ここはどこ、私は、何?(1/2)
目を覚ますと,見慣れない天井があった。まあ旅行なんかしたことなかったはずだから,元の家以外なら大体『見慣れない天井』なんだけど。
「ん?おお?やぁっと起きたんか。」
視線だけ声のした方へ向ける。ひげの生えたがたいのいい男がいた。
「……あなたは?」
「おお、俺か?俺はドルクってんだ。向こうの山の木採って暮らしてるただの木こりだよ。」
「はあ。」
返事だけは返した。
──ここ、ほんとに別の世界?そんな感じしないんだけど。
ドルクと名乗った目の前の男は少なくとも姿は人間だ。
転生案内人──アマルマが嘘を言ったとも思えないけれど……。
「それにしてもよ,お前さんどしてあんなとこいたんだ?あの辺危ねぇから近づくやつほとんどいねえのによ、そのど真ん中に寝っ転がってんだもん。あのままだったら今頃ケイブスライムどもに喰われちまってたんだろなぁ。いや驚いたねあん時ゃ。」
今さらっととんでもないこと言った!?スライムに喰われるって何?!
「そ、それは危ないところを助けていただきありがとうございます。このあたりの土地には不慣れなものでして……。」
とりあえずこれで通そう。事実だし。
「この辺のやつじゃないよなぁ、そりゃ。俺結構詳しいけどよ、そんな立派なもん生えてるやつ初めて見たもんなぁ。」
──うん?どういうことだろう。多分私のことだよね。とりあえず落ち着いて違和感がないか確かめてみよう。
「……。」
上下に違和感がある。上は二つ、頭に。下は1つ、腰,いやもっと下か。背中に手を当て、そっとなでるように下に降ろす。
「おお、それそれ。お前さん実はすげえ偉いやつだったりすんのか?」
確かに腰より少し低い位置から何かが伸びていた。これをしめす言葉をあまり多くは知らない……
──でもこれ、尾ってやつだよね……。
最もわかりやすくいえば,きっと尾というのだろう。あるいは尻尾か。英語だとテイルだっけ。
整理してみよう。
ここにはスライムっていう生物がいて。
私の身体には尾が生えていて。
それは普通,今まで生きていた世界の人間にはないもので……。
──異世界以外に何が考えられるだろうか,いや,異世界以外の何物でもない。
どうやら本当に,私は転生したらしい。
「こんなもんしか出せなくて悪いなぁ。もうすぐ村に帰るとこだったんでよ。」
「村?村があるんですか?」
肉と野菜を炒めただけの料理と、よくわからない色をしたスープ。お世辞にもいいとは言えないが今の私にはありがたいごちそうだ。それはともかく,村というワードに飛びつく。
「ああ、嫁さんと娘ひとり、そっちで帰りを待ってる。今は暗いからわかんねえけどそこの窓の外が山で、村はその反対だ。」
「へえ……。」
窓の外を見ながら呟く。相変わらず彼がただの人間なのかはわからないが私は,というよりこの体は彼よりも夜目が利くようだ。窓の外には確かに山が見えて,それより手前の平原には無数の生物らしき何かがいるのが見える。元の世界にいたものに似ているものから,そうじゃないものまで。さすがに輪郭程度しか見えなかったけど,そのくらいは分かった。
「村を知らねえって、よっぽどの田舎モンだな。南か西か……。」
何を言っているのだろう。方角で田舎者がわかるのだろうか。
「だったらこれも知らねえかなっと。ほれ。」
そう言って彼は一枚の布を取り出す。
「何ですか、それ?」
「まあま、見てな。こいつでコップを覆うと……そら!」
するとどうだろう。
テーブルが一瞬で水浸しになった。
「……あり?」
「……何がしたいんですか?」
「うーん……。やっぱだめだな。こいつは俺には使いこなせねえわ。」
そう言いながら彼は布を広げてみせる。そこには奇妙な円形の模様が描かれていた。
「……魔法陣?」
「お?これは知ってたんか。こいつに触れて、魔力を込めると水が出るって仕組みでよ。集会所のやつに試しに使ってみてくれって頼まれたんだが、何度やっても水浸しになっちまう。」
「使い方が間違ってるとか、じゃないですか?もらったときに何か言われたとかは?」
「風呂代わりに使えとかなんとか言ってたけどよ、水ならなんだって同じじゃねーのか?」
……大量の水を出すための魔法だと思う。わからないなりに複雑すぎると思ったのだ。
「ああ、そうだ。村に行くんだったらよ、一枚やるわ。」
「いいんですか?」
「予備までもらってんだ。全然壊れねえって伝えてくれや。もうすぐ帰るとは言ったけど後2,3日はここにいるからよ。」
「……ありがとうございます。」
村,か。ほかに当てがあるわけでもなし,行ってみない手はないな。