10 親子喧嘩と白いワンピースの少女
交番を通り過ぎる。
明かりが急に減って、ケインが持つランタンだけが頼りとなっていた。
突き当たりの道を右に折れると北突堤に行くから、今度は左へ曲がって行く。
やはり、こっちの道は住宅に繋がっているようだ。
上り坂となっているし、梢のせいで月明かりが遮られている。商店街を過ぎたのもあって、見掛け以上に暗く感じた。
「この道、私道なんですか?」
「いえ、数軒ほどの家がありますよ」
カメリアが言うには、島の開拓者だった人達の子孫が住んでいる場所らしい。
それを聞いたケインは、なんとなく合点がいった。
ムズリアでは、他国で言うところの『貴族』みたいな存在は無いけれど、代わりに『島長』と呼ばれる存在が昔からあった。
島長の役割は島によって区々だけれど、開拓の先駆者と言う意味では共通していて、中には海賊あがりの家柄もある。
当然、今は海賊なんてやっている人間はいないし、ムズリア海軍は島国の海軍だけあって、世界でも指折りの兵力があるし、そもそも全ての島はムズリア政府が個別に管理している。
だから、今では海賊のカの字も見ることはない。見えたらちょっとした戦争となり、大変なことである。
「私の時代は、まだチラホラと海賊もいましたからね。本当にいい時代になりましたよ」
「全くですね」
そんな返事をするや否や、
「放っておいてよッ!!」
と、若い女性の叫び声がしてきた。
ケインとカメリアはちょうど坂を上り切ったところで、驚き立ち止まる。
咄嗟にケインが、ランタンを前へ突き出して先を照らし、状況を確認した。
坂の上にはパッと見、家が二つあって、奥の方にある家の大きな鉄門が一気に開け放たれた。
薄暗い中、人影がこちらの方へ走ってくるのが見える。それで徐々に、誰なのか朧気ながらも分かってきた。
人影は、ツーサイドアップの髪型を持つ十代の少女で、すでに寝間着姿だった。寝間着と言ってもネグリジェみたいなのではなく、半袖に短パンの動きやすそうな格好である。この国でよく見られる寝間着だ。
「あっ」
走ってきた少女がケインとカメリアの存在を認めると、足を止めてしまう。両肩で息をしていた。
「どうしたのです? ユイちゃん」
カメリアが戸惑いながら言った。ユイは何も答えず、顔をそむけている。
「ユイ!」
また若い女性の声がしてきた。
どこか聞き覚えのある声だ。
女性がユイに駆け寄ってくる。
どうやらユイと同じくらいの年頃の少女らしい。しかも、セミロングの髪に白いワンピースを着ている。
ケインはその子を見たこともあるし、なんなら話をしたこともあった。
「あの子……!」
と、ケインが驚きながら、言葉をつい漏らしてしまう。
それでカメリアが、
「ケインさん?」と、不可思議そうに尋ねた。
「あ、ああ、すみません。こちらのことでして…… 気にしないでください」
「ユイ!」
今度は間違いなく大人の声だ。しかも男性だった。
その声がするや否や、ユイは振り返って、
「近寄らないでよッ!」と叫ぶ。
「ま、待ちなさい、こんな夜更けに出て行くなんて……!」
「なんでアンタがここにいるのッ?!」
「お義母さんから何も聞いてないのか?」
「いいから、あの女と一緒に島から出てってよッ! 出て行かないなら、あたしが家から出て行くッ!」
年の差や見た感じから、親子喧嘩のようだ。
板挟みになっているもう一人の少女が、どうしていいのか分からずにオロオロしている。
「まぁまぁまぁ」
そう言って、カメリアがユイと男性のあいだへ入るように歩み寄り、双方へ一度ずつ目をやってから、男性へ視線を定めた。
「申し訳ありませんけれど、この場は引き下がって頂けませんか? このままだと大騒ぎになってしまいますし。またあとで、私からお伺いしますから」
男性は納得いっていない顔をしていたが、
「仕方ありませんね……」と言って、ユイの方へ視線をやった。彼女はもう一人の少女の後ろへ隠れつつ、ジッと男性を睨んでいた。
男性は名残惜しいのか、恨めしいのか分からないが、少女達の横を通りすぎるときもジッと見つめ、通り過ぎたらケインの方を見やって会釈しつつ、脇を通って坂道を下りていった。
「さてさて」とカメリアが言った。「家の中には、きっとまだお母様がいらっしゃるのでしょう?」
ユイは何も答えない。
「ケインさん、申し訳ありませんけれど二人を見ていておいてくれませんか?」
「えっ? 自分がですか?」
「年端もいかない少女二人を、夜道に放ったらかしにしておけないでしょう?」
「だ、だけど……」
「アシュリー」と、問答無用で話を進めるカメリア。「ユイちゃんを見ていてあげて。何かあったら、警備兵のケインさんが守ってくれますから」
「はい……」
不安そうに、もう一人の少女――アシュリーが答える。
彼女はケインの方を見ていたが、表情からするに、浜辺近くで会ったことを思い出している様子は無かった。むしろ、警戒しているように見える。
カメリアがユイと男性が出てきた家の方へ向かうと、今度は二十代くらいの女性と老婆が出てきて、何やら話をしていた。
ケインは、警戒するユイに「こちらに来ることはないよ」と、なだめるように言った。
彼の言う通り、カメリアがうながす形で、女性と老婆を家の中へと押し戻していった。




