物を見ない子が多いんだよ。大事な要素だけど、全てじゃないだろう?」
「にしても、清潔感とかは大事だろ」
「特別に汚くしているつもりはないんだけどねぇ……」
そう言って、彼は服をつまんだ。
確かに汚れてもいないし、浮いているような特殊な服装でも無い。が、取り立てて目をひくような要素も無く、少々食い違っているように見えなくもない。
「今度、服でも買いに行くか?」
「いや、いい。君のは高いんだよ」
「普通~に安い方だぞ……」
「なるほど、安くても高そうに見せかける技術があるんだな? ある意味、君も魔法使いだね」
「そっちは普通に金目の物を産み出すだろ、一緒にするなよ」
「で? いつから出発なの?」
「ああ、え~っと…… とりあえず明日からだな」
そう言いながら、ケインは広げていた書類を畳む。
「確か、カウカ島だっけ? ひょっとすると……」
「いやいやいや」と苦笑うケイン。「無いだろ、さすがに。俺やお前と同じくらいの年なら、少なくとも十代後半から二十代前半だぜ? 王族の前でってなって、所長たちが見に行くくらいなんだから、少なくとも三十代くらいの芸歴は必要だろ?」
「所長たちの年齢を考えると、それでもヤバそうだけどね」
「まぁ、確かにな……」
ケインが頭をかく。
二人はいつの間にか町中から沿岸の道に出ていた。
潮騒の音が微かにしてくる。
「だけど」とターザリオン。「ひょっとしてひょっとするかもしれないでしょ?」
「もしあの子が噂の歌姫で、所長たちがその子を追っかけ回していたら…… それもう事件だろ」
「ムズリア共和国は基本的に平和だけど、観光客がもたらす様々な悲喜交々には事欠かないからねぇ」
「やめろよ、縁起でもない……」
「そもそも、若い女子に目が行くのは男の性とも言うし」
「じゃあ、お前は年端もいかない子供に目が行くのか?」
「子供にはまだ性差を見出せないでしょ? だから論外」
「普通はそうだし、所長達も自分の子供くらいの年の子を追い掛け回すなんてこと、しないって」
「言っても十代後半でしょ? 充分に性差が現れてると思うけど?」
「体は放っておいても性差が出てくるけど、問題は心だよ。
心身共に性差を見出しせるようになって始めて、そういう魅力に引き付けられるようになるってもんだ。そこに男女の違いなんてあるもんか」
「おっ、たまにはいいこと言うね。
確かにどっちかだけじゃバラバラで、うまく機能しないよね。天使も鳥も飛べなくて辛そうだ」
「天使は中性だろ?」
「そうだっけ?」
「まぁ、どっちでもいいか。片翼だったら協力して飛べばいいし」
「相変わらず夢想家だねぇ~」
「お前は現実主義が過ぎるんだよ」
潮騒と行き交う観光客の声を背景に、二人は沿岸の道を行きながら、いつも通りの適当な話をして歩き続けた。