隠された者
私達は国王に謁見するために城を訪れた。門番は母を見ると目を見開いたが、すぐに冷静さを取り戻し、案内してくれた。
「お母様、あの人知り合い?」
「ママ達を連れ戻しに来た騎士団にいたような」
先代は両親を連れ戻すために近衛ではなく、騎士団を動かしたのか。溺愛されていたからなのか何なのか。
「姫様、ここで一度お別れです。説明、頑張ってください」
シアは城に入る前にそう言って領地に帰っていった。ふと、私は出掛ける前にシアに言われたことを思い出した。あの子のことだから、聞かないでくれるかな。
「グリーム男爵がいらっしゃいました」
門番が大声で宣言した。うわー羞恥プレイ。可哀想。同情するわぁ。
私は門番さんを憐れだと思いながら、謁見の間に入っていく。私達を見下ろす形で玉座が設置されている。少し離れたところには王妃と王子、王女が座る席が用意されていた。王子は五人、王女は一人。そう言えば、王女には会ったことないな。平民として暮らしているんだっけ。そして、市井で仕入れた噂を国王に伝えているとか。母の情報だから信憑性は高い。
「ロウちゃん!おっひさー!」
玉座がある方の扉から若い男の人の声が聞こえた。おいおいおい。正式な謁見じゃなかったか。
出てきたのは第一王子で、私がお兄ちゃんと呼んでいる存在だった。
お兄ちゃんは一目散に私のところに来て、抱き締めた。優しい香りが鼻を掠める。この香水、私が普段つけているのと同じだ。目の前は白のジャケットで覆われ、何も見えない。
「んふふ、可愛い。俺の妹可愛い。天使。部屋に住まわせてずっと眺めていたい」
お兄ちゃんのシスコン━━って言って良いのか微妙だけど━━が、炸裂した。私の頭頂部を頬擦りするのやめてください。痛いよ。
「殿下、嫌がってるわよ。やめてあげなさい。王太子のくせに」
お兄ちゃんが出てきた扉から、おでこに手をやり、溜め息を吐きながら女性が出てきた。彼女はお兄ちゃんの婚約者で、次期王妃だ。赤いドレスを身に纏い、女王のような風格を醸し出していて、お兄ちゃんが王配に見える。事実、お兄ちゃんは肩を落として私から離れた。と思ったら後ろに回り、抱き締めてきた。だから、頭頂部に頭を乗せないで。首も絞めないで。
「可愛いから良いじゃないか。別に、側室にしたいとかそういうんじゃないんだから」
「嫉妬して言っているわけではないわよ。ロウの顔を見なさい」
お兄ちゃんは言われるがままに私の顔を見下ろした。はああ、王子はイケメンに生まれる運命にあるのかね。
お兄ちゃんは己の婚約者を真っ直ぐ見つめ、シスコン発言をした。
「天使のような妹の顔があるだけだが?」
「もういいわ。あなたに言っても無駄だった」
お兄ちゃんは本気で「何言ってんのこいつ」みたいな顔しやがって。
「お兄ちゃん。なんで私と同じ香水の匂いがするの?」
「へっ?な、な、何でかなあ?分からないな?あは、あはははー」
お兄ちゃんは誤魔化すようにそう言った。何か隠していることはバレバレ。
「おにーちゃん。本当に、分からないのかな」
私は脅すような笑みを浮かべながら振り返った。お兄ちゃんは顔をひきつらせ、あっさり白状した。
お兄ちゃん曰く、家に来た時に私が昼寝をしていて、私の部屋に案内された。そこで、私の香水の匂いを気に入っていて、調べたらしい。何だ、そんなことか。私のつけている香水は、家に来た外国の商人が売っていたものだ。前世の記憶を思い出す前に大量に買い占めた。
それを手にいれたとは、さすが王族。金と権力と時間はたっぷりあるということか。恐れ入った。
「やっぱり先に行っていたか。今日は謁見だからでしゃばるなと言っただろうが」
おじさまこと国王陛下が入ってきた。しかし、お兄ちゃんのせいでいつものおじさまだった。威厳なんて皆無だ。
そんなこんなで謁見はつぶれた。
「つまり、ロウは神々のせいで死に、神々は償いとして前世の記憶を維持したままロウとして転生させ、神の使いになった。そう言いたいのか?」
おじさまは頭を抱えた。そりゃそうだ。神々がわざわざ降りてきて、この世界を神の代わりに管理しているシステムに私を神の使いとして登録させたのだから。
「今まで通りに接してくれて良いからさ」
私はそう締め括った。おじさまはソファに身を沈めた。
「ロウに会ってほしい者がいるんだ。時間は大丈夫か?」
おじさまが私に質問してきた。父を見ると大丈夫だと言われる。なので、私は親指を立てて元気よく笑う。
私はメイドさんに案内され、とある部屋にたどり着いた。メイドさんがノックすると扉の向こうから入室の許可の声が聞こえ、一人で室内に入るようにメイドさんに促される。指示に従い、部屋に入ると、透明のレースカーテンが風によって靡いていた。窓のすぐ隣には大きな白い病院にあるようなベッドに自分と同い年ぐらいの子が座っていた。窓の外を眺めている。私はベッドに近付き、肩を叩いた。ベッドに座っていたのは少年で、私が肩を叩くとびくりと体を震わせ、振り向いた。灰色の髪に紫色の瞳。王子だ。私の知っている王子は四人。この子を私は知らない。ゲームでも見たことがない。そして、私はこの子の雰囲気を知っている気がする。とても、懐かしい。
「君、誰だい?紫色の瞳ってことは、僕の知らない王族かな」
少年は優しく笑いかけながら聞いてきた。私も優しく微笑むことを意識し、首を横に振る。
「ロウ・フォン・グリーム。先代の娘、元第一王女の娘よ」
最近暑いですね。体調管理を怠らないようにしないと。夏バテとか熱中症とか。