2 気になるウワサ
ケインが暮らすムズリア共和国は、大小様々な諸島群から成る島国であった。
国内の島と島はそれほど離れてはおらず、点在する島の中で一番大きなものがムズリア島で、首都もムズリアと呼ばれていた。
温暖な気候と美しい海辺や景観、航路もさほど難しくないことから、古来より各国の貴族や王族が別荘として使ってきた歴史がある。
必然、この国の主な産業は観光であり、観光に特化した様々な制度が存在していた。
中でも変わっているのは、この国の警察機構――治安維持隊である。
治安維持隊は、少々風変わりな制度を持っていた。
一般的な警察機関でありながらも、観光客に寄り添う必要が多いため、部署も特殊な分け方がされている。
事件を一手に担う『捜査課』、警護や事件全般の進捗管理をおこなう『管理課』、主に観光客の護衛や監視、事件の予防や捜査の補助を目的とした『警護課』の三種である。
通常の警察業務は『捜査課』がおこない、『管理課』は観光客を含む一般市民からの依頼や要請に応じて、護衛や捜索、調査を引き受けていた。
特に管理課は、人によってはギルドなんて呼ぶこともある。
一方、ケインが所属する『警護課』は、捜査課の役割を一部担いつつも、どちらかと言うと周辺警護や観光案内など、巡回兵と案内人の両役を担っていた。
そのため、給与や勤務体系も変わっていて、基本給が低いかわりに観光客や国民からの依頼をこなし、彼らが支払う報酬の一部を受け取るという一種の自営業務もおこなっていた。
無論、報酬は管理課から間接的に支払われるため、問題になるほどの大きな格差とはならないが、依頼をたくさんこなせばこなすほど、職務手当があがる。
だから、警護課の人々は様々な観光客と共に離島へ向かっては、様々な仕事――ほとんどは雑用と言われるような業務をこなしていた。
ケインも例に漏れず、管理課で仕事をもらうのが日課である。
彼は白いワンピースの少女から渡された封筒を持って、目的地である管理課の建物へ入る。建物は、本部棟の隣にあった。
受付へ向かったケインはすぐに懐ら身分証を取り出し、
「おはようございます、警護課のケインです」
と言って、受付嬢に見せた。
「はい、おはようございます。ご用件は?」
「実は依頼が直接来たので、派遣申請をお願いしたくて。これがその依頼証書です」
手帳と入れ替わりで、ケインは封筒を提出した。
「言付けですが、人数指名があった場合、修正で一人にしてほしいとのことです」
「少々お待ち下さい」
そう言って、受付の女性が封筒を回収し、木製のペーパーナイフを使って開封し始めた。
無論、修正の件はケインが勝手に言ったことである。
日常的な護衛は複数人いるより、一人の方がやりやすいことも多いし、何よりあの子と二人きりになる機会が得られる……
そんな打算に打算を重ねた変更であった。
内容を確認しているあいだ、ケインの後ろに中年の先輩男性が来て、自分の番はまだかという風に待っている。
それが気になったのか、ケインが振り返り、先輩へ声を掛けた。
二人はしばらく国防軍の悪口を中心に盛りあがる。
「ああ、そう言えば」と先輩男性。「お前、知ってるか? 所長や部長、課長が全員、休暇取ってるの」
「ええ、知ってますよ」
「なんでか知ってるか?」
「なんでって…… 孔球でしょう? どうせ」
先輩男性が周囲を一瞥し、耳打ちしてきた。
(女性に会いに行ったらしいぞ)
(女性?)
(詳しくは知らないんだが、所謂『歌姫』の女性らしい)
(えっ?!)
――あの所長と部長が芸能人の追っかけなんてやってるのか?!
ケインは驚きのあまり、そう言いかけて開いた口を、なんとか閉じた。
(ヤバくないですか、それ……)
(考えてもみろ。仕事を国防軍の連中に横取りされて、面子を潰されたって言うのに、そこまで不機嫌じゃなかったろ?)
(確かに……)と真顔になるケイン。(考えてみればおかしい……)
(だろ? きっと芸能人に会いに行くって方に頭がいってて、面子まで頭が回らなかったんじゃないかって思ってんだよ)
(あのタヌキ爺共なら、あり得そうですね……)
「お待たせしました」
急に女性の声がしたから、ケインがそちらを向いた。
「こちら、申請受理の書類です。職務内容と契約内容をご確認の上、記名をお願い致します」
内容は嫌と言うほど見てきたし、特に変更されたという通達も無い。それで職務内容だけを確認し始めた。
「警護か……」
「どんな仕事なんだ?」
興味が出たのか、背後から先輩が尋ねてきた。ケインは顔だけ後ろへ向けつつ、
「演奏会の警護らしいです」と言った。
「途中で寝たりするなよ?」
「ええ、気を付けます」
そう言って愛想笑いしたケインは、手早く書類に名前を記入した。
「受理致しました、こちらが控えとなります。必ず制服を着用し、時間内に到着して――……」
と、お決まりの文句を受付嬢が言うのを、ケインはオウム返しのように相鎚を打って聞き流していた。