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姫がさらわれました!@活動休止  作者: 立里 心
姫も歩けば魔王にあたる
1/27

異変の前夜── The night before of an incident ──

始まり始まり。








「どういうつもりですか」と青年は言った。


外は夜、轟々と雨が降り続いていた。


「何を怫然としているのじゃ」と青年の前で肩をくすめる女性。少女と言うにはあまりにも幼い、童女と呼ぶのが相応しい姿であるにもかかわらず、その人物は憤る青年に対して堂々たる様子であった。


建物の外で吹き荒れる風は窓を揺らし、加えて雨が窓を叩く音だけが部屋中に響いていた。


「どういう風の吹き回しですか」青年は再び静かに問うた。青年は目の前の人物に対して絶対的な信頼を寄せていた。彼女の行動はいつも正しい行いであり、彼女の口から嘘偽りなど聞いたことが無かった。


それ故に、青年の目的とその為の労力を水泡に帰すような彼女の言葉はとても許し難かった。青年は平静を装っているが、その心情は外の天気同様刺々しく荒れその矛先は件の童女にむかっていた。


遥か遠くにて雷が鳴った。


それを知ってか童女は「まぁ聞け」と青年を諌め、まだ少し温かい紅茶を口にした。


童女はカチャリとティーカップを置くと「疲れたのじゃ」と肩を落とした。青年はやはりと失望の念を覚えながらも彼女の言葉に従い口を開かなかった。


「儂等は良くやった、儂は永い間待ったし、おぬしも良くここまでやってきた。じゃか近頃の進捗はどうじゃ?」

「ですから我々は順調に⋯⋯」

「そこじゃ」


雨がより一層強くなった。闇夜が明るくなり遠くで雷が鳴った。


「確かにこちら側は変わった、儂でも類を見ない程にな。それはおぬし有ってこそだと思うし、素晴らしい手腕である事は確かじゃ」


青年には分からなかった。彼女は自分と彼女自身の努力を知っている、誰よりも。しかしながら何故それらを無下にするような提案をしてきたのか。


「されど向こう側はそれを知っているか?向こうは何か変わったか?何も知らんじゃろうて。仕方のない事じゃ、我々は何も接触を図ろうとはしなかったからな。昔のおぬしならばこんな事もなんてことは無かったじゃろうが、近頃のおぬしはどうもしおらしい。儂も余り大きくは動けんしの、儂等ではどうしようもないのじゃよ」


「だからといって諦める事はないでょう」


青年は拳を強く握った。自分だけであっても必ずやり遂げるという意志の表れだった。


「阿呆、誰が諦めると言った」


沈黙が流れた。暫く間があき、この時、ようやく互いの見解に相違があることをこの二人は察した。


童女はカカッ、と可笑しな笑い声を上げる。


「可笑しいのぅ、儂等の間に思い違いがあるとは。ずっと何故おぬしが憤っておるのか不思議だったんじゃ、単なる寝不足だと思っておったわ」


青年は恥ずかしそうに苦笑しながら自分と彼女のティーカップに紅茶を注いだ。


「こちらこそすいません。貴方も遂に我慢の限界で気が触れたのかと思いました。怪訝を持ったことお詫び申し上げます」


「いや、構わん。儂も我慢の限界と言われれば限界じゃ。少し気が早過ぎたようじゃな。して先の話受けてくれぬかの」

「どのような目処かお聞かせください」


童女は少し考えた後「運命」とだけ呟いた。しかし、青年には一瞬怪訝そうな表情を浮かべたものの、「分かりました」と返事をしました。


「さて、そろそろ帰るかの。また暫くしたら呼んでおくれ、楽しみにしているぞ」


童女は部屋の窓を開けた。雨足は更に激しく、当然部屋は濡れてしまっている。


「暫くですか、それでは世界の半分くらい私のものになってしまいますね」

「戯け、そんな気など初めから無いじゃろう」


青年はおどけたようにかたをくすめた。


「直ぐじゃ、本当に直ぐで良いからの。くれぐれも儂を仲間はずれにするで無いぞ」


「了解しました⋯⋯⋯⋯邪神様」青年は恭しく礼をすると童女を俗称の名で呼び悪戯をするときの子供のような笑みを浮かべた。


「カカッ、宜しい。精々面白いものを期待しているぞ⋯⋯⋯⋯魔王よ」童女も意趣返しのように青年を俗称で呼び返し、容姿相応の、しかし、どこか底知れない笑みを浮かべていた。


両者は暫くの間クツクツと不気味な笑い声を上げていた。


「そうじゃった」と童女は呟くと何処からか一つの小瓶を取り出しすと、青年に向けて放り投げた。


「これは?」

「餞別じゃよ。同じ間違いを繰り返したくは無いじゃろぅ?」


少しだけ険悪な雰囲気が流れた。


「⋯⋯⋯⋯間違いなどではありませんよ」

「そうか⋯⋯、すまんかった」


陰気な状態が居心地が悪くなったのか童女は「では達者でな」と残し、窓から荒れ狂う夜の闇へと消えた。


童女が去ると青年は肩の荷が下りたかの様な、溜まったものを吐き出すかの様な溜息を吐いた。


「さて、私も急いで準備しなくてはいけませんね」青年は立ち上がって一人呟いた。腰は重たかったが心はひどくかるかった。


「運命ですか⋯⋯とんでもなく大冒険の予感がしますね」


開けっ放しの窓から雨風と共に稲妻の閃光が入り込むと同時に空が裂けるほどの雷鳴が響いた。間近に降り注いだ「神鳴り」は恐ろしさだけでなく、青年にとってはその力強い稲妻は希望の光に、轟く雷鳴は叱咤激励のように聞こえて、彼は可笑しな話だとほくそ笑んだ。


こうして異変の前夜は終わった。

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