第7話 革
ついさっき転けたのと同じ姿勢でケーイチは道に飛び出した。そのまま踏むやつがいて、見上げるとレッタだった。
「あれ、誰かと思えばお寝坊さんじゃないですか」
「誰踏んでんと思ってんだコラ。臭い足を退けろ」
「わたしの足は臭くねーですよ!」
「やっと着いたのね。ほら、靴」
またしても脱げた靴をラスナが拾ってくれた。今度こそちゃんと意地悪されず受け取って、履くとルロットとフイズが立っていた。
「おはようケーイチさん。よく眠れたかしら」
「ええ、それはもう。シャル、ジネット、案内ありがとう」
「はい・・・」
「あら、どうしたのかしら二人とも。元気なさそうねェ」
ケモノ耳が幾分か垂れることで、曇る表情抜きにしても心の動き方を周囲に伝えていた。ルロットは背を曲げシャルとジネットの肩に手を添える。不気味な笑顔も二人にとって安泰を与えるものであろうが、だからこそ心配かけさせたくないからか、ゲーシンとの対面を切り出しにくい様子だった。
ケーイチは、二人のことを悟ったからというよりも、彼女らの口から直接ゲーシンのことを聞けば激昂するだろうと思い、後で自分の口から伝えることにして間に割って入った。おどけた容姿をしていても、ルロットの激怒というのは恐ろしかった。小声で「俺から話しておくよ」と言うと、小さく頷いた。
「僕みたいにコケたんですよ。きっと、運動神経は高いのにコケたことでしょげてるんです」
「まァそうなの!怪我はない?」
「う、うん」
「ならいいけれど、気をつけなきゃダメよ?」
「・・・じゃあ私たち、戻ってますから」
「ああ、ならフイズ、送ってやって欲しいんだ」
「へい。さあ、帰りやしょう」
二人はくるり背を向けると小走りで行ってしまった。フイズも後から慌てて追いかけていく。今来た近道は使わず、人混みに紛れていくのをケーイチはずっと見送った。まだ事情を知らないルロットは、まるで反抗期でも疑うかのような顔して首を傾げていた。
「どうしたのかしらねぇ、お耳垂れちゃうことなんて滅多にないのに」
「さあねえ、どうしたんでしょうねえ」
白々しく返してみせる。自分から転けたのなんだの作話を供したくせにどうしたもこうしたもないものだが、ともかくどこでどう話を伝えるか期を伺った。
「ま、それより、案内を続けるわよ。ケーイチさんが来たからもう一度説明するわね。こっちの工場ならまだ広いから、ぜひ中に入って見てちょうだい」
「はーい」
再開される職場見学にケーイチは途中参加する。最後尾についていって隣にいるレッタは、先に簡単な説明は受けていたから、自分のことでもないのに得意げで解説ともいえない解説をし始めた。
「あれはですね、長靴になるんですよ。すごいですね、想像もできないですよね。でもちゃんとあんな形になるんです」
「あっそ」
「それでですね、あれは革ゲートルになるんです。どう?思いもしなかったでしょ」
「あのなあ、俺はルロットさんから話を聞きたいの」
「そうだよレッタ、ちゃんと本職の方からのお話を聞かなきゃ」
「あらあら、いーのよ別に、お仕事に興味持ってもらえたみたいで嬉しいわ。でも一応私からも説明するわね」
ルロットは出来上がった製品の棚から靴を一足手に取った。丈夫そうだが野暮ったい、職人の手とは即座に結びつかなさそうな物である。
「ここでは軍隊に納入する革物を作ってるわ。さっき見てもらった、ケースを作ってる工房もそうね。私たちが面倒見てる職人は軍、官向けの製品でご飯食べてるのよ」
「色々あるんですね。皆高いんですか?」
「そうでもないわ、一般の兵隊さん用の製品だものね。ちょっと前までは高級将校向けのが多かったけれど。他の物も同じような事情だわ」
「たしかに、さっき見せてもらった物もおしゃれのためというよりは、道具として使われそうなのが多かったわ」
武具に親しみのある少女、ラスナは各種革製品が軍装品であることにストンと納得した様子で、衣類に対して道具という言葉が自然と出てくる。ルロットはラスナとハルトの剣を思い出したのか、目を細めて営業じみた口ぶりになった。
「ラスナさんとハルトさんは、そういえば帯剣してたわね。どうかしら、革で鞘覆を作ってみない?」
「私はべつに・・・」
「へえ、そういうのもできるんですか。鞘は傷が付きがちだし、作ってもらおうかな」
「あーハルトがそう言うなら私も」
「わたしもわたしも!ハルトさんと一緒のがいいです!」
「あんたは剣持ってないでしょうが!」
「なら、レッタちゃんには鞄かしらね。飛ぶのにも差し支えない良い鞄を作らせていただくわ」
「ほんとですか⁉」
実際、営業とは様子が違っていて、寧ろ寄付を申し出るような態度、ただケーイチは、少々うろたえざるを得なかった。立派(?)な仁義を切ったというだけでこうしたもてなしの、それは昨日宿を供去れた時に感じなければおかしかったが、物をもらうという今になって、何か見返りを求められるのではないかという懸念が彼の中に生じた。
無垢な少女を二人育てる、そのために女装もしておどける、しかし彼は所詮ヤ―公なのだ。物静かに背に唐獅子牡丹を負っているばかりとは限らない。
「ねェケーイチさん、あなたは?」
「あ、それじゃ僕は」
それでも、確固とした拒絶はできなかった。職としてのルロットをどこかで疑い差別しつつ、流されるように注文を伝えた。一歩引いた視線をうわべに持ちながらも結局中途半端な警戒心で、ジネットとシャルに悟られたことがあったからというわけでもあるまいが、腰から外したホルスターをクラブバッグみたいに革ストラップ掴んで背筋に垂らした。
しばし考えてパイプの火が消えているのに気づき、今度はポケットの紙巻をと、シガレットケースに当たる指が動きを止めた。




