暗殺
少し御シリアスかも⋯⋯
許してクレメンス(´;ω;`)
この日、私は圧倒的な魔王の力の前に何も出来るとは到底思えず、大人しく部屋に戻る事にしました。
「本当に来てくれないのですか?」
「すいません、今日は少し疲れてしまったのです⋯⋯⋯⋯」
「皆に貴女の顔見せと我々の自己紹介を行いたかったのですが⋯⋯」
「ごめんなさい、今日はもう寝たいのです」
かの魔王からの申し出は夕食のお誘いでした。なんでも、メナスのお偉い役の数名と私の顔合わせをしたいそうなのですが、私は体調が優れないと言って断らせていただきました。
勿論、体調が優れないというのは全くの嘘偽りです。余りに強大すぎる力を持つ魔王の事を考えると、頭が痛いという意味ではあながち間違いでは無いのですが。
「そうですか⋯⋯⋯⋯なるべく知る顔が増えるのは早い方が良いと思ったのですが」
「次の機会でお願いします」
「では、貴女の夕食は直接お部屋に届けさせていただきますね」
「有難う御座います」
私は魔王が私の部屋から離れる所を見届けると、部屋へと引っ込みました。部屋の中を見渡します。一見すると朝と変わった様子はないです。しかし、心なしか部屋全体が磨き抜かれ輝いている様に見えます。今朝のお人形の様なメイドさんがして下さったのでしょうか。
コンコンコンコン
部屋の扉を優しくノックする音が聞こえました。
「なんでしょう」
「魔王様から貴女の体調が優れないと伺いましたので、夕食をお持ちしました」
「有難う御座います」
噂をすればなんとやらです。例のメイドさんが夕食を持って来てくれました。私は並べられていく料理に手をつけていきました。
「美味しかったです」
夕食はつつがなく終わりました。食事の間、例のメイドさんは扉の横で微動だにしませんでした。そうしていると本当にお人形さんみたいです。
因みに毒が盛っていないか、一応は気にしました。────半分ぐらい食べ終わったころに。私が彼女に「毒は⋯⋯」と問うと、彼女は「有りませんよ」と少し可哀想なものを見る目で見つめてきました。解せません。
お人形みたいなメイドさんは夕食の片付けをすると、「お大事に⋯⋯」と言い残して部屋を後にしました。これでようやく一人の時間が出来ました。
「これからどうしましょう⋯⋯」
私は見知らぬ魔族の国で一人、恐ろしき魔王へ対抗する手段を企てるのでした。
真夜中、魔王の城全体が不気味な程静かになりました。私はコッソリと部屋を抜け出します。部屋の前に見張りなどは居ませんでした。私が勝手に逃げ出す事を考慮していないあたり、不用心なことこの上ないですが、今の私には都合の良いです。
しかし、私がこれからする事は逃げ出すなんて格好が悪い事ではありません。私が向かった先は魔王の城の外などではなく、魔王本人の寝室でした。彼からは「もし私に用があったら来て下さい、いつでもお待ちしておりますよ」と、教えられたのです。
私はその扉をゆっくりと開けました。少しだけキィーと、蝶番の音が聞こえた気がしましたが、さほど響くものでも無いので大丈夫な筈です。当然の事ながら部屋の中は真っ暗でした。当たり前です。良い子は夢の中にいるような時間なのですから。
私は魔王の寝床へと、足音を立てないように気をつけながら近づきます。其処にはうつ伏せの状態で寝ている黒山羊の姿がありました。黒過ぎて一見すると闇に溶けているように見えます。
私はそこであるものを取り出しました。短剣です。なんでも裏路地で私と彼が初めて会った時に私が投げたものだそうです。そんな事もありましたが、まさか返してくるとは思いませんでした。
その短剣を鞘から抜きます。そう、私が此処へ来た目的は目の前の彼、魔王レオナールを討取ることです。
私はベッドに上がり彼の背に馬乗りになります。余程深く眠っているのか彼は全く起きる気配がありませんでした。剣を構えます。両手で強く握っている筈なのに、その刃先は小刻みに揺れて止まりません。
勿論、なんの考えも無しに此処へ来た訳ではありません。当然、彼を手にかけるか否か、もし彼を討取った場合自分はどうなるのか、しっかりと思い見ました。その上で私はこの行動を取ったのです。この魔王は私達の国、延いては人類にとって余りにも危い存在です。彼を野放しにしておけば、いつ人類が滅びてもおかしくありません。
彼が今日死んだ場合、一番の容疑者はまず間違いなく私でしょう。魔王を殺めた報いとして魔族共に捕らえられ、処刑かはたまた彼等に喰われる事になるのか、殺されなかった所でより苦しい思いをするだけでしょう。
それでも!私の生まれた国の為、代々王家が護ってきた民の為、余り仲が良いとはいえませんがそれでも共に過ごした家族の為、王家に生まれながら、今まで何の役にも立たなかった私はかの魔王に刃を立てます!
手に残るのは何かを刺した感覚。一撃で仕留めたのでしょうか、魔王はピクリともしませんでした。振り下ろした手を見つめます。なんと弱々しい手でしょうか、しかしこの手でどれくらいの人を救えたでしょうか、誇らしい筈なのに震えが止まりません。
初めてヒトを殺めた罪悪感からか、それともこの先の自分の行く末を案じてか、段々と胸が苦しくなってきました。
「えぐっ」
口からは嗚咽が漏れます。涙は拭っても、拭っても溢れ出てきます。不安と恐怖で私の中は一杯になります。
「じにだぐない⋯⋯⋯⋯」
本音でした。これ程自分の気持ちを言葉にしたのなんていつぶりでしょうか、思ってはいても簡単には口にする事は出来ない。そんな社会で生きてきた私にとって感情を表に出すということがどれ程気持ち良かったことでしょうか、しかし、心は全く晴れません。
最早、私の顔は涙でベタベタでした。垂れそうになった鼻水をすすります。
「まだ、死にたくないです⋯⋯⋯⋯」
「勝手に死なないで下さい。そんなに泣いては綺麗なお顔が汚れますよ、これで拭いて下さい」
そういって差し出されたハンカチを私は受け取ると、私はそれで涙を拭いて鼻をかみました。
「有難う御座い⋯⋯⋯⋯」
その先の言葉は続きませんでした。驚き、驚愕、驚嘆、どの言葉を持ってしても私のこの気持ちを表すことは出来ないでしょう。何故なら────。
「お待ちしておりましたよミチェルさん、といっても、こんな形になってしまったのは少し残念ですが⋯⋯⋯⋯」
其処には刺し殺した筈の『魔王』レオナールその人が、私の隣に居たのですから。
いつから死んだと錯覚していた?