ここはどこ、私は、何?(2/2)
今日はもう遅いから,と。ドルクさんは眠ってしまった。
私はというと,勿論眠る──わけにはいかない。眠くないのもあるけど。やらないといけない事があった。
「ドルクさんは気にしてなかったけど……他の人もそうって訳じゃないよね。」
そう,キャラ決めだ。思えば最初が彼みたいな大雑把な人で助かった。疑り深い人だったらいつぼろを出してもおかしくなかっただろう。
「まずは……やっぱりこの体だよね……。種族は何なんだろ、爬虫類みたいだけど……。」
そう言いながら振り向く。もちろん,さっき見た尾があった。
「尾があって、頭には……角、かなぁ。」
頭部にあった二つの違和感。その正体は短い突起物だった。鏡がないから正確な形はわからないし,触ってみた感じ髪に半分以上隠れてしまっていて,あまり目立たない。
尾に触れてみる。
「──ひっ!?」
思わず手を離した。そっと触れたつもりだったのに,背筋が凍る思いがした。
「なに、今の……。」
そう言いながらも,再び手を伸ばす。今度はゆっくり,ゆ~っくりと。
「うっ……。」
結果は同じだった。嫌悪感がすごい。
「……まあ、これは後で考えるか。」
まだ情報が少ない。村に行けば,詳しい人がいるかもしれない。
「私は今まで箱入り娘として暮らしていて、父母の死をきっかけに外に出ることを決意した。……こんなところかな。」
この世界について,私はまだほとんど知らない。無知であることを隠すならこれくらいがちょうどいい。さすがに家族みたいな人まで用意されているとは思えないし。もしいるのなら,そういう記憶くらい欲しいものだ。
「あとは……名前かぁ。うーん……。」
──元の名前を使うのは、嫌だな。
彼女は死んだ。私は彼女と似た何かでしかない。
そう思うと自分で自分の名前を考えることになる。それもペンネームなんかじゃなく本名を。それこそ,生まれ直しでもしなければやらない作業だろう。
……考えがまとまらない。何だか眠たくなってきた。
「時間は……あ、ここ時計なかった……。」
口を動かすのも面倒になる。さすがに限界だ。尾や角が邪魔だったので横向きで眠るしかなかった。
翌朝。
「もう出発すんのかい?別に合わせなくてもいいのによ。」
「家主がいないのに長居するわけにはいきませんから。お世話になりました。」
ドルクさんが仕事に出るのと同時に村に向けて出発することにした。日が登り始めるより少し早いようで,少し肌寒い。
「昨日も言ったけどよ、むこうにちょーっと歩いてけばアワセっつー村がある。そこで一番でかい建物が集会所だからよ、それのことよろしく言っといてくれ。ドルクっていえば分かるはずだ。」
「わかりました。」
「おう、それじゃあな。」
そう言ってドルクさんとは別れた。
「よし、行こう!」
こうして,私は歩き始めた。
歩き始めた,んだけど……。
「……遠くない?」
日の動き方で数時間経っていることがわかる。ちょっと,とは何だったのか。
「空腹感がないのはまだ救いかなあ……。」
食料は全く持ってないけれども,低燃費なのか一周回って感じていないだけか,空腹感は全くない。
ただ,喉は渇く。
「……試してみますか。」
昨日もらった水の出る布を手に立ち止まる。
「魔力を込めて、と。」
ドルクさんに見せてもらったのをまねして、まずは魔法陣を下にして力を込める。
バチャバチャと音を立てて水が地面に注がれる。
「なるほど、この感覚ね。」
感覚を確かめるのは重要だ。今度は魔法陣を上にして,少し意識して力を込める。
──中央に寄せて、上に。こんな感じ……?
無意識につぶっていた目を開ける。すると,魔法陣から出た水が空中で丸まっていた。
「よし!」
──魔法適正。転生するときにつけてもらった力の一つだ。
通常、魔力は自動的に身体を巡っている。心臓というポンプが必要な血液とは違い,自然に。
魔法陣にただまっすぐ魔力を込めるのは誰でもできるのだろう。ただ,それだとさっき下に向けたときのようにそこに書かれた以上のことはできない。魔法適性は,魔力に指向性を持たせる才能だ。できない人はとことんできないが向こう,つまりこの世界ではそんなに珍しいものでもないと,アマルマは言っていた。
放っておけばただ水があふれてしまうこの魔法陣も,ちゃんと扱えればどこでも自由に水を出せる便利な道具になる。飲み水にはちょっと多いけど。
水分補給をして,また歩き出す。すると,平原に草と岩以外のものが見えてきた。
「村だ!」
ようやく見つけた村に心が躍る。どんなものがあって,どんな人がいて,どんなことが起こるだろう。
期待は足取りを軽くして,私は村に向かって駆け出した。