幾度となくパーティを追放された《近接魔導師》が最強の《剣姫》とタッグを組むまで
「……君とは、もう一緒のパーティにはいられない」
――この台詞を聞いたのは、何度目だろうか。
俺……レント・フィシアが冒険者になってから、もう何度か聞いた言葉だ。
別にパーティのメンバーと仲が悪くなったわけではない。
俺が弱いからパーティを追い出されるわけでもない。
「一応、理由は聞いてもいいか?」
「君は強い。いや、強すぎるんだ。そんな君が魔導師であるにも拘わらず、前に出られてはパーティのバランスが保てない」
ああ、またこれだ――と、俺は内心笑ってしまった。
俺は冒険者であり、そして魔導師として活動している。
俺を育ててくれた父親代わりが、《賢者》と呼ばれる男で、俺はその人から魔法を教わった。
魔法と武術を組み合わせた《近接魔導師》――それが、俺の戦闘スタイルだ。
そういう魔導師も決して少ないわけではないのだが、どうにも『誰か』とパーティを組むのは向いていないらしい。
……親父は、冒険者になって一番楽しいのは仲間との冒険だと言っていたんだが、俺にはそんな経験はなかった。
「ああ、分かったよ。世話になったな」
パーティの面々が、俺の言葉を聞いて少し驚いた表情を見せる。
少しはごねるとでも思っていたのだろうか。――そんなことはない。
向こうも、俺がこういう風に追放されていることに慣れているとは、思いもしなかっただろう。
「待て。今回の仕事の分け前くらいは――」
「別にいらねえさ。お前らだけで適当に分けてくれ」
そう一言残して、俺はパーティを抜ける。……一人になって、俺は一人帰路についた。
「何も面白いことねえぞ、親父」
俺はポツリと呟くように言った。
別に、強く期待していたわけじゃない。
ただ、あまりにも楽しそうに話すものだから……冒険者というのに少し憧れを抱いていたところはある。
実際、仕事を一緒にこなして、終われば一緒に飯を食うというのは、確かに楽しかった。
少しばかりは一緒にいられたパーティがあるから、俺にも分かる。
けれど、だんだんとパーティにいられる時間も短くなってきた。
……俺の名が知られてきたのだろう。
パーティで組むのに向いていない冒険者がいる、と。
「いっそ、ずっと一人で活動した方がいいのかもなぁ」
そんなことすら考えて、俺は空を見上げる。
――天を駆けるその姿を見て、俺は思わず目を見開いた。
「あれは……」
広げた羽は数メートルの大きさになる。
おそらく同種の中では小型だろうが、それでもその名を冠する者の一体だ。
《ワイバーン》――竜種と呼ばれる、魔物の中でも上位の存在。
そんな奴が空を飛び、向かっているのは先ほど別れたばかりのパーティメンバー達が向かっている場所だ。
……『ワイバーンの卵の回収』。それが今日、俺達が受けた仕事であった。
すでに卵は回収してあるが、問題となるのはこの後。
卵がないことに気付き追ってきたのだろう――あの速度ならば、間違いなくパーティに追いつく。
「……まあ、俺には関係ねえことだが」
すでにパーティを追放された身だ。
わざわざ追い出されたパーティを助けるために、ワイバーンと戦う必要もない。
――そんなことを考えていると、前方から『何か』が駆けてくるのが見えた。
俺の横を通り過ぎたのは、『人』だ。
それも尋常ではない速さで、駆けていく。
全身を魔力で強化しているのか……仮面をつけていたから素顔までは見えなかったが、相当な実力者であることは俺にも理解できた。
華奢な身体付きを見る限り、少女だろうか。
少女は俺を一瞥したが、足を止めることなく駆けていく――追いかけているのは、ワイバーンのようだ。
「ワイバーンを追いかけてるってことは、今の奴は冒険者か? 見たことねえが……」
そもそも他の冒険者の話など、興味を持ったことがない。
けれど、不思議と今の少女には興味があった。
――少なくとも、自分に近しい実力を彼女が持っているのではないかと、直観したからだ。
「……まあ、助けてやる義理もねえが、見に行くだけは見に行ってやるか」
俺は踵を返して、先ほどの少女を追いかけるように走り出した。
***
「ワ、ワイバーンが追いかけてくるなんて……っ」
「くそっ、とにかく走れ!」
冒険者のパーティの一団は、その姿を見て慌てたように逃げ出していた。
あっという間に距離を詰められ、ワイバーンの口元が『炎』によって赤く輝いていく。
冒険者達は死を直観しただろう――しかし、ワイバーンの炎は冒険者達を襲わなかった。
「ギィッ!」
「な、なんだ!?」
ワイバーンが悲痛な声を上げる。
冒険者達が振り返ると、そこに立ったのは一人の少女――剣を握り、その切っ先からは鮮血が垂れる。
「早く行きなさい。ここは、私が引き受けます」
「! き、君は――」
「いいから早くっ!」
冒険者達は促されて、その場から逃げ出す。
ワイバーンは、地面に降り立って少女と対峙した。
少女は剣先を向けて構える。
「ワイバーンは初めてだけど……いい相手になりそうね」
「ガァッ!」
先に動き出したのは、ワイバーンの方だった。
口元を再び赤く光らせ、炎を噴き出そうとする。
しかし、それを直接受ける少女ではない――横へと跳んで、回避に徹しようとする。
そこで、少女は気が付いた。
「……っ」
ワイバーンは、少女を狙ったふりをしていた。
その視線が捉えているのは、少女ではなく逃げ出した冒険者達。
「しま――」
「ゴアッ!」
ワイバーンが炎を放つ。
火球のサイズは大きく、近づくだけで木々は延焼を始めていく。
「ひっ!」
「うわぁ!」
冒険者達も火球に気付き、怯えた声を漏らす。
少女はすぐに火球を止めようとして、駆け出した――しかし、自分に止められるだろうか。
そんな疑問もあったが、少女の動きには迷いはない。
(間に合え――)
その願いだけが少女にはあって――けれど、冒険者達に火球がぶつかる前に、『その人』は姿を現した。
「ちっ、さっき別れたばっかだってのにな」
「……っ!」
ワイバーンの火球を、『素手』で消し飛ばした。
そんな人間がいるのかと、少女は驚きに目を見開いた。
***
「な……レント……!? どうしてここに――」
「やっぱパーティに戻してくれ――なんて言うつもりはねえし、戻ってきてくれって言われても戻るつもりはねえ。ただ、鬱憤晴らしに丁度よさそうな相手を見かけたってだけだ。さっさと行けよ」
俺の言葉を聞いて、迷いながらも冒険者の面々はこの場から逃げ出す。
追放されたばかりパーティメンバーを助けるなんて、俺もどうかしているのかもしれない。
「すみません、助かりました」
そこにやってきたのは、先ほどワイバーンを追いかけていた少女だ。
「何であんたが謝るんだよ」
「……あれは私の獲物でしたので」
「なるほど、あんたの獲物か。じゃあ、俺が戦うと邪魔になるか? あんた一人でも、ワイバーンには勝てそうだしな」
「……いえ、協力してくださるのなら助かります」
意外と礼儀正しく、彼女はそんなことを言う。
少し驚いたが、そう言うのなら……俺も拳を握りしめる。
「別に構わねえが、俺はさっきの奴らにも追放されたばかりでよ」
「! そうなのですか?」
「ああ。他の奴らとは折り合いが合わねえ。俺と一緒に戦って、怪我してもしらねえぞ?」
「怪我、ですか。それならご心配なく」
そう言って、少女は剣を構える。
「私も強さには自信がありますから」
「そうかよ。じゃあ、心配はいらねえかもな」
「グルァッ!」
ワイバーンが吠えた。
同時に、俺と少女はそれぞれ行動を始める。
ワイバーンは再び冒険者達を追いかけようと、羽を広げて飛び立とうとする――しかし、それは俺が許さない。
「悪いが、俺の相手をしてもらうぜ」
「!」
跳躍し、一気にワイバーンの眼前まで迫る。
身に纏うのは『風』――そのまま、風を拳に乗せてワイバーンの頭部を殴りぬける。
「グッ!?」
俺の拳はワイバーンの頭部にめり込んで、地面へと叩きつけた。
ズゥン、と大きな音が響き渡り、ワイバーンの巨体が倒れ伏す。
そこに、少女が近づいて剣を振るう。
――俺から見ても、少女の剣技はすごいものであった。目で追うことができるが、今まで見た剣技の中でも一番早い。
迷いのない動きで、ワイバーンの首元を斬り捨て――剣を鞘に納める。
ワイバーンが巨体を起こそうとすると、ずるりと首が地面に落ちて、周囲が鮮血に染まった。
わずか数秒で、ワイバーンとの決着はついた。
俺はワイバーンと少女の前に降り立つ。
「中々やるじゃねえか。俺の攻撃のタイミングに合わせるなんてよ」
「私こそ、驚きました。ワイバーンの炎を消すどころか、あの巨体を殴り飛ばすなんて……あなたは名の知れた冒険者なのでは?」
「まあ、悪い意味で知ってる奴は多いかもな」
「……? 悪い意味?」
少女が首をかしげる。
どう説明したものかと迷ったが、先ほどの言葉通りに話すことにした。
「さっきのパーティも追放されたばかりって言っただろ。まあ、こういう感じの戦い方だから、パーティっていうのがどうにも合わねえんだ。もう何回も追放されてる」
「! なるほど……先ほどの方達も。ですが、あなたはそれでも助けようとしましたね」
「そいつはたまたまだ。本当は放っておこうと思ったんだが……まあ、ワイバーンを追いかけるあんたに興味があってな。そしたら、思った以上に強い奴で驚いた」
「私も、今の話を聞いてあなたに興味を持ちました。今、あなたはフリーなんですよね?」
「ん、そうだが……」
「では、私と二人でパーティを組みませんか?」
「なんだって……?」
その提案に、俺は思わず驚いてしまう。
こういう戦い方だから追放されたと説明したのに、パーティに誘われたのだから無理もない。
「パーティを組むなら、あなたのように強い人の方が私も頼もしいですから。いかがです?」
「……」
俺は少し悩んだ。
こうして一緒にパーティを組んだとしても、また解散することになるのではないか、と。
「あんたは他の誰かと組むつもりはないのか?」
「今までは一人でした。パーティに誘うのはあなたが初めてです」
「そうなのか。その剣技……もしかして、結構名の知れた冒険者なのか? 悪いが、他の冒険者のことについては疎くてな」
「! そうでした……仮面を着けたままでは失礼でしたね。ですが一つ……私とパーティを組むなら、素顔をお見せ致します」
少女の言葉に、何やら事情があるのは分かった。
そう言うからには、素顔を見られたくはないのだろう。
それを見せるというのだから、彼女なりの誠意というところだろうか。
……まあ、もう追放されるのにも慣れてきた。
別に一回くらいは、誰かとパーティをもう一度組んでも変わらないだろう。
「ああ、いいぜ。あんたとパーティ組んでやるよ」
「! ありがとうございます。では、私もその言葉に応じて……」
少女が仮面を外す。
まだ幼さの残る顔立ちで、それでいて凛々しく、彼女は俺のことを真っ直ぐ見て言い放つ。
「リーザ・フロイレンです。以後、お見知りおきを」
「おう、レント・フィシアだ。よろしくな」
「……えっと、それだけですか?」
「ん、趣味とか話した方がいいか?」
「あ、いえ、そういうわけではなく……私の顔を見ても、何も思わないですか?」
「あー……」
そう言われて、俺は一つ思い出す。
女性にそういうことを言われたら、とりあえず褒めろと親父に言われていた。
「可愛いと思うぜ。俺が会った中で一番」
「へ……!? そ、そういうことではなくっ! ま、まあ……分からないのならいい、です」
顔を真っ赤にしてリーザが言う。
おかしな奴――そう思っていたが、こうして俺は彼女と二人でパーティを組むことになった。
彼女の正体が、この国の第二王女であることを俺が知るのは……しばらく後のことだ。
追放物といえばざまぁ要素みたいなところもあるかもですが、私には書けなさそうだったので、最強×最強がタッグを組んで熱いバトルをしていく物みたいなイメージで書いてみました!