ミナスの戦力
私がレオナールを女性達から無理矢理に引き離し、連れて行って欲しいと頼んだのはミナスの兵士達の修練場です。
理由は勿論、諜報活動です。この国の兵力を知った所で私にはどうする事も出来ませんが、人間ににとってどれ程危険であるか調べる必要があると思いました。
レオナールには「女性にとって面白いものではありませんよ」と言われましたが、根気強く頼み込んで魔王国ミナスの直属の兵力を見せて貰える事となりました。
「着きましたよ」
やってきたのは再び魔王城の敷地内の一角にある大きな修練場でした。城に戻る時、遠くから見て分かった事ですが、この城、魔王城と言っても私が想像していた様なおどろおどろしい物では無く、中々に趣向を凝らした造りの綺麗な城でした。古い歴史を持つヘーリオスの城より綺麗であった事に少しだけ腹が立ったのはここだけの話です。
「どうです?面白いですか?」
「えぇ⋯⋯」
レオナールが気を使って訊ねてきたものの、なんの面白みも無い返事をする私。事前に彼に忠告された事ではありますが、やはり面白く無いものは面白い所なんてありません。しかし私は注意を怠る事なく辺りを見渡します。
「うはぁ⋯⋯⋯⋯」
修練場で訓練を行なっているのは誰も彼も優れた体格の魔族達、身体が一回りも二回りも大きいせいか皆化け物じみて見えます。それぞれが自らの特徴を活かした動きをしているので尚更です。
「すっ、すごいですね⋯⋯」
「それは、国直属の兵士達だからね。ヘーリオスではこうでは無いのかい?」
「はい⋯⋯、こんな訓練について来れる騎士なんて殆ど居ませんよ。新兵何人係でならこの兵士を相手出来るのやら⋯⋯」
「成る程、そうですか」
「あっ!」
不味いです。ついうっかりと思ったままの感想を言ってしまいました。この情報で自国に攻め入られる事がないでしょうか?人間が滅ぼされる事はないでしょうか?余りに動揺し過ぎて、冷や汗をかきました。
「そっ、その!人間でも中にはとても強い人は沢山いて⋯⋯⋯⋯、それで実は人間の間では伝説の存在ですが『勇者』と云う人物がいてそれで⋯⋯、それで⋯⋯⋯⋯」
「知っていますよ」
私は拙い言い訳をしますが、全く気にした様子ではありません。どうしましょう?もし、私のせいで人間が滅ぼされてしまったら。情報を流した犯人として裏切り者の烙印を押されるような事になるのではないでしょうか?そう、一人勝手に此の先の展開に怯えていました。
「やぁ、レオナールの旦那」
「おや?カルロスではありませんか、どうしました?」
「どうしましたかでは無いですよ。此処は修練場ですよ、私が居るのが正しくて、旦那がいる方が不思議なのです」
「それは失礼、貴方はてっきり書類仕事ばかりしているものだと思ってました」
そうやって近づいて来た人物は一人の男性でした。彼を見て初めて思ったことは、大きい。それだけでした。高身長で体付きの良いレオナールよりも、更に頭一つ分大きかったのです。その上、彼の体躯はしっかりと鍛え上げられ、その存在感はまるで巨人か熊の様でした。
「旦那は俺が書類仕事遅いって知ってて、俺に仕事振ってきてるだろ」
「貴方がそういう立場ですからね」
「⋯⋯っクソーー!」
男は口惜しそうに短く刈られた深緑色の髪を掻くと、私に目をやりました。
「旦那、この娘はどちらさんだい?」
「あぁ、紹介がまだだったね。彼女はミチェル、ヘーリオス王国の姫で昨日私が拐ってきたんだ」
「────はぁ!幾ら旦那がスケコマシだからって一国の姫を拐ってくる事はないだろ!」
「やめて下さい。これは私の提案では有りませんし、私はスケコマシの様な悪い輩ではありません。ただ、多くの女性に対して等しく、一男子として優しく接しているだけです」
「旦那のその顔の場合はなぁ⋯⋯⋯⋯あぁっ!もういいや、好きにしてくれ!」
「分かっていただけたようで何よりです。あとはソフィアに訊いて下さい、どちらにしても夕食時には話しますが」
私はまたもや会話に入って行く事が出来ませんでした。しかしこの魔王、やはり助平でした。どれだけの女性を相手にすれば気が済むのやら⋯⋯⋯⋯。
「あの、この男性はどちら様でしょうか?」
「あぁ、彼はカルロス。この国の騎士を率いる騎士団長ですよ」
なんてこった、目の前の男はとんでもない人物でした。騎士団長という事はこの魔族の国の中で最も強い人物ではないでしょうか、それとも魔王の方が強いのでしょうか?
「あの、お二人はどちらの方がお強いのでしょうか?」
勿論、彼等の強さを計る為です。
「そりゃ、レオナールの旦那の方が──」
「ミチェルさん、いえ、女子と云うのはやはり強い男子の方が好ましいのでしょうか?」
「え、えぇ、そうです」
大嘘です、そういう事にしておかなければ話が先に進みません。強いて言うなら私は、私のすることに対して口出しして来ない殿方が良いです。
「そうですか⋯⋯⋯⋯、カルロス!」
「俺は嫌だぞ、絶対負けるじゃないか!」
「ここ最近私は剣を握っていませんから、腕が鈍っているかも知れませんよ」
「ぬぅ⋯⋯⋯⋯それなら」
そう言って彼等は訓練している兵士を呼び、剣を取りに行かせました。そのまま修練場の中央へと向かいます。彼等がその中央に向かい合う様にして立つと、その周りに大きく円を描く様にして魔族の兵士達が集まって来て二人を見つめます。
私もその円の一部となっていました。右も左も強そうな魔族達で、いきなり取って喰われやしないかと内心ヒヤヒヤしていましたが、私は彼等の強さをしっかりと見定めなければなりません。
「お待たせしました」
剣を取りに行った兵士がレオナールとカルロスそれぞれに剣を渡します。レオナールが手にしたのは細身の剣、カルロスが手にしたのは私の身長を優に超える様な大きな剣でした。どちらも訓練用である為か刃は潰してありますが、カルロスの様な剣で殴られたら即死しそうです。レオナールはあのような剣で相手が出来るのでしょうか?
「それではいきましょうか」
二人が剣を構えます。彼等の真剣な様子が空気を揺らし強く伝わってきました。周りを囲む魔族達も一瞬も見逃すまいと云う雰囲気が感じられます。私も思わず唾を飲んだその時。
「待て!」
声を上げたのはカルロスでした。
「すまない、やっぱり勝てる気がしない。誰か手伝って俺に付いてくれる者はいるか?」
なんとも情け無い騎士団長の頼みですが、兵士達数名が我先にと円の内側へと入っていき、剣を携えてレオナールを取り囲みました。これではレオナールが暴漢共に襲われているみたいです。なんだか急に絵面が悪くなりました。
「はぁ、ではこれで始めましょうか」
レオナールは呆れた様に小さく息を吐くと、この酷い有様を認めました。
円の内側にいる全員が剣を構えます。一対多数という不公平もいい所ですが皆真剣そのものです。誰一人として動こうとはせず、風だけがその隙間を通り抜けます。レオナールが腰を落とし構えを取ったとき、私は不意に背筋が凍る様な感覚を覚えました。
それに触発されたのでしょうか、兵士達数名が一斉にレオナールに向かって切り掛かろうとします。すると、レオナールの姿が兵士達の間から忽然と消えました。しかし、次の瞬間。
ギイイィィィン!
辺りに金物同士がぶつかり合う甲高い音だけが響きました。
「ぐぐぅ────」
力の籠もった唸り声を漏らしたのはカルロスでした。彼がレオナールの剣を自身の巨躯と手にしている大きな剣を最大限に使い受け止めていますが、その表情は厳しいものでした。二人の剣からはキリキリと刃先が強く擦れ合う音がします。そのままレオナールが二撃三撃を繰り出していく、と誰もが皆思っていましたが、
「ダメみたいですね」
レオナールがそう云った途端に彼の剣が、二つの剣が交わる接点より、ピキイィィンと悲鳴を上げて折れました。カルロスは全力で受け止めていた為か、突如無くなった力の矛先が勢い余ってレオナールへと襲いかかりますが、レオナールはそれを難なく躱しました。
レオナールは少しの間折れた剣の断面を見遣りましたが、そのままカルロスの方へと向き直りました。
「流石です。剣が折れたならば私の負けですね」
「いやレオナールの旦那、待ってくれ俺の負けにしてくれないか?」
二人の謙遜合戦が始まりました。私には剣を折られたレオナールが負けに見えます。
「何故です?」
「旦那、俺をわざと最後に狙っただろ?」
「おや、バレていましたか」
「じゃ無かったら反応出来なかった」
どういう事でしょうか?私の目にはレオナールは一瞬でカルロスに近づいて切りかかった様に見えました。
「旦那そういった酔狂な所があると分かってたからな」
「フフッ」
カルロスは荒っぽく自らの頭を掻くと、「おい、お前らその場で飛び跳ねてみろ!」と、恐喝紛いの指示を周りの兵士達に向かって出しました。兵士達は訳が分からないようで訝しみつつも各々その場で軽く飛び跳ねました。
ガシャン、ガシャン、ガシャン
飛び跳ねた彼等は気付きました。自分達が一瞬のうちに鎧だけ斬られていた事に、飛び跳ねた彼等全員の鎧は綺麗な断面によって断ち切られ地に落ちていますが、彼等の衣服には切れ目一つありません。その技量たるや誰一人として直ぐに理解出来た者はいませんでした。
「「「⋯⋯⋯⋯オオオォォォ!」」」
少し間を置いてようやく理解出来たのか、修練場全体から割れんばかりの歓声が上がりました。
「くそっ、かなわねぇなぁ⋯⋯⋯⋯」
「そんな事ありませんよ。私こそ貴方の剣を受け流す事が出来ませんでしたから⋯⋯⋯⋯ミスリル製の剣を一撃で叩き折ることはそう出来ませんよ」
「旦那は今回お得意の魔法を使って無いだろ?もう旦那一人で出来ない事なんて無いんじゃねぇか?」
「そんなことはありません」
────どちらも化け物です。ミスリルの剣を一撃で叩き折る剛腕。目にも留まらぬ速さで正確に相手を斬り裂く剣の腕に加え、全く未知数の魔法。
「旦那が本気を出せば戦争が起こっても国一つくらい滅ぼせるんじゃねぇのか?」
「さぁ⋯⋯どうですかね」
私はドキリとしました。お伽話でしかなかった魔王の強さのたった一部だけを見ました。これだけでも並の人間は相手にならないでしょう。何より本人がそれをはっきりと否定しないのが恐ろしいです。
「ミチェルさん!」
「はっ、ハイ!」
件の魔王から声が掛かりました。私は驚きの余り声が裏返ってしまいます。
「私の力量、見ていただけたでしょうか?これで我々の元では何が起こっても多少は問題無いと少しは安心して貰えると良いのですが⋯⋯」
そう云うと彼は、私に向かって穏やかに微笑み掛けてきました。蛇に睨まれた蛙とは正にこの事でしょう、私は彼の言葉とは裏腹に心の中は不安で溢れかえっていました。
戦闘描写⋯⋯⋯⋯、難しいです。