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15  ユイと家庭環境

 一方のケインは、ユイの自宅の門前まで来ていた。

 薄暗いので少々気味が悪かったが、門の向こう側に広がる庭園は、昼間だと見応えがありそうに思えた。


 家は大きな平屋の屋敷で、明らかに他の家とは一線を画している。


 門から玄関までは一直線の道だから、ケインは門を勝手にあけて中へ入り、真っすぐ正面玄関の両扉まで歩いた。そうしてドアノックの鉄輪をコンコンと鳴らした。


 少しして、カメリアが両扉をあけて顔を出す。


「あぁ、ケインさん。ご苦労様です」

「そっちはどうなっています?」


 ケインはマイケルという、家の方へズカズカと向かっていった老人のことを思い出しながら尋ねた。


「大変だったけれど、なんとか落ち着いてもらいましたよ」


 少々うんざりした顔で、カメリアが答えた。

 その表情が全てを物語っていたから、ケインは事情を聞かずに、


「所長宛の手紙はもう用意できていますか?」と尋ねる。「用意できていたら、あとは俺が持って行きますよ」

「え? 大丈夫ですか?」

「正直、明日も本番があるわけですし、多少の事情を話せば所長も理解してくれるでしょう」


「そうですか? なんだかすみませんね……」

「いえ。三人分の依頼料をもらっていますから、これくらいは問題ありませんよ。むしろ、ようやく釣り合いが取れと言うモノです」


 ケインはそう言って笑みを浮かべた。その笑みの中には、本心でそう思っている部分と、アシュリーの祖母であるカメリアによく見せようと言う、少々打算的な部分とが混ざり合って、含まれていた。


「じゃあ、手紙を持ってきますから、もう少し待っていてもらっても?」

「ええ、お待ちしています」


 ケインがそう言うと、カメリアが手紙を用意しに家の中へと戻って一〇分ほどがたった。

 両扉が開いて、カメリアがまた現れる。

 ケインは少し離れた位置で、闇に沈んだ庭を見渡していた。


「お待たせしました、ケインさん」

「いえ」と答え、ケインはカメリアの(そば)へ寄った。「それが手紙ですか?」

「ええ、そうです」


 彼女は右手に手紙とランタン、左手に燭台(しょくだい)を持っている。おそらくランタンはケインのために持ってきたものだろう。

 彼もそう思ったらしく、特に何も言わなかった。


「どうかお願いしておきますね」


 カメリアはそう言って、手紙とランタンを持った右手を前に出した。


「任せて下さい。では、行ってきます」


 手紙とランタンの両方を受け取ったケインが、体をねじりながら最後の言葉を言って、そのまま港方面を目指して歩いた。


 坂を下って、平地を少し行って、交番の前に差し掛かる。

 建物の側面に付いている窓からはまだ、微かにランタンの明かりが漏れていた。


 ケインは二人が話をしているのか、眠っているのか、などと想像しながら、暗い夜道をランタンの明かりで照らして歩いて行く。

 騒がしかった商店街は、まだ騒がしいままだった。しかし、行き交う人の数は少なく、ほとんどの人が座って酒を飲んでいた。それで落ち着いているように見える。


 飲酒している人々の中に、見覚えのある人影があった。

 ユイと言い争いをしていた男性――父親のフランツである。見ている限り、少々(すさ)んでいるような気がする。


 可能なら話を聞いてみたいとケインは思ったが、まずはマイヤー所長へ話を付けなければならない。諦めて、気付かれないよう先へ進んだ。

 そのうち港近くにある、駐在所に到着した。


 所内にはたくさんのランプで明かりが灯されており、まだ数人ほど、残って仕事をしているようだった。


「お疲れ様です」


 すぐ近くの席にいた男性へ声を掛け、名前と役職を名乗ってフランツ所長がいるか尋ねた。

 幸い、まだいるとのことだったから、ケインは彼の席がある場所へ移動した。


「お疲れ様です」

「おお、君は確かケイン君だったね?」

「実は、依頼主とそのご友人から、所長宛に直訴(じきそ)状を頂きまして」

「ん? なんだ?」


 ケインが封筒を渡す。

 マイヤー所長が封を切って中の手紙を読む。

 読み終えた彼は一息ついて、


「ベルさんのお孫さんが、交番にいると?」

「ええ。事情は自分も知らされていないので、このあと、聞いてくるつもりです。ただ、こうでもしないと収まる気配が無かったもので……」

「やれやれ、困ったもんだね」

「マイヤー所長は、あの一家について何かご存じないですか?」


「いや、別に知っているわけではないんだが…… (うわさ)で、両親が娘の育児を放棄して、島から出ていったとかなんとか、そういうのは聞いた覚えがある」


「つまり育児放棄?」


(うわさ)でしかない。

 そもそも、ムズリアには貿易を営む人々も住んでいるし、ご両親が長期的に不在となることも、よくある話だろ?」


 その通りだし、長期的な留守(るす)に対し、私用の警備だけでなく警備兵を使う人もいるくらいだから、ケインもその辺りの事情には詳しかった。

 ただ、それにしてもユイの反応は過剰な気がする。何かあるんじゃないかと思わずにはいられない。


「ひとまず」とマイヤー。「ベルさんとカメリアさんの言うことだから、聞かないわけにはいかん。交番の管理は明日から、ほとぼりが冷めるまで君に一任するよ」


「何から何まで、本当にありがとうございます」

「これくらいは、お安いご用だ。

 それより君も休めよ? 警備兵は家庭事情に不介入が原則なんだから」

「もちろんです。ご心配、ありがとうございます」


 そう言って、ケインはフッとあることを思いついた。


「マイヤー所長、一つお聞きしたいことが」

「なんだ?」

「ベルさんは、いったいどんな方なのですか?」

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