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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第六章 異世界残侠伝
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第3話 お控えなすって

 ルロットの居所は街の端だった。あの男たちがまだその辺をウロウロしていないかと、警戒しながら道を行くが、幸いにも再び絡まれることはなかった。

 家の入口に立ってケーイチが、この世界では珍しい引戸を叩こうとするのを、今一度ハルトが引き止める。どうしようかと考えあぐねていた時に出た案で皆もなんとなく同意したものの、冷静になるとやっぱり最良の方法とは思えない。


「やっぱり僕が行くよ。上手くいくとは思えない」

「そうよ無茶だわ。演劇を鵜呑みにするなんて」

「相手の出方次第。しっかりした極道さんなら通じるかも」

「でも、しっかりしてるならあんな言い方しないよ。それにこんなとこで極道だなんて」

「う・・・まあそうだけど」


 丸めた手が解けかける。さっきの思いつきの自信が揺らぎかけた。ハルトの言う通り、ちゃんとした極道(?)なら素人さんにあんな絡み方はしないであろう。ただのチンピラの集団であるとも考えられる。ヘタ打ってもっとコトがややこしくなってもつまらない。ケーイチまで気を削がれても仕方ないのだが、彼もやはり常識的な思考を取り戻すと、自分がしようとすることはおかしく感じた。実際ケーイチの計画の内に行おうとすることは、彼が元の世界で暮らしていた時代の何十年も前のヤクザの常識であり、現代となっては見る影もない伝統であったのだ。

 やめようと思い直す。一旦この場を離れてから計画を練り直そうと、提案しようとするも、しかし時すでに遅かった。引戸の向こうからはワルの声がする。


『誰でえ、開けてツラみせろ』

「遅かった!」

「仕方ない、このまま俺がやる。ヤバくなったら逃げちまえよ」

「逃げる場所なんてないって!」

『何してやがる、早く入ってこい』


 えいままよと引戸に手をかけた。開けるとその玄関は、土間で靴を脱ぐタイプのもので日本式、しかしその懐かしさに喜ぶ暇はなく、上には広場の男含めて複数のヤクザが控えている。例の男が口を開いて居丈高に発した。


「さっきの連中か。逃げなかったことは褒めてやるぜ」

「ルロットさんのお宅はこちらですか」

「そうだ、早いとこ金をだな」

「親分さんとお見受けいたしますが」

「親分?ルロットさんはここにはいない。俺は・・・」

「どうぞお控えください」


 作法とは、相手もそれに則って初めて成立するもの。だから、ケーイチの一方的な仁義というのがはたして作法として通用するのか、それは謎だった。しかもこの場合、内容をかなり端折ることとなるから本式の仁義としても程遠い。だが、お(ヒケ)ェなすってと発してしまった以上、どこまでも突っ張るしかないのである。

 脚を開いて腰を落とし、伸ばした右腕の掌を上へ向ける姿、ケーイチは目一杯池部良のフリして喉を唸らせた。しかしこれも、昭和の大俳優が発した台詞と大分違う。


「お控えくだすってありがとさんです。向かいましたるお兄ィさんと初めての御目通りと存じます。手前、生国と発しますは日本国尾張の片田舎、流れ流れて勇者マキタ率いる旅隊に身を置く若い者、姓はイシヅカ、名はケーイチと発します。御覧の通りしがなき駆け出し者にございます。どうか以後お見知り置きを、末永らく御懇意のこと願います」


 ポカンと口を開けるヤクザたち、如何とも反応を得難い。意味の解らない挨拶に怒るわけでもなく、かと言って褒めることももちろんなかった。

 やっぱりやるんじゃなかったと、この世界の言葉でそこそこの仁義を切れたものの、後悔するのは早い。素面になると恥ずかしくてたまらず、控えたまま、次のセリフ「貴方様よりお引きなすって」は、相手が、「先に控えなさい」と言ってくれないから出てこない。焼けるような頬から耳まで真っ赤に染まり、背後で見守っていた一行も、ヤクザの反応が得られないと内心ヒヤヒヤして、心臓の鼓動に比して身体は全く固まっていた。

 そのうち、やっとおかしなことになっていると認識し始めた男が、肩を怒らせて怒鳴ろうとした。


「な、なんでえそのセリフ!テメーは一体・・・」

「おい、今の挨拶は誰でえ」


 新たな登場人物、ヤクザたちの背後から素晴らしくドスの効いた声が。ケーイチは、出てくるのが高倉健なのか金子信雄なのか、ありえないことを頭に逡巡と浮かべながら、鼻の横を滴る冷汗を舐めた。

 出てきたのは、高倉健とも金子信雄ともいえない、あまりにも(いかめ)しい顔した大男。太い瞼に目には白が多く、鋭く光る小さな瞳、厚ぼったい唇をウンと結んでいた。とんでもヤバいのを呼び出してしまったと、この仁義を更に後悔した。


「ルロットさん。へい、さっきお伝えした旅芸人ですわ。広場で勝手に商売やってた連中です」

「おめえが挨拶しに来させるって言ったやつらか」

「へい、その通りで」

「今なんか喋ってたのはお前か」


 話しかけられてケーイチは観念した。脳裏に、随分と長い間忘れていたエピソードが蘇って、即ちヤクザの始末方。といってもコンクリ詰めのドラム缶という映画にしかないような手法で、それすらもこの世界ではまずありえないのだが。それか、小指くらい詰めさせられるかと、天井に向けた掌の小指がピクピク動いた。


「はい、私めが発しました」

「そうか、君が・・・」


 ついに来る。急にキミ呼ばわりになるのがいっとう怖い。どのような処分法でケジメつけさせられるのか怯えた。頭が真っ白になるケーイチはともかくとして、一行は最悪の事態に備えた。ハルトとラスナは剣に手を添え、エミリアはどれくらいの大きさの檻を出せばいいか室内を目測する。レッタはとりあえず、邪魔にならないように一歩下がった。

 しかし、こうした緊張は全て杞憂に済むところとなった。ルロットと呼ばれた厳つい男は、予想にもつかない行為に及んだ。彼は声のドスを激しく裏に高めると、手を組んで身を捩らせたのだ。


「ンま〜立派な挨拶ねえ!ワタシ、シビれちゃったワ!」

「は?」

「よく見るとアンタ、イイ男ね〜。ン〜マッ!」

「びゃああ!」


 ケーイチはいきなり抱きつかれて額にキッスを受けた。くっきりと口紅の跡が残る。それだけではない、体躯に似合った男の力そのままに強く抱いてくる腕からは、ほのかに女物の香水の香りがした。よく見ると化粧をしていて、それは少々派手だった。

 呆気に取られるハルトたち、それぞれ身構えていた腕をだらんと落とし、されるがままのケーイチを見守っていた。様子が変わったのはルロット以外のヤクザたちで、彼らは接吻を目撃すると床に座り込みひれ伏せた。


「る、ルロットさんがキスを授けるほどのお方・・・お見それしやした!」

「まったく、無礼な部下でごめんなさいね。許してちょうだい」

「は、な、何も、許すも許さないも、話さえわかっていただければ・・・」

「おい、早くこの方たちを中へお連れしねえかい!」


 ケーイチたちへの態度と部下に対する態度では全く違っていた。初見の親分肌で部下に命じると、彼らはハルトたちを丁重に中へ案内しようとした。


「先ほどは失礼いたしやした。こんな立派な方々だったなんて、私めの出来の悪い頭では想像できませんで」

「でも、『なんでえそのセリフ』ってさっき・・・」

「本当に申し訳の立たんことです!どんな罰でもお受けいたしやす」

「罰なんて。わかってくれればいいんだから」

「いやあなんとお心の広いお方!さすがはルロットさんがお認めになった御仁です。さあさあ、履物はこちらに」

「なんか変な感じね、履物脱いで上がるなんて」


 ともかく、ケーイチの馬鹿げた妙案は不思議にも功を奏したようだった。客間に通された一行は、相見える前の恐怖の想像からは全く外れて、親分直々に歓迎の挨拶を受けるところとなった。

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