姫がさらわれました! 楽描き
やっとこさタイトル回収。(´・∀・`)
挿絵貼りました。自分絵なので苦手な人は無視して下さい。
コソコソと帰宅しました。私の家には私の家族以外殆どの人が知らない秘密の隠し通路があります。しかしその通路、知っている者達全員が使おうとはしません。なのであまり管理が行き届いていない為、誰も近づくことが無いのです。
────何故そんな通路が私の家にはあるのか?そんなの知らないです。
人前に出る前に外套を脱ぎます。自分の家でこんなものを着ているのは怪しいですからね。外套を小さく折りたたむと両手でなるべく上品に持ちます。怪しい物でも堂々と持つことで怪しく無くなるのです。
私は何事も無かったかの様に廊下へと出ました。
「姫様っ!」
──やっっっば!
「一体何処へ行っていたのですか。散々探したのですよ」
私に近づいてきたのは、黒の丈の長いワンピースにフリル付きの白いエプロンをした女性でした。装飾は大人しく、派手すぎないその服を着こなす彼女は如何にも仕事の出来る女、という雰囲気を醸し出しています。
実際彼女は仕事が出来ますし、まだそれ程歳ではありませんが、何十年と働いているベテラン並みに丁寧に仕事をこなします。まだまだ若い子ではありますが私の侍女にまでなっているのです。
「ミチェル様、本日は学問と剣術を横着なさって一体何処にいらっしゃったのですか?」
ドキッ!
「少しお花を摘みに行ったら迷ってしまって⋯⋯ほら、ここって広いでしょう?」
なるべく綺麗にうわべを取り繕うとします。此処では、言動の一つ一つにこういった上品さが求められるので面倒が臭いことこの上ないです。
「まさか、此処で何年暮らしていると思っているのですか、って何ですかそれは!」
彼女は私から外套を取り上げるとその場て広げた。
「ミチェル様。まさか街に降りたのですか?」
これだけで全て察することの出来る彼女は本当に有能だと思います。
「あー、今日は日差しが強いでしょう?少しお庭のお花を眺めようと思って⋯⋯」
彼女は何故か私の手袋を外すと私の腕が赤くなっていることについて言及してきた。本当になんでわかるのですか。
「この腕が赤くなっているのはどうしてですか?」
「少し騎士達の練習に混ざって剣術を学ぼうと思いまして⋯⋯」
「そんな筈はないでしょう!私が騎士様にも連絡して姫様を探させましたから」
「うぐっ!」
一体どこまで手を回しているのやら。最早何も言い訳を思いつくことは出来ません。私一人がたった数時間居なかったぐらいで大騒ぎし過ぎなんですよ。
「⋯⋯⋯⋯はぁ、これでは亡くなったお母上、アリシア様に顔向け出来ませんよ。姫様は覚えていらっしゃらないかもしれませんが、アリシア様はとても誠実な方でおられました。お身体が弱いのにも関わらず、民を思い、国を思い、自ら日々研鑽なさって、その姿に我々王室に仕える者も感銘を受けたものです。しかし、今の姫様は陰でなんと言われているかご存知ですか?『お転婆姫』だとか『王家の野良猫』だとか、酷いとお思いになりませんか?でも大丈夫ですよ私は信じていますからミチェル様はやれば出来るお人ですから、ですので⋯⋯⋯⋯」
また始まった、小言なんて耳にタコができる程聞いてきました。だいたいなんなんだ『お転婆姫』と云われるのは自覚している為良いとして『王家の野良猫』ってのは一応は一国の姫である私に対して余りにも失礼では無いだろうか。
「良いですか、今日の事は国王様にご報告させていただきます。しっかりとお叱りを受けて下さいね!」
気が重いです。
「だっはぁ〜〜〜」
息が詰まりそうな空気から解放された私は、部屋で一人品の無い溜息と共にベッドへと倒れ込みました。
帰宅したのはまだ日が少し傾いてきた頃にも関わらず、今現在は既に日は沈み夜も更けていた。一体こんな時間まで何をしていたかというと、お父上にうんと叱られていました。
それはもう、長い間頭ごなしに叱責されるというのは中々に堪えます。それに加え、兄や姉達からも散々嫌味っぽく説教されました。最早何もする気の湧かない私は完全に意気消沈しています。
「よいしょ」という掛け声と共にベットから身を起こすと、私は部屋の窓を開けました。暗い夜を眺めるのは、頭を冷やすのには丁度良いです。
自分で言うのも何ですが、私は恵まれている方であると思います。生まれてこのかた、着る物にも、食う物にも、住む所にも困ったことが有りません。実際に見た事はありませんが農民や冒険者よりは良い暮らしをしているでしょう。
しかし何と言いましょうか、足りている分私には何もなく空っぽに感じました。足りている分足りないのです。これを強欲と人は云うのでしょう。けれども、私は年頃の女の子と比べて綺麗な宝石もドレスも全くといっていい程、関心が持てませんでした。一体私は何が欲しいのでしょうか。
昔、と言うほど歳はとってはいませんが、昔はもっと生き生きとしていたと思います。無知であったからでしょう。魔物の王を倒す勇者や世界を救った聖女、凶悪なドラゴンを倒した英雄などの物語に心躍らせたものです。
しかし、その様な想いもいつの間にか段々と薄れて行きました。現実が見えてきたからでしょう。あくまでも物語そんなことが起こりうる訳がない、空想との離別で現実を見ようとしました。
それでも今日、私が冒険などという『馬鹿げた事』をしたのは、やはり物語を読むときに味わうドキドキというか、高揚感というか、そんなものを求めていたのでしょうか。自分にもはっきりとした気持ちは解りません。
夜空を見上げます。紺碧の空に浮かぶ月はとても綺麗です。何も見えない空に唯一人存在する月は何と輝いて見えるのでしょうか。それが堂々とした様にも見えて羨望の念すら覚えます。
開け放った窓から冷たい風が吹き込んできました。まだ日中は寒い季節ではありませんが、夜の冷やされた風は寝間着姿には少し寒いです。
「うぅ、寒い」
もう寝よう。そう思った時でした。
「月の夜は冷えますね、あまり夜風に当たっていると風邪をひきますよ」
慌てて振り返ると、其処には一つの影が有りました。其れは一言で表すと服を着た黒山羊でした。禍々しく曲がった角が生えた山羊の頭をしてはいますが、二本脚で佇む姿の前脚は白い手袋をした手は人のそれでした。言うなれば、お伽話に出てくる『悪魔』そのものでした。
「ふぁっ!」
「突然すいません。余り女性の部屋に押しかける事が、褒められた事では無いというのは分かっているのですが⋯⋯、些か此方も時間がないもので⋯⋯」
その恐ろしい姿でありながら紳士的な態度を取る様が、私の目には異様に、奇妙に、面妖に、見えて⋯⋯何処か心惹かれそうになりました。
「何処から来たのですか⋯⋯」
私は後ずさる様にしてとある場所に近づきました、部屋の外に居る騎士に危急を知らせるベルが置いてある所です。
「貴方の知らない世界からです」
そんな事を訊いているのでは無い、私は「何処から入ってきたのか」を訊ねたのです。
「いきなりで悪いのですが、私に拐われてはくれませんか?」
なんて可笑しな質問であろうか、拐われて下さい?そんなの⋯⋯⋯⋯
「お断りさせていただきます!」
私はベルを掴むと思いっきり鳴らしました。これで王城にいる騎士達が間もなく駆けつけるでしょう。晴れて侵入者はお縄に掛かる訳です。
その時の黒山羊の顔は⋯⋯?なんとも困った様な表情をしていました。どうしてでしょう、床と並行な瞳孔からは感情は読み取れませんが何故かそんな気がしてなりませんでした。
「しょうがありませんね」
黒山羊はスタスタと歩みを進めました。そのスラリとした手足の一挙手一投足はとても洗練されたもので、化け物みたいな姿にもかかわらず、不思議と見惚れてしまう程でした。そして、私の隣まで近づいて来ると「よいしょ」と私を小脇に抱えました。
えっ?
動けませんでした。恐怖で足がすくんだ、というわけではありません。いつの間にか抱えられてしまったと言えばいいでしょうか。呆気なく捕らえられてしまいました。抱えられたまま一応の反抗とばかりに暴れてみましたがびくともしませんでした。
「姫様っ!」
私の部屋の扉が勢いよく音を立てて開きました。そこからぞろぞろと何人もの騎士達が入ってきます。
「貴様、何者だ!」
「この国の姫を拐いに来ました。丁重に扱います故、何卒ご容赦ください」
全く受け応えになっていません。
「でやあぁぁ!」
騎士の一人が黒山羊に斬りかかりました。黒山羊は身を翻してそれを躱すと彼の背中に蹴りを入れました。身を翻した時、身体が揺れて怖かったのは秘密です。
「危ないではないですか。もし私が、彼女を盾にしたらどうするのですか!」
そうです!そうです!私に向かっている刃では無いということは分かっていますが、剣先が迫ってきた時は肝が冷えました。
私を盾にする様な事はしないだろう。分かってはいても可能性を示唆された以上、騎士達はその場から動くことが出来ませんでした。
「ぐぬぬ⋯⋯」
「それでは私は立ち去らせていただきます」
この騎士の間を切り抜けて行くのでしょうか?
彼らは容易には剣を振れないとはいえ、いくらなんでもそれは不用心だろう、と思ったその時。
バサッと音を立てて黒山羊の背から羽が生えてきました。これまた『悪魔』の姿に相応しい真っ黒な烏の羽です。
嘘でしょ⋯⋯⋯⋯。
バサァ、バサァ、と黒山羊は羽ばたいて窓から外に出ます。此処は王城、城下街よりも少し小高い所にあり、尚且つ建物の規模も大きいです。そんな所から飛び出したら当然高いわけで。
「きやゃゃゃぁぁぁぁぁ!!」
普段窓から見る高さも、地に足がつかないとなるとまた別物。私は恐ろしさで叫喚しました。
「貴様!待て!」
「それではまた、お互い明るい未来で逢いましょう」
黒山羊はそう云うと、大勢の騎士達を前にして一国の姫を連れて王城から飛び去って行きました。
その時の私は⋯⋯⋯⋯。空を飛ぶなんていう初めての経験に驚き、意識を何処かに落としてしまいました。
我が名は、アレキサンダー・フォン・デア・ユースティティア。自賛するようでなんだが、私は歴史ある大国、ヘーリオス王国を治める国王である。
我が国ヘーリオスは、毎年幾分か事件は起こるものの魔族領と呼ばれる地からも離れている為、魔物による攻撃も少なく国は豊かで至って平和である。
そんな国の王である私だが一つだけ悩みを抱えている。⋯⋯⋯⋯娘だ、娘の一人がどうにも手のかかる子なのである。根は優しい子であるのだが⋯⋯。普段から勉学や護身用の剣術を横着しているらしい。今日なんて王城を抜け出して街にまで降りたそうだ、報告を受けた時は肝が冷えたぞ、幾ら平和であるとはいえ安全とは限らないからな。
娘には幸せになって欲しい。早くに母を亡くしてさぞ寂しかったであろうからな。どうにかして彼女を本当に幸せに出来る相手を見つけてやらねば。だが彼女の評判は余り良くない、まともな男は寄り付かんだろう、どうにかならないものかと一人頭を悩ませているのだが⋯⋯。
ん?何やら城内が騒がしいな。
「国王陛下っ⋯⋯国王陛下ぁぁっっ!」
一人の騎士が謁見の間に飛び込んでくる。一度扉の前で止められたようだがその人物は王国騎士団の副騎士団長だ、若くして中々に優秀な人材である。
「なんだ、騒がしいぞ何時だと思っている!」
私の代わりに彼を叱責したのは私の隣に控えるこの国の大臣だ。私と長年苦楽を共にした仲である。確か彼には温厚で評判の良い息子がいたな、彼に娘を任せてみようか。
「どうしたそんなに慌てて、このような時間に騒ぎ立てるなどよっぽどの事であろうな」
私は副騎士団長に問う。大事の場合は早急な対応が必要であるからな。
「姫が⋯⋯⋯⋯ミチェル姫様がっ!」
噂をすれば、とは言っても一人で考えていただけなのだが。それにしても本当に手のかかる子だ昼間に続き今度は何をしたのやら。
「落ち着け、そう焦るな、まずは呼吸を整えよ、一体ミチェル様が何をなさったというのだ」
私が思案している間に今度は傍らの大臣が問う。
副騎士団長はその言葉に応える様に大きく深呼吸をした。そして、今一度真剣な面持ちで私を見ると絞り出す様な声を出した。
「⋯⋯⋯⋯ひっ、姫が⋯⋯⋯⋯」
「なんだ?」
「姫がさらわれました!」
まだ続きます。(当たり前です)