後悔先に立たず(2/2)
──あ竜人族?何、それ……。
竜なら分かる。英語なら,ドラゴン。前の人生ではゲームとかほとんどしたことなかった私でも知ってる有名なモンスター。というか神話とかにも出てくるし怪物の中なら知名度トップクラスなんじゃないだろうか。一貫した印象はそう,『強い』の一点だ。怪物を倒すことを主題にあげるのなら,あえて竜を序盤の雑魚にはしないだろう。
それで,だ。竜で,人で,『あ』なのがあ竜人族なのだろう。
──いや,あって何?この際どうでもいいか。
「どうしました?急に虚空を見つめて。」
「え、あ、はい。その、その通りです。」
「亜竜人ねぇ。こりゃ珍しいのが来たもんだ。」
勝手にケピトさんは納得している。
「竜人なら別に珍しくないんじゃないですか?」
さらっと流してしまったがアリスと呼ばれていたオレンジの髪の少女が口を挟む。ほかの二人と比べて,まだなじみ深い名前だ。
「そりゃ純粋種の話だ。亜種となれば話は変わる。」
──「あ」って、「亜種」の「亜」か……ちょっと、待った。
「あの、珍しいってどういう……。」
恐る恐る聞いてみる。この時私は,村に着いたばかりのひょろ長紳士との会話を思い出していた。
「ん?知らないのか。言ったままだ。個体数が少ないうえ、新たに生まれにくい。特に女はな。が、戦闘力は純粋種と比べてあまり変わらないから……。」
血の気が引いていくのが分かる。その先は聴きたくない。
「一言で言えば高く……どうした?」
「ケピトさん……。」
「人として、生物としてどうかと思います。恥を知りなさい。」
「アリスはともかくおまえに言えたことかとは思うぞ……。まあ反省はするが。」
ともかく貴重な種であることは分かった。あのひょろ長は思った以上に親切だったことも。
「で?これからどうするつもりなんだ?」
「特に決めてないです……。」
「ま、そうだろうな。一応荷物も確認したが冒険者免許はもちろん、金銭の類いもない。それでどうこうしろってのが無理な話だな。」
名目上は事情聴取ということで,危険物を所持していないかなどを確認された。その過程でドルクさんのお使いも済ませ、あの水の出る布はそのままもらえることになった。それがどうしたという話だけど。
「で、こっからは俺からというか集会所からの提案なんだが……お前、この村に住む気はないか?」
「え……っと。それは滞在者として……?」
「いや、居住者として。アリス、集会所で管理している部屋に空きはあるよな?」
「はい!いつでも入居可能です!」
「半年間問題なく住み続ければ、正式にアワセ村住民として登録できる。悪くない話だと思うが?」
「でもお金が……。」
「ここで働けばいいでしょう。掃除、依頼管理、住人のサポート。いくらでも仕事はある。本音を言えば人手が足りないから。」
ルーファさんが淡々と口を挟んだ。
「……本当にいいんですか?」
「ああ。」「はい!」「ええ。」
願ってもない話だ。めいいっぱいの笑顔で答える。
「はい、よろしくお願いします!」
「やったー!これで仕事が楽になります~!」
誰より先に反応したのはアリスさんだ。
「思ってもいうなよそれは……。」
ケピトさんは呆れている。
「これからよろしくお願いしますねー……。」
アリスさんの顔が笑顔からきょとんとした表情に変わる。
少し困惑して,はっとする。名前を言っていなかった。
ずっと考えていた。名前は何がいいか,と。
一つ,考えていた。ここに来るまでに。
安類 一葉はもういない。
もう,"一"じゃない。
だから。
「自己紹介が遅れました。私は、ワンドです!」
ワンド。一,だったもの。今日からこれが,私の名前だ。