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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第六章 異世界残侠伝
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第5話 内なる服

「んまーッ!ジネットとシャルがお世話になったみたいで、重ね重ねお礼を言うわ」


 夕食の時間、ルロットは一同揃って食卓を囲んだ。ジネットとシャルも一緒で、フイズ含む舎弟たちが五人ばかりいる。床に座るのはともかくとして、大きなテーブルに食事が置かれるのは、近代日本のヤクザというよりは一般家庭だった。しかし日本のどこにも、こんな風変わりな侠客と客人はいなかっただろう。献立は、紫色した雑穀が主食だったくらいでおかずの肉野菜料理に特筆すべき点はない。食器もスプーンとフォークだった。

 ルロットが礼を言うと、両脇のジネットとシャルの耳がぴんと立った。


「いえ、僕たちの落とし物を届けてくれたんです。お礼を言うのはこちらの方です」

「セイクさん、みなさんとってもたくさん撫でてくれたのよ。特にケーイチさんの手が気持ちよくって』

「あら〜ケーイチさんは挨拶だけじゃなくて女の子の扱いも上手なのねェ」

「いや、女の子の扱いだなんて、そんな」

「ふん、ボクが見た時はなんかいやらしい手つきだったんだもん」

「もージネットったら。あなたも尻尾が褒められて嬉しかったんでしょ。ワタシのとこに戻ってきた時、あんなに尻尾振っちゃって」

「い、言わないで!」

「お嬢さんがあんなに尻尾振ってたの初めて見やしたよ」

「フイズーっ!」


 ジネットがフイズに噛みつく。彼は大袈裟に痛がって、ルロットは微笑しながらスプーンを手に取った。

 和やかな雰囲気だが、所詮はチンピラの集団であるのかもしれないこの人々、きっと犬娘二人は違うのだろうけど、下手すれば自らの勇者章と敵対することになるかもしれない。話題は慎重に選ばなければならなかった。それでもまずは、彼らが何を生業にしているのかハルトが尋ねた。


「僕たちは初めてこの街に来て、ここのことがよくわかりません。ルロットさんは何のお仕事をされてるんですか?」

「ワタシたちは革職人のギルドを取り仕切ってるわ。商売の管理をして、取引する行商人の中には詐欺まがいのこともをする悪い奴もいるからそういう悪人からも職人を守ってる。まあ、私たちも世間サマからしたら日陰者なのよねえ、オホホ」


 ルロットのギルドの管理というのは、おそらく本人が職人であったということではないのだろう。話を聞いて源流を辿れば、昔はギルドが雇った用心棒集団だったらしい。それは流れ者だった。そのうち力のある用心棒たちがギルドそのものをまとめるようになって今に至る。


「でも最近は物騒な商人も減って喧嘩することは無くなったわねえ。あなたたちは、ケーイチさんが言ってたみたいに本当に勇者さんなの?」

「最近できた制度に従うとそうなります」

「てっきりご同業かと思ってたわ。あんな立派な挨拶を聞いちゃ、ネ」


 ジットリと視線がケーイチに向けられる。彼は苦笑いしながら出された酒を飲み干した。


「あのう、挨拶って、私は私の生きてきた文化の中で聞いたことをしたのであって、やり方は違うと思うんですが、ここにもそういう挨拶があるんですか?」

「あったわ。でも長いこと聞いてないわね」

「どんな風に?」

「騎士が城主に尋ねる時の挨拶に似てるわ。内容はずいぶん違うけど、大袈裟で、やたら丁寧な物言いだったわ。まあ、流れ者が他所の土地で生きようとするための処世術ね。それが、話し方の技量でワタシたちみたいな人間の素性を表す方法になったの」

「そうですか。私自身、仁義を切る世界に生きてきたわけではないから作法としては怪しいものですが、やはり、その人となりを表す手段だったみたいです」

「仁義を切るって?」

「ああ、挨拶のことです」

「仁義を切る、良い言葉ねえ。やり方は違っても、ケーイチさんのお人がよくわかったわ。さあさあ、もっとお飲みなさいよ」

「ではいただきます」


 器にルロット直々に注がれる酒、まるで舎弟になるための儀式みたいだったが、断ることもならずぐいとまた飲み干す。やたらに強い酒で、どうにでもなれと、続けて空にした。


 ともかく、この街で過ごす上での心配はなくなった。まあなんとか打ち解けることができて、勇者という身分でヤクザと絡むことがあまりよろしくないのは承知であるが、彼らが隠し持つであろう悪どい部分に与しなければ良い話で、もしもの時は逃げればよい。

 食事の後もケーイチは舎弟たちと酒を酌み交わし、犬娘二人もハルトたちと遊んでいた。ルロットは先に寝ると言って退席し、残された舎弟たちは無礼講を申し渡されて上機嫌。彼を送って戻ってきたフイズは赤ら顔でケーイチから酒を受けた。


「いやあ兄貴、ありがたくいただきます!」

「兄貴ってのはよしてください。そんなガラでもないし」

「いや!兄貴って呼ばせてもらいますぜ。あんな立派な仁義を切って、ルロットさんのお眼鏡にかなう人はそういやしませんぜ」


 手のひら返しの上手いこと甚だしいが、ルロットの人望の大きさがうかがえる。しかしそれ以上に不可解なことがあった。人望は置いておくとして、なぜあんな似つかわしくない化粧をして女言葉を使っているのか、本人不在の今が聞き時だった。


「フイズさん、聞きたいことがあるんだけど」

「フイズでいいんですよ」

「じゃあフイズ。ルロットさんが化粧をして女言葉を使うのには理由があるのかい?」

「あ?ああ、ええ。やっぱり不思議に思いやしたか」

「まあね。趣味っていうんならそれで構わないんだけど」

「趣味ってわけじゃありやせんや。今はこっちも慣れたし、ルロットさん自身も気に入ってるみたいですがね」

()()?」

「ええ。そうはいっても、随分前からですがね。あのお方があんな風になったのは」


 フイズは酔いを幾分素面に戻してジネットとシャルを見た。この二人にルロットの秘密があることに相違ない。あれは5、6年も前でしたかね、と始める彼の語り口は昔を一つずつ丁寧に思い出しているようだった。


 ジネットもシャルもこの土地の者でなく、ある日突然ルロットが連れてきた子どもだった。森の中で行き倒れていた犬人を拾ってきて身寄りのない二人を住まわせることになる。当初は誰にも心を開こうとはせず、最低限の会話すらルロットたちとはしようとしなかった。何があったのか知ることもできず、従ってこれからどうするか決めることもままならず、お手上げだったのを、ルロット自らが一計を案じた。親の愛情が必要だと決めつけたのだ。彼は、父のような厳格さは一応持ち合わせている。曲がりなりにも極道の親分だから。では母の性質はどしようかと、不気味で不器用なりに思いついたのがこれだった。


「不気味がるんじゃないかと不安でしたがね。笑うようになって我々を受け入れてくれたみたいです」

「ふーん、でも当人も気に入ってるみたいだね」

「ええ、かなり」

「それで、なんで二人は行き倒れてたの?」

「それなんですがね、肝心なことはわからなかったんです。なんでも、両親と逃げていて何者かに追われてはぐれたんだそうです」

「よくある話だね」

「へい、それだけならよくある話なんです。しかしね、よくわからないことだらけなんですよ」

「はぐれた理由が?」

「それもですが、なんせね」


 ここで酒を呷ぐ。フイズの頬は素面のまま変わらなかった。


「獣人でなく、犬そのものとしての二人は見ましたか?」

「見たよ。犬ッ娘に戻ると服を着ていたのには驚いた」

「そこなんですよ、服が出現する。どんな仕掛けか知らないけど初めて見ましたね」

「あれ、犬人ってみんなそうじゃないの?」

「とんでもない、あんな能力初めてです。たしかに、他の動物から犬に変化する獣人はいますが、服ごと変わるなんてのは他に知りません」

「俺そういうのに疎くて。じゃあ人の状態から服が脱げない?」

「そんなことはありません。風呂だって服脱ぐし洗濯もします。犬になると服が消え、人に戻ると服が現れるんです」

「なんで」

「ですから、わかんないんです」


 少々不機嫌になると酔いが戻ったようだった。ジネットとシャルを改めて見ると、その服は宝石等の装飾品はなくとも簡素といえるような物ではない、胸のあたりに少々複雑な紋章が入っていた。どこぞの自動車メーカーロゴにも見えそうなそれは、何らかの意匠を表しているのではないかと思った。フイズの方をつつき、犬娘たちを示してから胸を指差す。しかし彼は首を振った。


「あの紋章でしょ?手がかりになりそうだけど、どこにも情報がないんでさ。今も心当たりがないか暇があれば探ってるんすけど」

「そっかあ。しかし()()()()に紋章を持っているだなんて、もしかしたら相当な家の出かもしれないね」

「からかっちゃ困ります、それならこんなところで何年もいるわけありませんや。さっさとカタギさんとこへ帰すか迎えが来まさあ」


 安っぽい喋り方の中に、もしもの別れを惜しむような吐息があったのかは定かではない。ケーイチも取り立てて感情を汲み取ろうとはしなかった。関係のないことなのである。身体の内に服を持つ彼女らに興味はあれど、これもまた小さなこと、緊急でもないのだし、首を突っ込むこともないだろうと酔い覚ましの水を口にした。一度聞いたゲーシン一家という名も、頭には東映映画の唐獅子牡丹が小さく吠えるだけだった。


 酔いながら見る夢に、紋章が鈍く光って規則的な音が聴こえる。ケーイチは、軍靴の隊列の蹴る音だとは終ぞ気づかなかった。

 

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