裏路地と紳士①
はっぴぃにゅういやぁ。
今年も頑張ります。(`・ω・´)
「お嬢ちゃん、ちょっと面貸しなぁ」
何の因果か、裏路地に迷い込んだ私は早々に柄の悪い青年達、いわゆるチンピラに絡まれることになりました。
「何ですか。私には用事が有るのです」と、無意味と分かりつつはぐらかそうとしたのも徒労に終わり、「まぁ、そんなこと言うなよ」と、一人の青年に私は腕を掴まれました。
「離して下さい。痛い目を見ますよ」
「ははっ、脅しか?こんな貧弱な腕で何が出来るってんだ」
確かにその通り、私と私の腕を掴んでいる青年の体格の差は明らかです。これは青年が体格のに恵まれているという訳ではなく、私が華奢過ぎるという意味で、青年は一般的な体つきです。
そう思案している間に、チンピラの青年は私が動かないのを物怖じしたと見て気を良くしたのか、私の被っていたフードの中を覗いてきました。
「おいおい、背が低いからガキかと思ったが中々べっぴんじゃねぇか」
「兄貴、ガキと思って声かけたんすか。俺ならもっと豊満な子が良いです」
「自分はこれくらいが一番っすね」
何やらチンピラ達は自らの好みについて御饒舌になっているようですが、そこはどうだって良いです。こんな屈辱は初めて受けました。私はもうすぐ歳が16になります。そこそこいい歳になります。庶民ならばとうに働き始めているでしょう。それなのに私を「ガキ」とチンピラ達は言いました。見た目で判断したのでしょう。
身長ですか、気にしていましたよ。上の兄弟とはだんだん差がついてきましたし、下の兄弟とはだんだん差が無くなってきていました。それに比例するように勉強の方も⋯⋯⋯⋯。こんなに腹が立ったのは久し振りでした。
私は食べ終わったまま、何と無しに持っていた串を逆手に持ち直しました。それを私の腕を掴んだまま完全に油断しているチンピラの手の甲に向けて。
「おい、聞いているのっ痛ぁ!」
チンピラの腕を掴む力が弱くなった瞬間に、私は腕を振り払い、動揺している彼らの間を掻い潜って大通りに出ました。
「っクソガキ、まて、おい追うぞ!」
必死に走りました。道行く人の合間にを縫いながら逃げ回りますが、悲しい哉、体格の差というのはこんな時にも足枷となって、私と私を追うチンピラ達との差はだんだんと縮まってきました。
最早、視界から外れるしかないと思い、人通りの多い大通りを曲がったところで。
────ッドン!
一人の男にぶつかりました。
私は思わず尻餅をつきました。
私のぶつかった男は、私と同じ様に真っ黒な外套に身を包んでいました。その男性は体格的にはどちらかといえば細身でしたが、私が走ったままの勢いでぶつかったというのにも関わらず、まるで山のように動きませんでした。
しかしながら、そんなことを考えている暇もありません。私はすぐさま立ち上がり、ぶつかった時に脱げてしまったフードを被り直すと、その場から逃げだそうとしました。されども、この一瞬の出来事が決定的な失敗となり、私はチンピラ達に追い付かれることとなってしまいました。
「へへっ、待たせたなクソガキ」
「別に待ってないです」
「ふん、いつまでそんな口がきけるかな」
チンピラ達はそう云うと、それぞれが武器を持ち始めました。それは片手剣であったり、メリケンサックであったり、はたまたバールのようなものまでありました。それらは武器とよぶには、手入れの行き届いていない余りに粗末な物でしたが、どれもこれも金属で出来ている事には変わりなく、男性の力で振り下ろされれば私が大怪我することは間違いなしです。
私は辺りを見回してみました。通行人達は少し距離をとり、まるで大道芸を見ているかの様に私達の周りに円を作っていました。君子危うきに近寄らずという事でしょう。一方で私とぶつかった黒い外套の男は未だ微動だにしませんでした。どちらも期待はしていませんでしたが助けてはくれないようでした。
逃げる事は出来ない、助けもなし、それでも私は諦める訳にはいきませんでした。冒険の結末が大怪我では目も当てられません。
それに、私には一つ奥の手がありました。これは私の家の倉庫から拝借してきた物なので余り使いたくはありませんでしたが、背に腹はかえられません、両親からのお叱りは甘んじて受けることにします。
私は一つの小さな短剣を取り出しました。
「へぇ、俺らとやりあおうってんのか。いいじゃねぇか。だが、そんな小さい剣じゃ俺たちには届かないぜ」
チンピラ達が笑うのも仕方がありません。私の腕の長さとこの短剣の長さを足したとしても、チンピラ達の腕の長さには敵いません。近づく前にやられるでしょう。
しかし、これはただの短剣ではなく、魔法の剣です。なんでも、魔法の剣には魔法がかかっていて魔力を込めることでその力を発揮するそうです。この魔法の剣にはどのような魔法がかかっているのか分かりませんが、非常に強力な物である事に間違いは無い筈です。
私は短剣に力を込めると、短剣が薄ぼんやりと光り始めました。まだ込める力が足りないと感覚的に分かります。チンピラ達がジリジリと近づいてきました。私は急いで短剣に力を込めました。もうチンピラ達はすぐそこです。先頭の一人が武器を緩慢に肩まで振り上げ残り数歩という所まで迫ってきたとき、短剣に力が溜まったのを感じました。これで勝てる、そう思った時のことでした。
「おや、男子たるものが女性に対して手を上げるとはいただけませんね」
黒い外套の男が出てきました。声からして若い青年でしょう。彼は私を背にして私とチンピラのあいだに入ると、私が握っていた短剣を後ろ手になでました。すると短剣に込めていた力が彼に吸い取られていきました。「なっ!」と、これには思わず声を上げましたが、既に短剣の中の魔力はもぬけの殻でした。
「なんだお前。そんなひょろっちい体で怪我したくなかったらさっさと失せな」
チンピラ達は青年を脅しますが彼に至っては全く歯牙にも掛けない様子で「女性を守るのが男子の役目ですから」と何とも胡散臭い言葉を吐露しました。それが気に障ったのでしょう、チンピラの一人が青年に片手剣の刃を振り下ろしました。
青年は身構えてすらいませんでした。死人が出る。そう思いましたが刃が彼に届くことはありませんでした。チンピラの腕が彼の前で止まっているように見えました。始めはチンピラの優しさかと思いましたがそのようなことは無く、青年がチンピラの腕を掴んで抑えているだけでした。
「危ないでしょう、もし私が避けて後ろの彼女に当たったらどうするのですか」
青年はチンピラ達を煽り立てます。自分自身ではなく私を引き合いに出しているあたり尚悪いです。
「オォラア!」
青年が片手剣を抑えて動けないのを好機と捉えたのか、バールのようなものを持ったチンピラが青年に襲いかかって来ました。青年はもう片方の手を襲いかかってくる青年に向けると、小声で何やら呟きました。するとチンピラは、まるで強い風に煽られたかのように後ろへと吹き飛ばされて地面に体をぶつけ気絶してしまいました。
魔法です。魔法は魔力が高い者なら使うことが出来ますが、私はロクに使うことが出来ません。何故なら使う機会が無いと思い、殆ど練習した事がないからです。仕方ないですよね。
「死ね!」
間髪入れずにメリケンサックをつけたチンピラが汚い罵声と共に殴りかかってきました。すると青年は、すっと腰を落とし重心を低くすると殴りかかってきたチンピラを蹴り上げました。これには驚きました、チンピラが見事な放物線を描いて飛んで行ったのですから。男性とはいえ同じ位の体格の人間を蹴り飛ばすなんて中々出来る事ではないでしょう。
「っ殺す!」
片手剣のチンピラは、もう片方の手で腰に差していたダガーを抜くと、最早目的の定かではない殺害予告をしました。
青年は半歩下がって剣撃を躱すとチンピラの顔の前に手をかざして小さな声で何やら唱えました。
途端、チンピラは青年の手から放たれた炎によって包まれました。キャー、と何処かで悲鳴が上がります。それもそうです、皆この場で人一人が死んだものだと思いました。あんな人間でも目の前で人が死ぬというのは誰だって嫌なものです。
しかし、群衆の心配とは打って変わって、炎の中から出てきたチンピラは消し炭になること無く、多少は髪が焼けているものの目立った外傷はありませんでした。
そのままチンピラは覚束ない足取りで二、三歩前に歩くと受け身もとらず前のめりに倒れました。どうやら恐怖で気絶してしまったようです。
「やれやれですね」
青年が心底呆れたように溜息を吐いてチンピラの持っていた片手剣をその場へ放り投げると、少し離れたところからガチャンガチャンと鎧が走って来る音がしました。
「おい!何をしている!」
どうやら騒ぎを聞きつけて数人の騎士が駆けつけてきたようでした。私はこんな騒動に関わりたくなかったのでそそくさとその場からさろうとしましたが、
「おや、これはまずいですね」
青年は私に近づくと「失礼しますよ」と云って私の背中と膝裏に腕を回すと、私を横抱きにしました。いわゆる、お姫様抱っこというヤツです。少しだけドキンとしたのは急に身体を持ち上げられたからだと思いたいです。
青年は私に小声で「行きますよ、しっかり掴まってて下さい」と言いました。
────行くって何処へ?
そう言いかけて、しかしその言葉は口から出ることはありませんでした。何故なら私を抱えた青年は、突然跳躍すると、常人では有り得ない高さまで飛び上がり、屋根の上まで軽々飛び移りました。
その余りにも突拍子も無い行動に私は思わず口から情け無い声が出ました。
こうして私の人生で初めてのお姫様抱っこは肝を冷やす思いをして終わったのでした。
まだ、拐われないというタイトル詐欺。
ごめぬ。