12 初めての会話(お邪魔虫付き) その2
「誰だ、あんた?」
ほぼカメリアと同じ年くらいの、あまり身長が高くない老男性が、ランタンを差し向けつつ尋ねてきた。
ケインはこの男性に見覚えがあった。
「あなたは確か、北突堤にいた……」
「むっ? お前は……」
「ああ、申し遅れました、自分は警備兵のケインと申します。こんな格好をしてはいますが、今はカメリアさんと言う方の護衛を依頼され、ここにいます」
「カ、カメリアさんの……」
男性が少々うろたえているのが分かったから、
「お騒がせして申し訳ありませんでした。特に問題は無いので、ご安心ください。じきにカメリアさんが戻ってくるでしょうから」
「何があったんだ? まさか、戻ってきたあの二人が何かやらかしたのか?」
「二人……?」
「ユイちゃん、どうなんだ?」
「マイケルさんの言う通り、あの二人が勝手に家にあがり込んできたの」
「やはりそうか……! クソッ、あいつら……!」
マイケルが憎々しそうな顔で、きびすを返してユイの家へ向かおうとするから、
「ちょっと待った!」とケインが止める。「今はカメリアさんが話をしてくれています。失礼ですが、赤の他人であるあなたが行くべきではありません」
「それこそ、赤の他人のお前さんには関係の無いことだ! 失礼する!」
そう言って、マイケルはズカズカと大きな鉄門の方へと向かい、家の中へと入っていってしまう。
ケインは頭をかきながら、「なんなんだ…… ここの連中……」と、本心をついつい口に出してしまった。
とてもじゃないがアシュリーと話をしている状況では無いから、ケインは何事も無いようにと祈りながら、ユイの自宅を見守る。そのお陰なのか、目が慣れてきたせいなのか、ちょっと屋敷の形が分かってきた。
今時に珍しい平屋の豪邸で、ほぼ半分が木々のせいで見えなくなるほど大きかった。
村長という職がそんなに儲かるとは思えないから、やはり正真正銘、この島の地主――島長だったのだろう。
ケインの心はいつしか、アシュリーから豪邸の全貌に興味を奪われていた。
ジッと見分していると、玄関らしきところがあいたのが見えた。
明かりがぼんやり見えて、そのぼんやりした明かりの中に、カメリアが見える。どうやら出てきたらしい。
鉄門を開いて外へ出てきた彼女が、こちらに歩み寄って溜息交じりに「ユイちゃん」と言った。
呼ばれた当人は何かを悟ったのか、プイッとそっぽを向いてしまう。
その反応に、彼女は明らかに呆れた溜息をし、
「困りましたねぇ、これは……」と呟いた。
「先程」とケイン。「ご近所のお爺さんが向かいましたが、大丈夫でしたか?」
「大丈夫なもんですか、もう大変ですよ」
やっぱりそうかとケインは思いつつ「そろそろ」と、おもむろに言った。「現状を説明してもらっても?」
「ああ、そうでした、そうでした。すみませんねぇ本当に」
カメリアが頭を下げながら最後の言葉を言った。
「別に構わないのですが…… 状況によっては自分が出向いた方がいいのかと思って」
「いえいえ、警備兵さんの出るような事態ではありませんけれどね…… そうね、言うなれば反抗期と言うか――」
「反抗期なんかじゃない!」
ユイがそっぽを向いたまま言った。
「あたし、本気であの二人が嫌いなの! ずっと放ったらかしにしてた挙げ句、お祖母様にまで迷惑掛けたクセに、急に帰ってきて両親面するアイツらが!」
なるほど、とケインは思った。
確かにユイの言う通り、普通の反抗期と言うワケではなさそうである。
事情も大体、彼女の言うことで把握できた。
あとは、二人がなぜ放っておいたのか、育ての親であろう祖母のことを、ユイはどう捉えているのかが問題となりそうであった。
こういうことを瞬時に組み立てる能力は、ケインの得意とするところで、警備兵になって観光客のイザコザに巻き込まれているうちに磨かれたものである。
最初は腕っぷし勝負に自信を持っていたが、次第にこういう洞察力の方が得意なんだろうと思い直して、今に至っていた。
「事情はなんとなく分かりました」
ケインがこう言って、カメリアを少々驚かせる。
「先程の男性は、ユイさんの父親?」
「ええ、フランツさん」
「最後に姿を見せた女性二人が、それぞれ母親とユイさんのお婆さん……」
「そうなんだけど、ちょっと問題があって」
「なんです?」
「母親…… ニアさんって言うんですけどね、そのニアさんはベルの娘さんでね。実家から自分が出ていくのはおかしいって突っぱねるのよ。ベルはベルで、ユイちゃんと言い争いをするな、母親でしょって突っぱねるし」
「ははぁ~、なるほど」
ケインは両腕を組みながら答えて、ユイを見やった。彼女はケインを睨んでいる。
この子は母親似で、母親は祖母似なのだろう。
そうすると母親と祖母の性格もなんとなく察しが付く。どちらも聞き分けがない感じなのかもしれない。
「カメリアさんの家は、ここから遠くにあるんですか?」
「ムズリア島の北部なんですよ」
やっぱり北部かと、ケインは思った。
北部は一般的に、金持ちが住む住宅区域だ。
「定期便はもう出てないですし、困りましたね」と、ケインは答えた。
「あたし、野宿でいいです」
急にユイが言った。
「何回か、外で寝たこともあるから平気」
「野外授業の宿泊とは違うんですよ? 今は人も多いし、年頃の女性が外で寝るなんて、いけませんよ」
「じゃあ、こういうのはどうです?」
ケインが割り込むように言うから、みんなが彼を見てきた。
「カメリアさんは簡易ベッドでも寝られる方ですか?」
「まさか、駐在所に泊まるの?」
「いえ、交番です。実は俺、そこで寝泊まりする予定でして…… 宿が埋まってるだろうと思って、前もって言って、準備してもらっていたんです。とりあえず二日、三日くらいなら、あそこで過ごしてもらえばいいかと」
「あなたはどうするの?」
「俺は最悪、野宿で構いませんよ」
「でも、交番にユイちゃんを放置しておくのも……」
「あたし、平気です」
ユイがすぐに言ってきた。先程よりは表情が明るくなっている。
「野宿じゃなければ、お婆ちゃんも安心だろうし、カメリアおば様も文句ないでしょ? 交番なら並みの宿屋よりも頑丈で安全だし」
「それはまぁ……」
と言って、視線をユイからケインへ向けた。
「あなたは大丈夫なの?」
「むしろ、俺じゃなくてカメリアさんも一緒に泊まってあげられたら、もっと安心なんですけれど…… さすがに無理ですよね?」
「そうねぇ、明日も演奏があるし、さすがに簡易ベッドではねぇ」
「あの……!」と、ずっと黙っていたアシュリーがついに口を開いた。
「私、ユイと一緒にいます! それでもいいですか?」
彼女は最後の言葉をケインに向けて言った。
月明かりでキラキラしている彼女の真っ直ぐな瞳に、忘れかけていた情動がまた蘇る。
あわよくば一緒の空間に…… なんてことを考え始めていた。
「えっと…… まぁ、ベッドが一つしかないけど、それでも大丈夫?」
「一緒に寝たら問題ないでしょ?」
ユイが横槍を入れた。
「あたし、寝相はいい方だから」
「私も大丈夫な方です」
「じゃあ、ケインさんはこっちで眠ったら良さそうね」
カメリアがここぞという時宜に提案を出した。
ケインは思わず「えっ」と訊き返す。
「二人一緒なら、外に出ない条件を守らせれば、まぁ問題は無いでしょう。
ケインさんには申し訳ありませんけれど、明日から交番には私達以外の人間は入らないようにと、今から駐在所の責任者と掛け合ってもらいます。
――大丈夫ですよ、ベルに手紙を書いてもらいますし、私も一緒に行きますから」
「し、しかし、なんというか、その……」
「一人だけにしておくのが怖かっただけで、二人なら、交番で寝泊まりするのだし、大丈夫でしょう。それよりも、あなたが野宿で風邪を引く方が困ります。
あなたの提案に甘んじるのだし、ベルも嫌がったりしませんよ。安心しなさい」
そうじゃないんだよなぁ、なんてケインは思いつつ、ここで変にごねると下心がバレるからグッと堪えて、
「分かりました」と、仕方なく答えるしかなかった。