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転生、計画的に(3/3)

「さて。話もすみましたし、新しいあなたをデザインしていきましょうか!」

「あっ、ちょっと待って!まだ心の準備が…。」

「ではこちらをどうぞ!」

 制止を聞かずにアマルマが手渡してきたもの。それは……一枚の紙とペンだった。

「……何、これ。」

「もっと不思議なパワーで欲望を具現化するとかいうの想像しちゃいましたー?ざーんねん♪アナログもアナログ、紙とペンでの地道な筆記作業が待ってたのでしたー。」

「……二重人格者か何かですか?いえもしかしたら三……」

「えー。ちょっとシリアスな雰囲気だったからあげてこうと思ったのにー。ノリ悪ですね、全くぅ。」

 ……いや,どう見ても頭がおかしくなった様にしか見えなかったんですが…。

 唐突な変わりように戸惑ったけど,まあそれはそれ,これはこれ。書類に目を通し,見慣れない単語に線を引く。が,線がずれて文字にかかってしまった。

 何か置くものがいると思っても,それに適したものはない。床や壁は見た目より柔らかく使えそうにはなさそうだ。

「あらら。とりあえず予備をどうぞ。それと、ちょっとこっち向いてもらえます?」

「はい。ありが……と……。」

 振り向くとアマルマがとても大きくなっていた。違う。そう見間違えるほど顔を近づけていた。

「あの……何を?」

「動かないでくださいねー。」

 動こうにも後ろは壁だ。逃げ場はない。観念して目を閉じる。


 こつん,と音がするようにおでこが当たって,アマルマは離れていった。

「想定通りの挙動ありがとうございます♪」

 ──騙された。いや,期待したわけじゃないんだけど。

「ま、緊張しますよね~。それはそうと……えいっ!」

 アマルマが魔法の杖を振るような動きで手を動かすと,手の先から光の粒があふれ出した。

それは少しずつ集まっていき──あるものを残して霧散した。

「これは……私の机!?」

 間違いない。部屋にあったはずの机だ。ひっかき傷まで再現されてる。

「記憶を元に再現してみたんです、よくできてるでしょ?」

 得意げに話す彼女をよそに,私の中に一つ疑念がわいた。

「よくできてますけど……


これができるからさっきあんなこと言ったんですね!?」

 そう。彼女が今行ったのは、殆ど彼女自身の言った『不思議なパワーで欲望を具現化するとかいうの』に他ならなかった。私は別に字を書く場所がほしいと彼女に言ったわけじゃない。

「こう言うのなんていいましたっけ、泣きっ面に蜂?」

「藪から蛇!」

「それだ!」

「『それだ!』じゃないですよ!」

 この人,遊んでる……。一体どれだけの人がこんなやりとりをしたんだろうと思って,聞いてみることにした。

「……そういえば、これは仕事だって言ってましたよね。今までどれだけの人を転生させてきたんですか?」

「え。」

 急に彼女の表情がこわばった。

「い、今はそんなの関係ない……。」

「ありますよ。どれだけあなたのデザインが信頼できるかの、指標として。」

 さっきのお返しと言わんばかりに顔を近づける。露骨に目をそらしている。

「目をそらさない!」

「ひっ。」

 小さく悲鳴を上げて顔をそらす。目だけじゃなければいいという訳ではもちろんないが,そこを指摘すると流れを取り返されそうだったので無言で顔をさらに近づける。

「言います、いいますから!離れてください!」

 観念したようにそう言うので,数歩離れる。

「えーとあのー……怒らないでー……くださいね?」

「ふざけないなら怒ったりしませんよ。」


「そのぉ……一人です。」


「……ひとり。」

「ひとり。」

 一人。つまり私は二人目ということ。……ああ,聞いておいて本当によかった。こう少ない数を言われると不安になる人もいるだろうけれど,私は安心した。下手に隠されるよりよほど気分がいい。

 だけど,

「ああもうあり得ませんよね300年もあってやっと二人目って!今時10年20年の新人だって5,6人は経験してますよ!おかげで同期には弄られて後輩にはろくに先輩風も吹かせられない世の中不平等だー!」

 と内部事情をぶちまけるアマルマをなだめるのには苦労した。というか,300歳超えてたのかこの人……。



「あーせいせいしたー。やっぱりときどきはっさんしないとだめですねーほんとー。」

「ほんとに大丈夫ですか……?何というか、菩薩みたいになってますよ?」

「だいじょうぶですよー。わたしのことはきにせずさきにかきはじめといてくださーい。」

 気が抜けきっている。よほどため込んでいたのだろう。ひとまず置いておいて,言われた通り何か書いてみようとする。

「……。」

「……。」

「……。」

 ……固まった。何を書けばいいのだろう。ぱっと思いつくものを,思いつくままに書けば,それはきっと理不尽な力を持った──所謂『チート』と言われる類いの──キャラクターが出来上がるのだろう。そういうのならいくらでも考えられる,けどそれが自分になると思うと……どうしてもペンを持つ手が止まってしまう。

 参考資料がほしい。そして,それは恐らく入手できるものだ。

「アマルマさん。もののついでにおたずねしますが──。」

「いやですよ?」

 いつの間にか復活していた。

「……まだ何も言ってません。」

「前の人はどんな条件で転生したのか、でしょう?ついでになんて教えられませんね~。」

「……参考にお聞きしますが、前の人はどんな条件で転生したんですか?」

 自分だけで考えると,どれだけかかるか見当もつかない。

「はい、よくできました。ちょっと長くなりますよ。」



──実際,そこからは長かった。ちょっとどころでなく。

 どうやら前の転生者はよほど無双したかったらしい。

 不老不死に魔法適正。

 天性の戦闘能力に美貌。

 その他,固有魔法の数々。

 そして何より,それらを使いこなせるだけの魔力。

 固有魔法というのは生まれた時点で使える魔法のことで,別にその人独自のものというわけではないらしい。彼は読心魔法,傀儡魔法,魔力抽出魔法などを求めたとのことだ。字面だけでも趣味の悪さがにじみ出ている。

 このとき転生先で,私の覚えている限り発展していた科学技術より遙かに魔法が発展していることが判明したけど,それがどうでもよくなるほどの詰め込みぶりだった。

「……勇者でも必要だったんですか?」

 一通り聞き終わえて,第一声がこれでも仕方ないと思う。その上,

「いえ、全くそんなことはありません。むしろ終わった後でした。」

と返された。その後続けて,

「…………人間にしてやりましたよ。」

と聞こえたけれど,前半分は上手く聞き取れなかった。

「これ参考になります?」

そう尋ねられて,

「参考にしたくないという意味なら大いに参考になりました」

と即答した気持ちを誰かに分かってもらいたい。 



──まあ,それはともかくとして。不本意ながらも作業は順調に進み出した。

 理由は単純。気張る必要がないとわかったからだ。

 自分のために生きていい。世界を救う必要もない。

 本当に危機が迫ったなら,世界を救う勇者はほかに適任がいる。

 まあ,それでもちょっとだけ心配だったから,戦う力にも気を配ったけど。

 不老不死だけはいやだったから,そこは念入りに書いておいた。



 そんな感じで書くこと──何時間だったっけ。傾く日も,月が昇るようなこともなかったから,時間の概念からしてないのかも。

「……うん。これで、お願いします。」

「はーい。どれどれ……ふむふむ……ほうほう……。おや?」

 用紙を受け取り確認するアマルマの視線が止まる。

「種族指定はしないんですか?人間固定にもできますけど……。」

 その質問は予想していた。そりゃあ普通なら【名前】と書かれていそうな欄に【種族】と書かれていて,そこが空白だったなら疑問に思うだろう。

「はい。種族はそちらで、自由に設定してください。」

 勿論,書き忘れなんかじゃない。だって自分が何として生まれるのかまで分かってしまったら,いよいよ何の楽しみもなくなってしまう。あらかじめ考えておいた在り方で,だらだら過ごすなんてもったいない。

「はい。分かりました。それじゃ、これで最後ですね。」

「……そっか。もう、会えないですよね、私たち。」

 ここが私の元いた世界でも,これから転生する異世界でもない世界なのは分かりきっている。

「ええ。私の仕事はここまでですから。……最後に一つ,お聞きしても?」

「何でしょうか。」

「転生する前には、一度意識を失います。次に目覚めたときにはもう転生しています。これまでの記憶は残っていると思いますけど。あなたは……新しい生に何を望みますか?」

 能力なんかのことを聞いている感じではなかった。どんな風に生きたいか,という話だ。

「そうですね……私は、悠々自適に、好きなように生きていきたいです。」

 まっすぐ彼女の目を見て,そう宣言する。

「そうですか。スローライフってやつですね。では、さようなら。よい転生を。」

 彼女の言葉とともに,意識が遠のいていく。おぼろげな頭で,お別れを言っていないことに気づく。

──さようなら、アマルマさん。これからもお元気で。

 口に出すことはできなかったけど,心の中でお別れを言って。

 今度こそ私は--安類 一葉という少女は──その人生に幕を下ろした。

 

 勿論それは一時的なもので,私はまた新たな世界で目覚めるわけだけど。

──先に言ってしまうと,私は二つほど失敗してしまったらしい。

 一つ。種族を決めなかったこと。

 二つ。アマルマの性格を--というよりむしろ性質と言っていいかもしれないけれど--考慮していなかったこと。

 この失敗に気づくのは,もう少し先の話だ。

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