村に着いた
「……着いた~……。」
息を整えながらつぶやく。ここがドルクさんの言っていたアワセ村だろう。
「農村……でいいのかな。」
まさに農村とも言えるし,そうとも言えない気がした。村の入り口周辺はのどかな村といった雰囲気だが,少し向こうに目をやると石畳の道があり,その道を挟むように様々な店が建ち並んでいた。なかなか栄えているようだ。
「──そこのお嬢さん。」
「……あ、私……ですか?」
不意に声をかけられた。貼り付けたような笑みを浮かべた,どことなく胡散臭い男だ。ひょろ長いといえばいいだろうか,縦にばかり長い体格がその印象を際立たせる。
「ええ、そうです。この村は初めてですか?」
「……まあ。この村の方ですか?」
正直あまり話したくないが,ほかに選択肢もない。うまく情報を引き出して……
「ああいえ、冒険者、というやつでして。今はここに滞在している身です。いかがでしょう、お茶でも飲みながら話せませんか。」
──ナンパか。
それに付き合っていられるほど暇ではないし,何より好みじゃない。
「いえ、結構です。用事があるので。えっと、集会所ってどこにありますか?」
「おや、これは失礼。集会所ならこの道をまっすぐいけばありますよ。ですが……今は少し、立て込んでいるでしょうね。」
と,少し話す速度を落としながら彼は言う。
「え?それはどういう……。」
「それは、まあ。実際に見てみる方が早いでしょう。」
「あ……はい。わかりました。じゃあ、これで。」
男に背を向け先に行こうとすると,
「おっと、お待ちを。一つ忠告をしておきましょう。」
「忠告……何ですか。」
「何、簡単なことです。その身体、大切にすることをおすすめしますよ。あらゆる意味で、ね。」
最後の一言とともに流し目でこちらを見る。その動作がなければただの紳士だったのに。
「……ありがとうございます?」」
言葉の意味がいまいち飲み込めず、曖昧な返事をしてその場を離れた。
「なにこれ……。」
ひょろ長紳士と話してから数分後,私は集会所らしき場所の手前で立ち尽くしていた。
「おい、次は俺だ!」
「ちょっと、割り込まないでよ!」
「押すんじゃねえ、危ねえだろが!」
眼前からはそんな声が口々に聞こえる。
視界を覆い尽くすほどの,人。それが決して狭くはない集会所の出入り口を塞いでいた。
「あの、これ何の集まりですか?」
隣で野菜を売っているお婆さんに尋ねる。
「これかい?冒険者の滞在登録の更新だとさ。全く、さっさと終わらせときゃいいものを毎回毎回……。これじゃ客が入りゃしない。」
不満げな答えが返ってきた。
──冒険者。さっきの男もそう言ってたっけ。その冒険者の,滞在登録の,更新。
私は関係ないから通してはもらえないかと言いたい。でもそんなことをいえる雰囲気ではない。
どうにか中をのぞくと,受付らしきところは3つある。それに対して列は一つしかなく,ただ一人,茶髪の男が応対している。ほかにはオレンジの髪を低く束ねた少女と、黒髪ロングの女性がいた。役割が違うのだろうけど,ずいぶん非効率的だ。
まあそんなことをいっても仕方ないので,入り口の人だかりに視線を戻す。
人だかりといっても,そこにいるのは何も人間だけではない。
頭に動物の耳が生えていたり,そもそも頭が動物だったり。
翼が生えていたり,ところどころ体が木だったり。
人だかりの手前にいた女の子はよく見れば体が半透明だった。
──まあ、私も似たようなものだけどね。
私はもう人間じゃない。その事実を受け止めるのにはまだかかると思ってる。
そんなときだった。
「そりゃどういうことだふざけんじゃねえぞ!」
「だから何度も忠告しただろ!あんたの貢献度じゃ更新申請は通らないし、脅されて商品を安く買いたたかれたなんて報告も入ってる!本来なら冒険者免許の剥奪さえあり得るところを譲歩してこれなんだよ!わかったらこの村からとっとと出てってくれ!」
ひときわ大きな声が中から飛び出してきた。入り口の人だかりも急に静かになって中を見つめる。
話の内容から滞在登録の更新ができないことに対して口論に発展しているらしい。怒号をあげている冒険者は見る限りは普通の人間だった。とても悪いことをするようには見えない。人は見かけによらないというが,それはこの世界でもそうらしい。
「ふざけんじゃねえ、ふざけんじゃねえぞこの野郎……。だったら──こうしてやらあ!」
受付のカウンターを飛び越えるのが早いか,男は再び叫ぶ。
直後,入り口付近と中でほぼ同時に悲鳴が上がる。
「来い!」
「やめて、離して!まだ間に合います!」
一つ横の受付にいたオレンジの髪の少女の首にナイフが突き立てられる。
「そいつの言うとおりだ、離せ!」
「離したらまだこの村にいれんのか、おい?」
「……それはできん。とにかく一度落ち着け!」
「俺は至って冷静だぜ狼男。できねえってんなら代わりにこいつをもらって出てってやるよ!」
啖呵を切った男はそのまま入り口に向けて走り出した。いつの間にやらさっきまでの人だかりは私より後ろに下がっている。
「おらどけぇ!殺されてえか!?」
冗談じゃない。とっさに後方にジャンプしようとして,留まる。ジャンプするには尾の分スペースが足りない。
その時,男の後方から黒い髪の女性が飛び出してくる。もう一人の受付だ。こちらに注意が行った一瞬をついて,少女を男から引き離す。遅れて,男の受付が少女を失った冒険者につかみかかる。
「あんたは警備隊に引き渡す。冒険より刑務所の方があんたにゃお似合いだ!」
「冗談じゃねぇ!俺にはまだやることがあんだよ、こんなとこで捕まってたまるかよぉ!」
強引に拘束を引き剥がし,投げ飛ばす。こっちに飛んできた受付の男を,私はなんとか受け止めた。
「この、待ちやが……ぐっ!」
足を押さえている。投げ飛ばされたときに痛めたようだ。
この隙に冒険者はもう遠くへと走り去りそうになっていた。
後になって一度,思ったことがある。
この時,『代わりに追おう』なんて考えるんじゃなかったと。
無数の傍観者の一人でいればよかったと。
せめて,一歩目だけでも考えて踏み出すべきだったと。
でも,このときはそんなこと、まるで考えられなくて。