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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第六章 異世界残侠伝
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第8話 重い贈呈

「エミリアの、なにそれ」


 エミリアは楕円状の革筒を何度も開けたり閉めたりを繰り返し、ケーイチに素顔の微笑を与えて眼鏡を筒にしまった。どうも眼鏡ケースであるらしい。部屋の隅ではハルトとラスナが互いの鞘覆を確かめ合い、レッタは新しい鞄を見せびらかしている。いずれも、ルロットの好意により製作された物だった。


「ぴったり。ルロットさんたちほんとに良い物作ってくれたよね。ケーイチくんは?」

「これ」


 ジャケットから取り出したるは手帳大の革箱、もちろんシガレットケースだった。さすがにバネ仕掛けとまではいかないものの、ブランド品といって相違ない荘重さを備えるそれは、小気味よくケーイチの掌で開き紙巻20本を覗かせた。

 このデザインは気に入ったはずである。しかしその中から一本摘まんでくわえると、ケーイチは途端に不機嫌そうな口元で煙を吹き流した。


「ああ、革の味がする」


 昨晩ルロットを尋ねた折のことを思い出してシガレットケースに目を落とすと、彼から渡された通りの位置と向きで掌に収まっていた。中身は空であったのに、もらったその時の方が重く感じて煙を吞んだ。


 シガレットケースが出来上がるのは他の物より少々遅かった。ケーイチは直々に受け取りに来るように伝えられ、ルロットの部屋を訪れた。結局ゲーシンのことを言い出すきっかけを掴め得ぬままであったから頃合いだったものの、どの道怒り狂うのには相違ないと思い込んでいたから派手に溜息を吐いた。


「あーら、そんな溜息吐いちゃって。年取るわよ」


 ノックよりも先にルロットが顔を出した。年を取ると言われて、実際彼からは何歳くらいに見えているのだろうかと苦笑した。答えはすぐに出る。


「実際、あの中じゃ既に年取ってるもんですよ」

「あら、それでも30そこらにしては若く見えるわ」

「いや、22になったばかりなんです」

「あら!失礼したわねぇ、あんな立派な挨拶をするものだから、ついそれくらいかと」

「いいんです、ガキっぽく見られるよりはマシかも」

「まあお上がりなさいな」


 勧められて部屋に上がった。すると、そこは凝縮された工場の如く様々な道具が整理されて収まっていた。作業台であろう机の上には何かが制作されている最中で、それももう完成する手前なのであるとケーイチは自然な直感を持った。ルロットは棚から降ろした革張りのクッションを煙草葉と移火と共に渡して作業机に向いた。


「もうちょっとで完成するわ。それまで煙草でも喫んで待ってらしてネ」

「どうも」


 移火を擦る音が、ルロットが革の枠を板切れで叩くリズムと馴染まず、彼の背に煙が当たるや慌ててそっぽ向いてパイプをくわえ直した。変な話だと自分で思いつつ、隠れて煙草をやりたいとケーイチは緊張する。

 親父の背だからというのか、と思いしきりに指の臭いを嗅ぎ服の裾で拭う。似ても似つかない背中なのに。ケーイチの父は煙草を嫌っていた。元喫煙者にはしばしばある、止めてから逆に煙草を毛嫌いするというタイプで、ヤニ臭く家に帰ると決まって説教されたものだった。

 彼は一介のサラリーマンであり、如何にも日本人中年男性の体型と違わず、バブルの栄光をどこかに残した柔らかい背を中堅社員として精一杯伸ばしていた。ルロットの背は、渡世と職人紛いヤクザ紛いに硬く盛り上がった筋肉が骨に付き、やはり父とは異なったタイプの厳しさが纏う。ただ、中年男性であるというだけの理由だからか、ケーイチは自らの父と接しているような変な安心感とやりにくさで背を眺めた。


「何か話したいことがあるって感じね」


 ルロットの言葉に肩を弾けて反応する。舞った灰を慌てて払い膝を揃えた。


「お見通しですか」

「背を向けていてもわかるわ。そわそわしてるわね」

「そうですか。わかりますか」

「で、なんなのかしら。もしかして、ジネットやシャルが元気なかったことと関係あるのかしら」

「実は、きっとそうなんですよ。報告が遅くなって申し訳ないです」


 ごく簡単に、ほんとうに簡単に出来事を説明した。相手の出方を窺うようにオロオロと言葉を紡ぐと、終いには冷汗で目が痛い。半身になって聞いていたルロットは、しばし間を取ってから戸棚に手を伸ばした。その挙動に、特に脈絡なく刃物(ドス)でも出るのではないかとケーイチの顎から汗が滴るが、彼は新たな移火を取り出すと火を点けた。


「パイプが消えているわよ。ほら」

「あ、どうも」


 パイプの口で自然な呼吸をすると、火はしゅるしゅるとボウルに注ぎ込まれて葉の表面が燻されていった。着火に心がけていると、不思議なもので、緩やかに落ち着きを取り戻し汗が止まった。

 ルロットは、物が完成したのか作業には戻らずに腕を組んでケーイチに向き直る。彼自身もパイプをくわえるもよっぽど似合わず、紙巻の方が幾分かしっくりくるのだろうと感じた。紙巻を進呈しようかと思う矢先、口を開いた。


「ゲーシンとなぜ対立しているのか、そこから話すべきかしら」

「はあ、商売敵か何かなのだろうとは」

「そうね、その通りよ。簡単に言ってしまえばそう。縄張りがあって、商売のやり方が違うという話」


 よくあるストーリーの一つ、真面目に商売してた人間のいたところに、縄張り争いとして悪どく稼ぐ連中が来た、という話。補足すれば、ゲーシンというのは新興集団で、彼らが管理する職人(プロレタリア)から搾取して安く製品を作り利益を上げていた。ただ、物としてはルロットらの職人が作った方が出来が良いから、ルートを取られまいと、ゲーシンは妨害をしてくるというわけである。

 何も複雑ではない、孤立した街の小さい組織であるからこそ成り立つような話だった。一つ安心したのは、単純な見方をすればルロットの方は「イイモン」であるということである。だが、映画の中ばかりで考えるケーイチは、こうしたヤクザのくせして正義を羽織る場合でも大体ロクな終わり方をしないのはよく知っていた。それに、ジネットたちと対面して服がどうのこうのと言ったことは、どう関係するのか。


「シャルは自ら発現させる服を着ていませんでした。ジネットは着ていた。それでゲーシンは、揃ってあの服を着ていないと言いました。これはどういうことなんです?」

「やっぱりね。狙っているのかしら」

「服を?」

「多分ね。ほら、変化さえすればいくらでも生産できるでしょ」

「ああ、しかもとても丈夫だとか」

「そう。あとはこれね」


 ルロットは後ろ手に作業机から銀の洋鋏を手に取った。日本の一般家庭でもよく見られる鋏の形と大して変わるわけではないが、大ぶりで柄には件の紋章が刻まれている。刃は金だった。また、同じ質感を持つ縫い針も卓上の入れ物から取り出し、先端と後端はこれまた金。


「これが無いと裁てないし縫えないのよ。糸は、縫うだけならなんでも良いのだけれど」

「ルロットさんが作ったんですか」

「まさか。あの子たちの数少ない荷物よ。一組ずつ持ってたわ」

「狙いは二つというわけですね」


 開けられた窓の外から賑やかな声が聞こえてきた。些かくぐもって反響している。風呂に入るジネットとシャルで、幾分は心持取り直したのか、はしゃぎ合っているのが手に取るように判る。ケーイチは首を傾げた。


「あの二人、避難させないんですか」

「避難?」

「だって、狙われるのわかっててここに置いておくこともないんじゃないですか」

「私たちに他の居場所はないわ。あの子たちだって帰る場所はわからない」

「集団で移動すれば・・・」

「仕事放っぽってなんて行かれないわ」

「しかし命には代えられんでしょう」

「おい、若ェの」


 急にルロットの声色が変わった。眼光鋭く光り化粧は何一つ意味を為さなず、口元の皺ばかりが黒々と映った。ヤ―公というよりはやっぱり極道としての姿蘇って、ケーイチはパイプに添えかけた指のまま固まり、髪の先から垂れた汗でボウルの火が消える。


「おめえ、仕事を何だと思ってんだ」

「あの、えと、社会人としてですか」

「なに?」


 まったくの的外れな回答、社会人なぞという薄っぺらな言葉がルロットの指す仕事の正体であるはずもなく、しかしケーイチが焦りから発したいい加減な言葉であるとは受け取った。彼は悲惨な立場に追い込まれて、こんな説教の仕方を親父はしなかったと、他人事に思った。


「・・・なんでもないです」

「立派なのは挨拶だけか。おめえに取っちゃどうでもいい仕事かもしれんが、俺たちゃ身体張ってここでこの商売してんだ。それを、()()の一つも迎えずにうっちゃっておけるか」

「なら、あの子たちは」

「運命を共にする」


 実に不快感を覚える言葉が最後にあった。間違ってもヤクザの台詞ではない、大日本帝国が滅びる頃を描いた、やたら高圧的な演技で振舞う軍人役を見ているようだった。任侠映画で運命を共にするのは殴り込みに供する舎弟たちか池部良のポジションであり、女子供ではなかった。

 しかしケーイチは、「だったら我々が連れて行きましょうか」とは言えなかった。きっとハルトなら、相当な口論の末に言えたことだろう。だが、余計な口挟むなと怒鳴られるのは判っているから億劫であった。それほどまでにこれ以上叱られたくないと考えるのも、父親からド叱られた数少ない記憶がどこかに根付いているからなのか。


「でもあの子たちを私たちの渡世に巻き込むこともできないわよねえ。困ったものだわ」


 ルロットは急に顔から陰を消して、先の言葉を打ち消すようなことを言う。フッと笑って、まるで冗談よとでも嘲るように相好崩したが、ケーイチは緊張解けることなくパイプを口から離した。ついでに彼は、言えなかったことを見透かされた。


「べつに、あなたたちの手を借りようとは思ってないわ。あの子たちはそうでなくとも、保護者の私たち日陰者、カタギさんの迷惑はかけられないもの」

「僕は、そんな出過ぎたマネは」

「それから、あんまりこの街に居ちゃいけないわ。早くあなたたちの旅をお始めなさいな」


 そう微笑んでルロットは、作業机から薄い小箱型の革ケースを取った。ケーイチが依頼したシガレットケースであり、中身は空であるにも関わらず、渡されると鉛でも詰まっているような感覚を覚えたる不思議。ポケットに落とすと同時に立ち上がった。


「ではこれで。おやすみなさい」

「おやすみなさいネ」


 後ろ背に、招き猫みたいな手を振るルロットの頬皺の影が鋭く、突き刺さっては浸透する。それを寂しく感じてしまうのはなぜなのか、考え始めるともつれた糸が毛玉みたいに固まっていき、隙間に父の姿が小さく光って身体のどこかに消えていった。


 指が熱くなってきて煙草を止めた。「おまつり!」とレッタが叫んで振り向くと、にこにこと嬉しそうなシャルを皆が囲んでいた。ケーイチは煙草をくわえるわずかな時間も思索に耽りすぎて、彼女の訪問にも全く気付いていなかった。


「え、なんすか」


 祭りと耳にして嫌な予感がした。任侠映画の枠組みから抜け出せない思考は、ケーイチにお定まりのシーンを彷彿とさせる。お祭り騒ぎに紛れての誘拐謀殺、よくある話。そうした不安を隠すようにとぼけた顔で聞き返すと、工場の時みたくレッタがシャルの代弁をした。


「もー聞いてなかったんですか?明後日この街でお祭りがあるんですよ!いろんな革細工の出し物が出て、それはもう賑やかなんです!」

「なんでも見てきたように語るよなお前」

「見ていこうよ、ケーイチ」

「しかし、もう行かなきゃ」

「なんで?別に急いでもないじゃない」

「そうは言っても」

「ケーイチくん、何が心配なの?」


 エミリアはさすが鋭い。ケーイチの薄弱な根拠から来る焦りを感じ取っていた。単なる予感というだけで強靭に反抗できる訳でもなし、加えてエミリアに指摘されるとますます頭ボヤついて黙りこくる。

 トドメにシャルの落ち込みかける瞳が目に映ってしまった。ケーイチの不安を察したからというよりはもっと自己本位に、祭りを一緒に楽しめない可能性への危惧。視線を与えた者までも寂しくさせてしまう瞳だった。ぐっと詰まるものがあって、慌てて言い直した。


「いや、行くよ。みんな一緒に行こう」

「ほんとですか⁉よかったです!」


 瞳の色が変わった。安心したように目を細めて首を軽く傾ける、なんとも愛らしい仕草で、ケーイチの奇妙な不安も一時どこかに追いやられた。シャルの笑顔一つで彼の思考は映画の中だけに雲隠れしていく脆弱さ、ヘタに怯えるよりは脆弱な分面倒なことを考えない方がいいと、代わりに思い巡らす自らの祭りの記憶を反芻させて、目を瞑る。


 だがケーイチの不安は、根拠はまるで違えど、まったく同じことを予言していた。あの聴き覚えの無いのに確かに夢で耳にした靴音みたいに。

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