第9話 祭り着
果たして盛況であるか否か、狂い走る山車に紙吹雪と突撃喇叭、花火の一つもないという。しかし市場に毛が生えた出店も用意されて、儀式の体を持つマツリゴトよりも些かオマツリに近かった。ハルトたちは夕暮れまで準備を手伝ったりして過ごしたが、支度終わって早々酒を飲む職人連中に混じってケーイチは赤ら顔だった。
「助かりましたよ、手伝ってもらったからこんなに早く準備が終わったもんで。ささ、もう一献」
「いやーお祭りってやっぱいいもんですねー、だっはっは!そいじゃあお受けして、と」
またまたグラス空にして、くわえる煙草のなんとも爽快なことか。思いっきり仰け反ってあわや椅子から転倒、いや、転倒したところで良い気分は変わらなかったろうが、カラコロとぎごちなく草履が近づき、誰かが背もたれをつついて傾斜は止まった。惚けた視界に、ジトリ見下ろすラスナが二人もいた。酒とヤニ臭い息吐きながら笑うと、返歌に彼女の呆れた溜息が鼻先にくすぐったい。
「いつから分身なんてできるようになった。え?」
「ばーっかじゃないの。なんだかんだアンタが一番楽しそうじゃない。あんなに早くここ出たがってたくせに」
「そら酒がありゃあな。カアちゃん、一杯やっか?」
「誰がカアちゃんよ」
背もたれ抱くようにしてラスナに向き直ると、彼女は変わった格好をしていた。鮮やかな朱色した、甚平みたいな上衣に短いスカート、幅の狭い帯は余計な気もするが、まさに夏祭りといった風でとても良い。柄の花が朝顔であればいいのになどと思っているとおかしくてまた戯言が口からつい出る。
「良えべべ着て綺麗だな。結婚してくれ」
「ふん、そんなこと言ったって、結婚してやんないんだから」
「ハルトとはしたいんだろ」
「あ、あ、あのねえ!」
身体全体燃え上がらせて、どこが服か肌か判らないようなラスナをからかっていると、後ろから銘々甚平モドキを纏ったハルトたちが現れた。ハルトは夏祭りでとっておきのデートを楽しみにする高校生みたく、エミリアはやたらとセクシーで胸元の谷間にドキリとよからぬ妄想が、レッタはより幼く見え、女児向けアニメのキャラ柄であればいっとう似合っただろうと吹きだす。お祭り気分一層高まる出で立ちにケーイチはすっかり嬉しくなった。嬉しくなったついでに、金入からリマ銀角貨一枚摘まんでレッタに手招きした。
「レッタちゃん、小遣いやるよ」
「えっほんとですか⁉で、でもケーイチさんのことだから、きっとからかうだけに決まってます」
「そんなことないよ、ほら」
淡い期待で一歩前に出て、でも疑い隠さず腕組んでそっぽ向くレッタの指に、ケーイチは銀貨を挟んでやった。中学生のちょっとした小遣いくらいの1リマ銀角、でもケーイチが与えてくれたことに驚いたのなんのって、きょとんとして徐々に込み上げる感情を出迎えた。
「やったやった!ほんとにもらえた!珍しいこともするんですねケーイチさん、ありがとうございます!」
「珍しいとは余計だが、かわいい娘には小遣いもやるさ」
「ケーイチさんの子どもになった覚えはありませんよーだ。ふふっ」
「レッタが娘って歳でもないんじゃない?ケーイチくんは」
「しかし30そこらに見えるらしいよ俺は」
「レッタくらいの子どもいるかどうかは怪しいけど、30くらいに見えるってのは本当にそうよね」
「ケ、この小娘。それより、揃いも揃ってその格好はどうしたんだい」
「これ、ルロットさんのとこに準備が終わったことを報告に行ったら僕たちにって用意してくれたんだ」
「そうかあ、俺にもあるかな」
「ええと、ケーイチの分はシャルちゃんたちが」
聞きながらくいとグラスを傾けて、また仰け反ると反動で前へ転倒、しかけて今度はもっと小柄な影に支えられる。冗談みたいなケーイチを前に、椅子を戻すシャルが至って真面目に心配した。
「大丈夫ですか?呑みすぎですよ」
シャルと、一緒にいるジネットも甚平モドキ、コバルトブルーにお揃いの色で染め上げて、何という柄であろうか、複雑な紋様を簡略化したようなマークが散りばめられているのは、ひょっとしたらルロット家の家紋であるのかもしれぬ。シャルは後ろに結んだ髪を纏めて結っていた。
「や、こりゃどうも。かあいいねえシャルちゃんは、服もその髪もよう似合うよ」
「そうですか?うれしい」
「ボクはその姿のシャルを何度も見たぞ。うらやましいだろー」
「その格好のジネットちゃんを何度も見れるシャルちゃんも羨ましいね」
「う、うるさいなー!」
「これ、ケーイチさんの分です。祭り着」
例の甚平モドキは祭り着と称されるらしかった。ケーイチの分とされた祭り着は茶褐色に白縦縞で、地味な分貫禄があり、ルロット直々のおさがりな気がする。しかし受け取っても、シガレットケースをもらった時のような重みとやらも別に感じず、お気楽に膝へ置いた。
「ありがとうね、後で着るよ。お小遣いあげる」
「いいんです、私たちは。お気持ちだけいただきます」
「後でルロットさんに叱られるしなー」
「いいからいいから、ルロットさんには後で俺から話しとくから」
「ケーイチしつこいわよ。困ってるじゃない」
ラスナの指摘通り、本当に困っていた。贈り物を前にした謙遜の挨拶でもなく、ジネットは、この酔っ払い手に負えないと、眉を顰めて頭をかく。金の授受については厳しく教育されているのだろう、ケーイチは「お金のことだもんネ」とバツが悪そうに銀貨を引っ込めると、どこからか揚げ菓子の匂い漂ってきて、欠伸しながら笑った。
「後でお菓子買ってあげるよ。それならいいんでない」
「はい、ぜひとも甘えさせていただきます」
「し、シャル、いいのかよー」
「ここまでご厚意を示して下さるのだもの。ちょっとはごちそうにならなきゃ失礼よ」
「そうかなー」
「ケーイチも、調子のいいゴコーイね」
菓子を買ってやると言うと、現金をもらうよりは抵抗がないのか、シャルは無邪気に笑ってみせた。ジネットは少々警戒気味なのが尚更おかしい。
ケーイチは揺らめく瞳を擦りながら千鳥足で立ち、その辺にあったベンチに寝転んだ。ご丁寧に脱いだジャケットを丸めて枕に、祭り着を胸に抱えて、悪酔い直前の笑顔湛えながら目を閉じた。
「ほんじゃ、お祭りが始まったら起こしてくれ。俺ゃ寝る」
まどろみながら、新たな足音を聴いた。履きなれた草履カランコロンと軽快に、だがその振動からは、草履の上に乗る重量を感じさせた。誰であるか、ルロットで間違いないのに、揺れる頭の中で真剣にクイズする。皆の挨拶に続いて肩に触れたおそらくラスナの掌、ケーイチを起こそうとして、女作りした声が聞こえた。
「いいのよ、寝かせといてあげて。とっても気持ちよく寝てるのを起こすことないワ」
当たった!ケーイチはニヤリ心底心地よく笑うとベンチに身体を浸透させていった。




