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20  朝食前の推理

 水平線から、太陽が顔を出す。


 白んだ空が朝焼けから青くなりつつあった時間、制服に着替え終えたケインが扉を開いた。


「ケインさん」


 背後から、カメリアの声がする。


「あれ? もう起きてたんですか?」


 振り向いた横顔で、肩越しにケインが言った。


「ええ、年を取ると早寝早起きになりますからね」


 カメリアがケインの隣にやって来る。


「それより、二人を迎えに行くのでしょう? 私も一緒に行きますよ」

「ゆっくりしていて下さいよ。どうせ朝食後にまた交番へ戻らせることになるんですから」

「まぁまぁ、いいから行きましょう。孫娘にも紹介しますよ? あなたのこと」


 ケインの心がドキリとした。

 まさか気付かれている……?


「昨日、自己紹介も済ませましたから大丈夫ですよ?」


 とにかく普通に返そうとケインは努めた。

 しかし、カメリアは特に気付いている様子も見せずに先頭を歩き、


「さぁさ、行きますよ」と言った。


 思った以上に元気な(ばあ)さんだな…… 

 ケインはそう思いつつ、先を行くカメリアのあとを追った。


 昨日のうちに話してあった通り、裏口がある台所の方へ向かうと、すでに起床していた料理人の男性とベティがいた。料理人があまり身長が高くなかったから、ケインは思わず、女性だと思って声を掛けるところであった。


 軽い挨拶(あいさつ)のやり取りをしてから、二人は裏口から外へと出る。すぐ側には小屋があって、その小屋の前には庭掃除用の(ほうき)や使い古しの如雨露(じょうろ)、枝をまとめるための長い針金が無造作に置いてある。だから小屋は、用具入れの納戸(なんど)だろう。


 それから正門をあけて、家の外へと出た。

 若干(じゃっかん)、朝(もや)が掛かっている風景を眺めやると、少し離れたところにある家の庭に、老人――マイケルが立っていた。

 彼は何やら、庭の生け垣を整えているようであった。


「お早うございます、マイケルさん」


 カメリアが呼び掛ける。


「おお、これはカメリアさんと…… 確か、警備兵の人だったか?」

「ケインです。昨日はどうも」

「君のことはカメリアさんから聞いた。昨日は色々と悪かったな」

「いえ、こちらも事情がよく分かっていなかったので、失礼なことを言って申し訳ありませんでした」


「別に構わんさ。それより、もう演奏の準備をしに行くのか?」

「いいえ、今から交番へ行って、ユイちゃんと孫娘に会いに行くんですよ」

「おっと、そうだったか…… しかし、どうするんだね? このままずっと交番の厄介になるわけにはいかんだろ?」


「ええ、まぁね」

「あの子たちがいいなら、(わし)の家を使ってくれても構わんがな」

「あらあら、そんなこと…… いいのですか?」

「ユイは孫娘みたいなもんじゃ。交番にいさせるより、近場のここの方が色々と都合も良かろうて」


「いいですわね、それ。二人に勧めてみますよ」

「昨日のうちに言えば良かったかもしれんが…… (わし)も少々、頭に血がのぼっておってな。冷静さを欠いておったから」

「そのことで」と、生け垣へ近付くカメリア。「ちょっと()いてもいいかしら?」


「なんじゃ?」

「あの夫婦のことなんだけどね…… 本当に、なんの前触れも無く帰ってきたの?」

「本当も本当だ。驚いたわい。何せ見覚えのある女がおって、そいつが挨拶(あいさつ)も返さんとベルさんの家へ入っていくんだから」


「確か、夕暮れ時でしたっけ?」

「そうそう。確か、あなたの演奏会へ出掛けようかってときだったはずだ」

「ちょっといいですか?」とケイン。「あ、いや、別に捜査とかそういうわけじゃないんで、答えられたらでいいんですけど……」


「なんじゃ? (やぶ)から棒に」

「ユイさん、そのあいだ中ずっとベルの屋敷にいたんですか?」

「いたんじゃないか? その辺りはちょっと分からんがね」

「もう一つ、私からも大丈夫かしら?」

「まるで尋問(じんもん)じゃな?」


「信頼できる人から話を聞いておきたいの。

 友達が困っているからこそ、色々と状況を把握して、どうすればいいか助言してあげたくって。マイケルさんもそうじゃないの?」

「まぁ、確かにな」


 この(ばあ)さん、()えないな…… ケインはそう思った。

 一方のカメリアは、そのまま質問を続けた。


「ニアさんとフランツさんが姿を見せる前、昨日でもいいけれど、配達員か見知らぬ誰かが、ベルの屋敷へ入っていったのを見た?」

「配達員か見知らぬ誰か? そいつらがなんだって言うんだ?」

「女中のベティさんが言うには、手紙が届いていたって言うの。多分、夕暮れよりも前…… お昼か、昼過ぎ辺りだと思うのだけど…… どうかしら?」


「いや~…… すまんが(わし)も日中、ずっと庭いじりをしているわけじゃないんでな。ちょっと分からん」

「いえいえ、大丈夫ですよ。本当にありがとうございますね」

「何かあったらすぐ言ってくれ。ベルさんとはかれこれ十数年の近所付き合いじゃ」


「それに、演劇仲間ね?」

「そうそう」と笑うマイケル。「いつか、あなたを誘って舞台をやってみたいもんだ。ベルが言うに、相当の才能があるらしいからな」

「あら、いやだわ。ベルったら大袈裟に言うのですから」


 談笑が済んだところで、カメリアとケインは、マイケルと別れて、坂道を下って行った。


「どうして、あんなことを()いたのです?」


 ケインが言った。


「手紙の内容からすれば、あの二人が到着するよりも前に届いている必要があるでしょう?」

「当日に送られてきたなんて、どうしてそう思うのです?」

「消印が無かったからですよ」

「消印?」


 と言って、ケインが「あっ」と声をあげた。


「正確に言えば、公的な郵便物として送られていないということ」

「で、でも、特務機関だったら、ひょっとすると……?」

「特務機関みたいなところは郵便なんか使わない…… 直接、会いにいくものだって言ったの、あなたですよ?」

「いや、まぁ、普通はそうですけど……」


「あの手紙は普通に、特務機関を装った誰かの私的な手紙…… もっと言えば注意喚起の手紙ですよ」

「じゃあ、手紙を書いたのはユイちゃんでしょう」

「えぇ?」

「だって、あれだけ嫌がってるわけでしょう? 港で両親を見掛けて、とにかく急いで排除したいから書いたとか……」


「十代の子が親の資産を守るために、手紙を書いたと?」

「ええ。

 今まで散々、辛酸(しんさん)をな舐めさせられたみたいですし、親代わりの祖母を守るために注意喚起するのは普通では?」


「直接、言えばよくありません?」

「言っても聞かないと思ったのでは?」

「どうして? 本人からそう聞いたの?」

「いや、まぁ…… 憶測ですけど」


 カメリアが溜息をついた。


「そうだろうと思いましたよ……」

「でも、俺としては結構いい線いってると思いますよ?」


 ケインはそう言って、自分が思っていることを思い切って伝え始めた。


「こう見えて、警備兵ってのは色んな観光客の悲喜交々(ひきこもごも)を見ます。

 だから、見ていてなんとなくですけど、その人の心境とか、誰と誰がどういう風に思っているのかとか、そういう心理的な要素が分かってくるんですよ」


「人を見る目が養われるのはいいことですよ。素晴らしいことです」

「ありがとうございます」

「その目からすると、ユイちゃんはベルのことをあまり信じていないのね?」

「信じていないと言うか、怖れているんだと思います」

「どういうこと?」


「彼女は自分の居場所に潔癖(けっぺき)なところがあるんだと思いますね。

 だからこそ、受け入れられない人間に対しては、徹底的に排除しようとする。

 いくらなんでも、あそこまで嫌がって離れたがる子供なんて、普通はいませんよ。彼女にはそういうことをしてしまうよっぽどの理由があるから、あれだけ嫌がっているのでは?」


「そうかしらねぇ」

「カメリアさんはどう(とら)えているんです? 個人的に興味があるので、お聞かせください」


 坂を下り切ったカメリアが立ち止まる。ケインも遅れて立ち止まる。


「怖れているのは、その通りだと思いますよ。あの子からすれば二人目の父親ですから」

「えっ? 二人目?」――まさかの展開だ。

「ベルもあなたに大事な依頼をするみたいだし、知っておく方がいいと思って。ただ、くれぐれも他言無用にね?」


 ケインは分かってますと答えるしかなかった。そうして、思っている以上に家庭環境が重く、面倒だと言うことがこれで確定した、とも思った。


「前の夫は船乗りで、どういう経緯で知り合ったのかは知らないけど、ニアさんが家から出て行ったあとに結婚したみたい。

 そのときに産まれた子供がユイちゃん」


「なるほど…… それは知らない情報でした」

「数年で離婚しあとのニアさんは、ユイちゃんをベルに任せて、また家出してね…… しかもお父さんは、水難事故で間も無く亡くなってしまったの。

 だからユイちゃんは、今の夫であるフランツさんとは、ハッキリ言って、ほとんど会ったことないはずですよ」


 なるほど、育児放棄というのは事実だったらしい。

 それにこれじゃあ、父親と認められないのも分からなくは無い、とケインは思った。

 要するに再婚した父親であるフランツは、ニアと同様にユイを放置していたと言う――…… いや、決めつけは良くない。


 貿易関係の仕事をしているわけだし、多忙なのは間違いないだろう。会えなかったと言うべきなのかもしれない。


 しかし、こういう家庭環境はよく聞く話ではある。

 再婚相手が連れ子をちゃんと育てるというのは、案外、少ないことだ。どうしても『自分の血を引く子供』に目が向く。


 生物として考えるなら、それが自然なことなのかもしれないし、連れ子も納得しているかどうか分からない部分が大いにあるだろう……

 だが、無関係な立場からすれば、心情として納得できない部分もある。


「色々な意味で、恐れていそうですね……」

「ええ。――ただね」

「?」


 カメリアが、少し遠間にある交番へ目を向けつつ、


「自分でも気付かないくらい、葛藤(かっとう)しているのかもしれませんね」

葛藤(かっとう)、ですか?」


「今はまだ、彼女の性格診断ができるほど何かを知っているわけではありませんから、これ以上は控えさせてください。

 何も知らないのに、自身の経験則で相手の人生を勝手に構築することほど、愚かなことはありませんからね」


 こう言って彼女は、また先頭を歩き始める。

 ケインはまだまだ言い足りなかったり、()き足りない気持ちだったが、交番へ目をやるカメリアを見て、その気持ちを抑えないといけないという()()()()()が芽生えていた。


「――カメリアさん! ケインさん!」


 全く突然に、フランツの声が飛んできた。

 (うわさ)をすれば影とは、よく言ったものである。

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