転生、計画的に(2/3)
「まず……あなたは一体何なんですか?」
「あなたの言葉で言う天使のようなものです。」
「それはさっき聞きました。それって要するに、天使ではないんですよね?」
本物の天使ならばわざわざ『ようなもの』なんてつけないはずだ。
「はあ。あまり気にしてほしくなかったんですがねぇ。この際、自己紹介としますか。」
彼女はずいぶん砕けた調子で話すようになった。上から話すのがお気に入りだったのだろうか。
「私はアマルマ。役職に特定の名はないんですが……そうですね、転生案内人、とでもしましょう。」
「転生……。」
現実感のない言葉だ。今更言っても仕方ないけど。
「要は転生者をデザインする役割ってことですね。何でも複数の世界を効率よく管理するための事業だとか言われましたね。」
「事業って……仕事なんですか?」
「はい。」
何でもないことかのように言われてしまった。
「それであなたの名前は……っと。『安類 一葉』さん、ですね。」
手元の書類を見ながらアマルマは言った。確かに,それは私の名前だ。
「……その書類、見せてもらえませんか。」
「どうぞ。」
彼女の立場はわかったけれど,それだけで信頼できるわけもなく。書類の束を受け取り読み進めると,そこには確かに私の半生と共に死因が書かれている……けれど,それらは滑るように意識から外れ,私の意識はその下の項目に集中する。
そこには日付が書かれていた……『死亡予定日』という文字とともに。
──息が止まる思いがした。
「……決まって、いたんですか。今日、私が死ぬのは。」
うまく声が出ない。さっきまでとはまるで違う,かすれた声でつぶやく。
「……ええ。少なくともここに引き上げられる可能性を持った時点で、一定数の人間の死期は確定します。実際にここに来るのはごく一部。その他大勢は天国か地獄か……どうあれ、真っ当に逝去することになります。」
あまり気乗りしない様子で彼女は言った。
「どうして、私だったんですか?」
私でなくてもいいはずだ。私よりもずっと,報われない人生を送った誰か。転生……生まれ変わる,なんていうのはそういう人にこそふさわしい機会のはず。
「……それは私には決められません。案内人一人一人が指定した条件、それに適合した人物からさらに一人が無作為に選出されこうして会う。それがルールです。」
──いっそ「あなたは幸運だった」などといった答えが返ってくればよかった。もしそうだったなら,私は一切の躊躇なくこの……一般に『憤り』と呼ばれるような感情をあらわにしたことだろう。
「──でも。私は、あなたが選ばれて本当によかったと感じています。」
どういうこと?,と尋ねる言葉は声にならなかった。代わりに,うつむきかけていた顔を上げる。
「さっき、案内人一人一人が条件を指定するっていいましたよね。それへの適合というのは善し悪しや自他を問わずに判定されます。」
彼女は続ける。
「例えば、生まれてから死ぬまで貧乏で、食べるに困って亡くなった人。有り余るほどのお金をもっていて、遺産を狙われて殺された人。この二人はどちらも、『お金に人生を狂わされた人』として判定を受けます。一世一代のプロポーズに失敗して、ショックのあまりに病に伏した人。浮気に浮気を重ねて、最期は最愛の妻に殺された人。この二人なら『恋心に人生を狂わされた人』となるでしょう。」
……言いたいことは,分かる。どちらにチャンスを与えたいかと言われれば、どちらの例でも前者を選んだだろう。さらに彼女は続けた。
「何ということはできませんが、私が指定した条件もそういう、二つの解釈ができるものです。私はあなたのような人に、そのチャンスを与えたくてこの仕事を選んだ。だから、あなたが来てくれたことは、私にとってとても喜ばしいことなんです!」
今までのどんな言葉よりも強く彼女は言い放った。嘘偽りのない本心でないことは,それでわかる。
それでも心の揺れは収まらない。
「……ねえ、一葉さん。福引きって、やったことありますか?」
急に名前で呼ばれて少し戸惑った。
「えっと……福引き?ええ、1回くらいなら。参加賞でしたけど。」
「こう言ってしまうのはあれなんですけど……この仕事におけるあなたたちって、福引きの景品みたいなものなんですよ。」
「え?」
「いらないものしか入ってない福引きって、いくら無料でも引きたいとは思わなくないですか?旅行券とか食べ物とかゲームとか、欲しいものがあるから引きたい!ってなるわけで。こういう人がほしいって私が思って、そういう人が集められた抽選器の中にあなたがいて、引き当てられた。たったこれだけのことなんですよ。難しく考えなくていいんです。引き当てられなかった他の人があなたを恨むのは、お門違いってやつなんです。私たちが当てたのが、偶然あなただっただけ。だからあなたも、そう思っていればいいんです。」
──声が出ない。いいえ,声は,出せない。その声はきっと,嗚咽混じりで,とても聞かせられるものではないから。私は静かに,長く,長く泣いた。