17 奇妙な手紙
ベルを励まし終えたところで、三人は食事のために着席した。
上座には家主のベル、彼女の右手の方にカメリア、対面するようにケインが座っていた。
一応、給仕係として女中――ベティが立っているが、食卓の席には三人しかいないから、正直、寂しい感じがする。
他に使用人がいない原因をケインがそれとなく訊くと、もめ事を避けるために暇を出したそうだ。
すでに夕食の準備を終えて待っていたらしく、暖め直したであろう料理が、高そうな縦長食卓に並んでいく。無論、食器も高級だと一目で分かるものが使われていた。
その並んだ料理のせいでスイッチが入ったのか、ケインが生唾を飲み込むほどに料理を凝視していた。
「まるで飢えた狼ですね」
カメリアがそう言うと、我に返ったケインが、
「い、いや、なんというか、やはりお腹が……」と、焦って答える。
「遠慮無く頂いてください」と、ベルが笑みを湛えて言った。
「じゃ、じゃあ、頂きます」
しばらく、ケインは食事を食べることに集中していた。だから、そのあいだはベルとカメリアの二人だけが会話をしていた。
特に興味をひくような内容ではなく、ケインの頭に残っている内容は、かなり久しい再会だったこと、ベルが演劇に精を出していた頃、大陸で出会ったこと、マイケルという隣人の年寄りが、演劇仲間で物真似が得意であると言うこと……
あとは、明日の演奏会には必ず出席するとベルが誓うように告げたことくらいであった。
一通りの食事が済むと、
「それにしても」
と、急にカメリアが切り出した。
「いきなり帰ってきたのね」
「ええ、そうなの。本当に急に帰ってきちゃって」
――どうやら例のお騒がせ夫婦の話らしい。
ケインは食器を一旦置いて、
「お二人とも、貿易関係のお仕事をされていらっしゃるのですか?」
と尋ねた。
それで、老婆二人がケインを見やる。
「年頃の子が、ああいう反抗の仕方をするのは、貿易関係のお仕事をしていらっしゃるご家庭に多いもので……
そういう問題を解決するのが得意な人間もいますから、なんならご紹介しようかと」
もちろん、ケインは事前にマイヤーからこの一家のことについて聞いていし、育児放棄に近いことをしていたらしいという情報も握っている。
あえてこう言う質問をすることで、より詳細な情報を得られないかと思っていたのだ。
「そういう反抗期であったなら、どれだけ良かったことか……」
ベルが肩を落としながら言った。
「あ、すみません。気落ちさせるために尋ねたわけではなくて…… 何か力になってあげられないかと思いまして」
これは本心であった。
それが伝わったのかどうか分からないけれど、カメリアが、
「私もそう思っているんですよ、ベル」と賛同する。「内側に溜めていないで、ケインさんや私にも言ってご覧なさい。そうすれば何か打開策が産まれるかもしれないじゃありませんか」
ケインは少し驚いた顔でカメリアを見ていた。
どうやら彼女も、詳細を知っているわけではないらしい。
――不意に、カメリアとケインの目が合う。
それでケインは、思わず首を傾げた。
「ベティ」と、おもむろにベルが言った。「例の手紙を持ってきて頂戴」
「かしこまりました」
一礼しつつそう答えたベティが、部屋から出て行く。
「実は奇妙な手紙が届きましてね……」
「奇妙、ですか?」とケイン。
「最初は半信半疑だったのだけれど…… とにかく見てください」
治安維持部隊は探偵ではない、と答えたいところだったが、リエッジ家の当主にあたる人から正式な依頼をもらえれば、一稼ぎできそうなのと、何よりカメリアやユイと接点を持てるから、アシュリーとのつながりも保てる……
そんな邪な考えが頭をよぎり、とりあえず話だけでもとケインは思って、黙って手紙が来るのを待つことにした。
それほど時間も掛からずに、ベティが銀盆に載せた手紙を持って現れる。
「大丈夫なの?」とカメリア。
「ええ。あなたには元々、見てもらいたいと思っていたから。ケインさんも、どうかご覧ください。そしてご意見をくださいまし」
ケインがうなずく。
カメリアが胸ポケットから懐中眼鏡を取り出し、手紙へ目を通し始めた。
しばらくして、不可思議そうな顔をしながら眼鏡をポケットへ仕舞いつつ、
「確かに妙ねぇ……」と言った。
それからベティに手紙を渡し、グルッと回ってケインのところに来たから、彼は盆に載っている手紙を拾いあげ、明かりの方へ上体を寄せつつ目を通した。
『拝啓。
ご無礼を承知しつつ、突然のお手紙、お許しください。
リエッジ家の御当主であられますベル様へ、重大な事実をお伝えしたく、筆を執らせて頂きました。
近日中にベル様のご息女であられますニア様と、夫のフランツ・マロウ様がそちらへ帰省される予定です。
実はそのお二人について、アル・ファーム内にて会社の債務不履行の疑いがございます。
当局が調査中とのことですので、金銭や権利などの授与は一切、おこなわないで頂きたいのです。
調査が終わり次第、すぐにご連絡を差しあげますので、今一度、お待ちくださいませ』
「えっと…… この内容だけですと、その……」
と言いつつ、扉の横に立っているベティをチラ見してから、カメリアとベルを見やった。
「ご安心ください」とベル。「ベティにはもう見せてありますから」
「それでしたら」ケインはそう言って、手紙を畳みながら言った。
「アル・ファームからの協力要請…… と言う感じでいいのですかね? 残念ながら、自分は捜査課ではなく警備課ですので、この手の情報は一切持ってません」
「この手紙、いつ受け取ったの?」
カメリアが言った。
「実は今日なの」
「今日?」
「私も驚いたわ。
だって、もう随分と顔を見ていないあの二人が急に帰ってくるって書いてあるんだもの」
「それで、本当に帰ってきたのね」
「ええ。手紙を読み終えて、しばらくたってからだけど」
「内容については言ってないわね?」
「訊けるわけないでしょう? こんなこと……」
「封筒には『アル・ファーム特務捜査課』としか書いてませんね?」
盆から封筒を取りあげていたケインが言った。
確かに封筒の裏には『アル・ファーム特務捜査課』とだけあって、それ以外は裏表、共に綺麗なままだった。
「普通、こんなに堂々と名前を書いたりしないものですが……」
「匿名?」とカメリア。
「いえ、普通は担当の人間が現地の警備兵と一緒に直接、伺うはずです。手紙だと色んな人間に見られる可能性が高いので」
「そうよねぇ~…… そうするとこの手紙は誰かの偽装?」
「個人的には特務機関の人間を装った手紙だと思います」
「そうだとすると、ますます妙よねぇ……」
「妙?」
「どうして手紙を特務機関なんて仰々しい組織の宛名にして、こんな情報を送りつけてきたのかしらね?」
「それは…… アレなんじゃ?」
「アレって?」
「ベルさん、娘さんご夫婦は会社を経営されていらっしゃるんですか?」
「旦那のフランツがそうね。確かアル・ファームの貿易会社だったはずですよ」
「そうすると手紙にある通り、会社が債務不履行だという事実を知らせたいから、手紙を送ったとか……」
「本当に債務不履行なの?」とカメリア。
「それは、まぁ……」
カメリアは返事を待つように、ジッとケインを見つめる。
ベルも見つめている。
ケインは頬をかいて、「調べてみましょうか?」と言うと、カメリアがニコっとして、
「お願いできます?」と言った。
「と、とりあえず、調べるにはベルさんの許可が必要なので、また手紙を書いてもらえますか?」
「ええ、ええ。カメリアが連れてきた人なら信頼できるし、ぜひお願いします。むしろ、依頼として正式にお願いできます?」
「分かりました。
明日、交番へ行くついでに書類を取ってきますから、必要事項に記入を願います」
「実は、書類はもうもらって来ているの。色々と頼みたいことがあったから……」
「頼みたいこと?」
「明日、カメリアと一緒に聞いてくれないかしら? 準備を整えてからにしたいの」
やけに明日にしたがっている……
ケインは妙に思いながらも、あまり突っ込むと民事介入になってしまうと考え、
「では明日、交番へ行ったあとにでも」
「ええ、ええ。カメリアもそれでいいかしら?」
「昨日も言ったけど、あなたの都合に合わせますよ。私と違って忙しいのだから」
「ゴメンなさいね、本当なら今日、言っておくつもりだったのに……」
「いいのよ」
カメリアはそう言ってから、ケインの方を向いた。
「なんだか忙しくなってしまってゴメンなさいね、こんなことになるとは予想していなくって」
「いえ、仕事がたくさんあることはいいことですから」
と言いつつ、ケインは一段落ついたらしばらく休もうと企んでいた。




