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壺の返礼  作者: 砂たこ
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フエルオモイ

 夜勤が明けて、日勤との交代が迫る中――大西先輩が、巨体を揺らして現れた。


「お疲れ様ですー」


「あ、南原。トイレ行ってくるから、そこにいろ」


 7時2分前。規則では、交代の15分前には着いていなければならない。


「俺、もう上がり時間すよ?」


「うるせぇ! 俺が着替えるまで、張り付いてろっ」


 3月末で中井主任が退職すると、最年長の大西先輩が主任になった。それ以来、俺達は理不尽なサービス残業を強いられている。


「主任……相変わらずですね」


 隣の休憩室から、後輩の東野が暗い顔を覗かせる。

 元々、粗暴ではあったが、決められたルールはきちんと守る人だった。着任から1ヶ月、GWの辺りから横暴な態度が目立ち始め、2ヶ月が経過した今――もう誰も手に負えない。


「嫌だなぁ……あの人、すぐ叩くんですよ」


 既に交代のために控えている新人の田中が、しかめ面で俯いた。


 誰もが、大西主任と組むことを嫌がっている。主任が休みの時は、悪口大会になる程だ。

 我々の雇用主は外部委託の管理会社ではなく、このビルのオーナーだ。円滑な業務遂行に支障がでるから――と、直談判できなくもない。だが、皆、苛立ちを抱えながらも、猫の首に鈴を付けに行くまでの決断が出来ずにいた。


「東野、上がっていいよ」


「すみません」


 7時10分を過ぎたところで、夜勤明けの後輩を返した。一応、主任は出勤しているし、交代の田中もいる。3人で詰めている必要もあるまい。


「あの南原さん、俺、窓口代わります」


 気を利かした新人が、休憩室のパイプ椅子から立ち上がりかけた時だった。


「てめぇ、新人! 何勝手に仕切ってんだよ!」


 いつの間にか戻ってきていた主任が、声を荒らげ、新人の頭を上から叩いた。鈍いガツンという音に続き、新人がガタガタと椅子から崩れて蹲る。


「止めてください、主任! もう出勤してくる人もいるんすから……!」


 思わず持ち場を離れて、床の上の田中を庇う。足蹴にしようと持ち上げた右足を下ろすと――。


「南原ァ! お前の教育がなってねぇんだよ!」


 突然、腕をグイと掴まれて、そのまま壁に身体ごとドカンと叩きつけられた。捻られた肩と背中に激痛が走る。


「気分(わり)ぃ。巡回行ってくる。戻るまで、まだ帰んじゃねぇぞ!」


 帽子を鷲掴みにして、主任は大股でエレベーターに消えた。日勤の巡回は、大抵45分はかかる。俺は、少なくとも8時まで帰れなくなった。


「大丈夫か」


「うっ……南原さん、こそ……」


 パイプ椅子を起こして、田中を座らせた。真っ赤な涙目のまま、彼は頭を擦っている。


「窓口、俺が付くから、休んでていいぞ」


「ありがとう、ございます……」


 早出の人が、パラパラと出勤してくる。事務的に挨拶を交わしながら、彼らがエレベーターに消えるのを見送った。


「南原さん、知ってますか」


「え?」


「いい……憂さ晴らしの方法があるんです」


 5分程して、不意に田中が低い声で話しかけてきた。


「堀北さんが、教えてくれたんですけどね……」


「先輩が……何を?」


 普段と違う虚ろな口調が気にかかる。叩かれた場所が場所なだけに……大丈夫なのか。


「『王様の耳はロバの耳』って、童話……あるじゃないですか」


「ああ」


「忘れ物の壺、あるでしょ?」


 アチコチ飛んで、話が見えない。ええと、「王様の耳はロバの耳」って、秘密を穴の中に叫ぶんだっけ?


「あの壺の中に、ムカついたこととか、思いっ切り叫ぶんです。凄く……スッキリするんですよ」


「お前ら、そんなことしてるのか」


 くだらない――咄嗟に、そう思った。返す言葉にも、気持ちが滲んだのかも知れない。


「東野さんも、稲川さんも、皆やってますよ?」


 だから、少しムキになったような田中の反論に、正直――戸惑った。


「……本当か?」


「日勤だと、声が漏れるからマズイんですけど、夜勤の時はチャンスなんです」


 得意気にひけらかされた同僚達の秘密。自分以外の全員が、本当にそんな子ども染みた方法で憂さを――大西主任に対する鬱憤を晴らしているのだろうか。


「南原さんも、やってみたら分かりますって……スゲェ、気持ちいいんですから……」


 そんな疑問を見透かしたかのように、クククッと小さく声を溢した田中は、得体の知れない不気味さを醸し出していた。新人に対する理不尽な八つ当たりにも、大人しく我慢して……感心な奴だとばかり思っていたのに。


 結局、大西主任は8時を10分も過ぎてから戻ってきた。すれ違い様に煙草とコーヒーの香りがしたところをみると、6階の休憩室脇にある喫煙室で一服してきたのではないだろうか? まさか、と思ったが、また痛い目に合いそうな予感が働いたので、口に出さず帰宅した。


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