転生、計画的に(1/3)
──白,白,白。目に映るのはその一色だけ。右も左も,上も下も。前も後ろも真っ白だ。
『いつからここにいるんだろう』なんてことを思ってからどれだけ経っただろう。少なくとも,そんなことを考えられるくらい前からいるのは確かだけど。
『どうやってここに来たんだろう』そんなのわかるはずもない。気がつけば,ここにいた。それがすべて。
だったら一つ,思いだそう。『どうしてここにいるのか』を。
私は今朝,家出をした……はず。思い出せる限りでそうなのだからそういうことなんだろう。
どうしてそんなことをしたのか,分からない。でも,言葉の響きとは裏腹に開放感はなくて,憂鬱な気分だったのは覚えていた。おぼろげな記憶を手繰ると,かすかに町の景色が浮かんだ。
でもその景色は次第に歪んでいき──。
「ここまで、か……。」
そこから先は,何も思い出せない。何ということはない。そこで人生が終わったということなのだろう。
ただいやなものを見せられたという気分が残っただけだ。
──バサッ。
「え……え?」
思わず困惑した声を漏らす。相変わらず何も見えない。けれど,誰かが──それはもしかしたら『なにか』かもしれないけれど──誰かが,いる。そんな気配がした。今の音は,本か何かを落とした音だろうか。
そんなことを考えているうち,別の音が聞こえてきた,否,遠ざかっていった。字に起こすならバタバタ,パタパタといったところだろうか。脱げかけの靴をはいて駆け出すような音だ。
……少し経って,その音が戻ってきた。少しずつ近づいてくるその音は,私の目の前で止まる。
──間髪入れず,目に何かが入ってきた。
反射的に目を覆う。不思議と目に痛みはないことに気づいたが,それはすぐどうでもよくなった。
真っ白だった世界が,色彩を取り戻していく。それでも周りを囲う壁は大半が白っぽい色をしていたが,そのわずかに違う色合いでさえ心を落ち着けてくれる。自分の体が確かにあることを確認し,私は安堵の表情を浮かべた。実際,少しだけ心配だったのだ。
「だ、大丈夫ですか?」
幼さを感じる,ふわふわとした声が聞こえてきた。
「大丈夫です。……あなたは?」
「私は大丈…ってそうじゃないですよね。私は……そう、あなたの言葉で言う『天使』のようなものだと思ってください。」
調子を整えるような間の後に,今度は凜とした声が聞こえた。少し名残があって,さっきと同じ声だとわかる。
声の主は続ける。
「……あなたは自らの世界では死亡しました。しかしその魂はここに移り、資格を得ました。古きしがらみから逃れ、新たな世界で、新たな生を,望む形で始める資格を。」
さらに続ける。
「さあ、何を望みますか。富も力も、命すらも望むままに与えましょう。」
困った。まず何より,急展開について行けない。台詞めいていた内容もうまく理解できなかった。
──だったらこうだ。
「あの、降りてきてもらえませんか?」
「……何を言っているのです?」
「……多分今、真上にいますよね。上、見ないようにしてるんですけど。」
「拒否します。何より、そこに私はいません。」
「じゃあなんで私とは別の影が私の前にあるんですか?」
私自身から伸びる影の先に,もう一つ小さな人型の影があった。それとわかるような光源はないけれど自分の影が前方に伸びてるんだから,その先に影を落とす声の主は頭上にいてしかるべき,というわけだ。
「…………。」
どうやら痛いところを突いたらしく,少しの沈黙が流れる。
「……何より、姿も見せない相手を、信用するわけにいきません。」
紛れもない本心を告げると再び少し間が開いて,
「分かりました、わかりました。今降りますから。」
言葉が返ってくる。影が少しずつ後方に寄り,見えなくなって。何かが背後に降りてくる気配がした。
すとっ,と着地する音が聞こえて,私はゆっくり振り返る。
そこには,確かに天使のような少女がいた。
背中からは一対の小さな羽が生えていて。
白いローブのようなものをまとった少女がいた。
「信用してくれました?」
「少しは。」
「少し?」
きょとんとした表情を浮かべている。
「……少し、質問してもいいですか?」