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────昏倒の君────

 暗い夜道を街灯が白の石畳を照らしている。そんな中ユリウスの足音が響いていた。 

 今日は煙草の買出しで外に出かけたのだが、目当ての銘柄が在庫切れで少々遠出しているのだった。


「ふん、今日に限ってどこも品切れとは、中々に嫌な因果を感じざるを得ないな。……しかし、ここは何処だ? 直感で歩いたは良いが、見知らぬ通りだな」


 独り言を口にしながら、内心少々心細かったのだった。


「なに、目的を達するため致し方ないだろう」


 そして歩みを続け、何処か判らぬ暗がりの角を曲がろうと思ったときだった。


「脚……?」


 視線の先に倒れた女性の生脚がはみ出ているように見えた。

 一瞬何かの間違いだろうと思い込もうとしたが、近づくにつれてそれは真実味を増していくだけだった。

 血の気が引いていくのが自分の中で理解できた。寒いとすら感じてしまう。この場から逃げたほうが良いのではないか、ひょっとしたらあのチュパカブラなのかもしれない。そう思った。

 だが、その思考は愚かだと理解している。まだ助かる可能性があるかもしれないこの脚の張本人。

 乾ききった喉に唾液を嚥下させ、慎重に脚に近づいていく。白い色をしている。生気があるかどうかは暗がりで分からない。恐怖が無いわけではないのだが、それでも確認しようと歩みを進める。その度に萎縮しそうな自分の足を意思の力でねじ伏せて行く。


「ええい、ままよ!」


 そして擦り切れそうな自分の思考回路が結論を見出した。それは単純で、ただ勢いをつけて目標に向かって一心不乱に近づくということだった。するとそこには確かに女性が倒れていた。女性というよりは少女と女性の中間ぐらいに見受けられた。

 幸いなことにチュパカブラの姿は無く、杞憂だったのだと思い安堵した。


「おい、あんた、大丈夫か?」


 横たわっている彼女に声をかけるが返事は無く、まるでよく出来た人形のように見受けられた。

 眼鏡が直ぐ近くに落ちていて、きっとこの人のものだろうと思い手に取った。他に何かないだろうかと辺りを見渡すが、特にこれといっておかしいものは無かった。


「……どうする」


 漏れた言葉の通りこれからどうするか、この人間を放置するなどという芸当が出来るわけも無い。ならば────


「家に運ぶか。道は……まぁ、直感でどうにかすると言う体裁でいこう」


 若干自分に落胆しながら、俗に言うお姫様抱っこを敢行してこの場所を後にしたのだった。


       §


 何とか自分の住みかに辿り着いた。その頃には朝焼けがやけに目に染みた。


「……ふぅ、関わりなど持つべきではない。分かっているというのに────捨て置くなど人間に出来る行いではない。出来るとしたら悪魔の類だ。そうとでも仮定しなければ自分を否定してしまいそうだ。とりあえずベッドにでも置くか。……物ではないのだからその言い方はおかしいか? まぁ良い。所詮独り言でしかないのだからな」


 ゆっくりとベッドに降ろし、ユリウスは机に向かい小説の続きを執筆しようと思ったのだが、どうやら意識を取り戻したらしく、うめき声のようなものが聞こえた。


「おい、気がついたのか?」


 視線が交差して、初めてその人の左目の下に泣き黒子があることが判った。


「……………………みえない」

「開口一番がそれか。まぁ致し方が無いか、これでいいのか?」


 そう言ってあのときに回収した眼鏡を差し出すと、ゆったりとした動作で受け取ってそのまま掛けた。


「みえた…………誰?」

「あんたを救った人間だ。名前を知り合う必要は皆無だろう。あんたが特に問題がないのなら早々にこの家を去るが良い。人間とは関わりを持ちたくない。例外を除いてな」


 例外とは勿論イリスのことに他ならないのだが。


「もんだい。…………あたし、誰だろ」

「遊びに付き合っている暇はない。その解釈は俺に疑問を投げかけている訳か? ならば答えは知らない、だ。これで満足したか」

「ちがって、あたしが誰だろう?」

「……あんた、冗談も大概にしろ」

「うん……ごめんなさい」

「ふん、虚偽だったわけだ。愚かな人間の証拠だな。さぁ出て行くといい。…………もっとも、ここが何処かがわからないのだったら、俺があんたの知っている道まで案内してやらないこともない」

「……? いい人」


 ユリウスはその言葉にそっぽを向きながら、ぶっきらぼうに、


「乗りかかった船だ」


 と口にした。

 そして外に出ると案の定知らないという回答が待っていた。だがそれすら生温いということが徐々に分かっていくのだった。

 記憶の通りユリウスは倒れていた場所まで案内したのだが、その全てが知らない、判らないという回答しか訪れない。まさかと思い、尋ねたくなかった名前を聞いた。


「なまえ…………さっきも言ったけど、あたし誰だろ?」


 首をかしげながらの回答だった。それを理解するのにユリウスは数瞬の時間を要したのだった。いや、ただ嘘だと思いたかっただけなのだが。


「つまりあんたは記憶喪失って言う、信じがたい事象を体現しているという訳か?」

「えっと、たぶん」


 遂に肯定を示したのだった。

 ユリウスから落胆の溜息が漏れて、改めてこれからどうするかを思案した。関係を持てば何某かの因果が迫ってくるのは解かりきっていたはずだったのだが、これほどとは思わなかった。


「名前が分からないか……不便この上ないな。取り敢えず俺はユリウス・ランドールだ。あんたの名前は俺が決めても構わんか?」

「ユリウス……いい人。いいよ」


 そしてユリウスは目を閉じ思考し、イメージを展開してみることにした。


 ────眼鏡……泣き黒子……、いや、どれも違う。違うわけではないのだがいまいちだ。


 何かないものかと、ふと目蓋を開き周囲を見渡すと、紫と白の美しい色彩の花が見て取れた。


「ふぅん、決めたぞ」

「……何?」

「あんたの名前はライラだ」

「ライラ……なんで?」

「それは名前の由来を尋ねているのか? そこに花があるのだが、ライラックというのだ。知らないかもしれんが、ヨーロッパの花でな、紫陽花に近い色合いで間違いやすい。さらに言えばライラックは香水にも使われる。女性の名にはふさわしいかと思ったんだ」

「そう……じゃぁあたしはライラだよ」

「気に入ったか。ならば良い。しかしこれからどうするか……俺の知識では記憶喪失など治す方法は知らない。ライラ、何か覚えていることは無いのか?」

「覚えてること? ……ある」

「ほう、何だ。それがあれば糸口になるかもしれない。話せ」

「ユリウスは良い人」

「は?」

「だから、ユリウスは良い人ってこと」


 ユリウスは頭を抱えた。これはもうどうしようもないな、そう内心思ったのだった。 


「はぁ、もう良い。取り敢えず俺の部屋に戻る。それでいいか?」

「うん、いいよ」


 結果、ユリウスの部屋に一人の同居人が増えることになったのだった。





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