第4話 和風?
今度こそ、幾分落ち着いてここの文化に目を通すことができる。ハルトとケーイチは同じく、やはり和風な雰囲気がどこか漂っているのを嗅ぎ取った。
家中の扉は玄関同様引戸になっていて、履物を脱いでそこの人々は生活している。服装も日本でいえば褞袍か法被に準ずる物を上に羽織っていた。障子や襖があるわけでもなく、外側に通じる戸には所々にガラスの嵌められているも、寧ろそれは、現代日本の古い家にも見られる物に近くて、ハルトとケーイチには親近感を抱かせた。座る時も床に直接腰を下ろす。ただ、正座だけはこの二人しかしなかった。
「改めまして、私はここの主人のセイク・ルロットよ。ルロットと呼んでちょうだい」
先の態度のままに、厳つい顔を綻ばせてルロットは挨拶した。ただ通りすがりにこの様子を目撃したら不気味にも思えたかもしれないが、トラブルがこの男によって解決されたのだから、戸惑いながらもそこは感謝した。
「はあ、どうも。イシヅカ・ケーイチと申します」
本来ならハルトから名乗るのが筋な気もするが、一応仁義を切ってしまったのはケーイチだから彼から名乗った。あとは順番に挨拶していき、レッタの番になると、彼女は先程稼いだ金を差し出した。
「ごめんなさい、わたし、勝手にあそこでお金を稼いじゃいけないって知らなくて。このお金はみんなあげますから、許してください!」
ルロットは困った顔して笑うと、顎の下まで上げた手を、ちょい、と曲げた。まるで近所のオバチャンたちが井戸端会議でよくやる仕草だった。彼の声はケーイチ以外の客人にも猫撫で声(?)である。
「いーのよそんなこと。こちらこそ驚かせちゃってごめんなさいね。一応あの広場はウチの縄張りだから、知らない人が使っててフイズもびっくりしちゃったのね」
「へい、まったくみなさまには申し訳ないことをいたしました。てっきり、ゲーシン一家の連中が荒らしに来たのかと。そのお金はお嬢さんがお稼ぎになったものですから、お納めください」
お嬢さんと呼ばれて悪い気はしない。クリーズ家でのメイドからお嬢様扱いされることには程遠かったが、レッタはほっと安心して鞄に金を戻した。
しかし、フイズと呼ばれた男が言ったゲーシン一家というのが気になる。荒らしだとか物騒なことを言う以上敵対組織なのかもしれないが、言及する前に、機先を制されてルロットに尋ねられた。
「でも、勇者様たちなんてカタギの方がどうしてこの街に?」
「ええ、通りがかりて、この街で宿を取ろうかと思っていたんです」
「あら!ならここの隣の宿にすればいいわ。私が面倒見てるお店だから、お代はタダで結構よ」
「え⁉︎」
願ってもない言葉である。ルロットは非常に気分を良くしているに違いなかった。こうまでの親切を、ケーイチの仁義だけでしてくれるのも不思議である。不気味なくらいだった。しかし無下に断るのも悪いし、なにより、下手に好意をないがしろにしてルロットの機嫌を損ねることが一番怖かった。
「泊っていきなさいな。ね?ね?」
機嫌を損ねるとどうなるのか。ルロットのドぎつい笑顔に、それぞれ違った憶測を導き出して冷汗の滝が流れる。次には五体投地して同じく叫んだ。
「泊めさせてもらいます!」
宿の部屋は、ふかふかのベッド、ではない。代わりに敷布団より厚みのある大きなマットレスが床に置かれていた。毛布も中に綿の入れられている物で掛布団に見えなくもない。季節的に暑苦しそうな気もするが、この街は標高が高くて涼しくこうした寝具も悪くなかった。
「ああ、畳が恋しい」
結局は、こうしたケーイチの嘆きに収束する。足の裏が着く部分は依然として板敷に絨毯であった。男女に分けられて部屋が用意されたから同室のハルト、絨毯を撫でながら頷いた。
「日本っぽいとこもあったのにね」
「畳に近い物があるってちょっと期待したけど、まあ無理な相談か」
和の雰囲気がどこそこにあった、だからこそ触れる地べたの感触に重々しく溜息を吐くのだった。変にがっかりしたからか、二人の間により日本を探す空気は出てこない。ハルトが女子部屋の有る壁の方を向いて立ち上がった。
「あっちの部屋行ってみようよ。着替えも終わっただろうし」
「そうだな、行ってみるか。しかし、この作務衣みたいな部屋着は嬉しいね」
寝間着にと渡された上衣、浴衣というには丈が少々短いのだが、作りはよく似ていて、ケーイチは幾分上機嫌になってシャツの上から羽織った。
廊下を出て左隣の女子部屋、コトリとも音が聞こえてこない。引戸をノックするとエミリアの声で入室を許可された。入るとどことなく奇妙な風景に三人はいた。部屋の隅で、人数分重ねられたマットレスの上に並んで鎮座している。急拵えのソファのつもりらしかった。ラスナはぼやいて今一度部屋を見回している。
「この宿椅子もないのね」
「そういう文化なんだろ。俺たちは平気だけど」
「二人はさっきも脚を畳んで座ってたもんね。私たちだと脚痛めちゃいそう」
「僕も久しぶりに正座して少し痺れちゃった」
「膝に悪そうな文化ね」
三人揃って膝を撫でた。椅子という物がないことでこうも悩むのかと、ちょっとしたことだが重大な文化の違いをしみじみ実感していると、これまたちょっとしたことに気がつく。柔らかいマットレスは三人それぞれの重みで沈み、エミリアとレッタの頭が並んでいた。ケーイチが余計なことを口にした。
「エミリアんとこだけやたら沈んでる」
「ほんとだ」
「え、え、うそ」
「むう、エミリアさんは、そのお胸とおしりの分だけ重たいんです!」
「一理あるわね」
「そ、そんなことないよ!ケーイチくん変なこと言わないで!」
「すまん」
ぶーたれるエミリアは珍しく、しかし胸や尻のことだけでなく体重を気にするのか、腹回りに手を当てた。別に傍目太っているとは言い難い容姿ではあるが、いつしかケーイチが評した通り些か線は丸い。肉付きのよさは、ラスナやレッタにとって羨望の対象であっても本人からすれば悩みの種かもしれなかった。
ケーイチとハルトは床にどっかと腰を下ろした。日本の旅館なら急須と茶葉があるのにと、文化の粗探しに移行しかけて、幸いそれは突然のノックに遮られる。廊下からは聞き覚えのある声がした。
『失礼します。セイクさんからご伝言です』
ついさっき、ケーイチはごく近くでこの声を聞いた。声の主は、ほんとうに近くの彼の腕の中、寝起きでふにゃふにゃと、誰かの到来を確認していた。開けられる引戸の向こうに例の犬ッ娘二人がいた。尋ねたのはシャル、隣ではティーカップの乗る盆を持ったジネットが驚いて、尻尾がピンと伸びた。
「さっきの!セイクさんのお客さんってみなさんだったんですね」
「ま、またお前たちかあ」
「こら、お客さんをそんな言い方しないの」
シャルはともかく、ジネットはこの一行とのファーストコンタクトがあまり良くない。だからか彼女からは苦手意識が垣間見えた。それに再びシャルから注意されてしまう。
二人は部屋に招かれると自然な形で床に座った。茶を淹れてくれたのはジネットで、手際良く茶の注がれたティーカップを差し出してくれる。上手い淹れ方だった。
「また会ったね。ここの宿で働いてるの?」
ハルトが聞くとシャルは小さく首を横に振った。時折上や下に曲がる尻尾にケーイチは釘づけである。
「いいえ、セイクさんの家で暮らしてます。こことお家は繋がってるから、おつかいです」
「伝言って言ってたわね」
「はい。夜ご飯をぜひご一緒にとのことです。それからお茶も」
「美味しいお茶をありがとう。えっと、お名前は?」
「私はシャルロットです。ルロットさんと名前が似てるからシャルって呼ばれてます。こっちがお姉ちゃんのジネット」
「あれ、そっちがお姉ちゃんだったんですね」
「なんだよーボクが姉で悪いか!」
「そ、そんなことは言ってないですよ!」
「ジネット、すぐ喧嘩腰になるのはよくないわ」
「う・・・」
「さっきもごめんなさい。ジネットが驚かせちゃって」
「気にしてないしいいよ」
「みなさんのお名前は・・・ん?」
シャルは、あぐらかいて身体をぐねらせるケーイチに気づいた。彼は上の空で話を聞き流し、尻尾を夢中で見つめている。シャルとジネットにとっては尻尾も耳もなんのことない生まれつきの特徴であったから、物珍しげで真剣に何かを見ているケーイチが不思議だった。
「あの、何かついてます?」
「え?ああ、いや。良い尻尾だなって。俺わんちゃん好きだからつい見ちゃってた」
「こら!なんだかやらしいぞ!」
「邪な目じゃないったら!」
「ふふ、ありがとう。尻尾を褒めてくれる人は久しぶりだわ」
「ジネットちゃんの尻尾もきれいだよ」
「こーらー!あんまり見るなー!」
尻尾も犬耳もない人間からしたら髪を褒められるようなもの、ジネットも尻尾を褒められることに遺憾はないが、照れ隠しに声を張り上げた。




