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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第六章 異世界残侠伝
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第1話 犬ッ娘

 勇者証というのは紙の証明書は別として、勇者()ともいえるアイテムもあった。花札大の銅板に名前と団体番号が刻まれている。リット銅貨と紛らわしい代物だった。だから紐で首から吊るす者もいるらしい。レッタなんかは兄の遺品と一緒にしていた。ケーイチは、なんとなく軍隊の認識票(ドッグタグ)と似ているようで嫌な気がして、他の皆が珍しがらなくなってもなお時折取り出しては苦い顔をする。


「死んでもこれだけは残ってる、っていうのが気に入らん」


 森の小道、手ごろな岩の上で昼食を食べ終わって、一服つけようと煙草を出す。ついでに銅板も摘まみ出した。金入もしくはシガレットケースには勇者章が挟んであるのだ。不吉なことばかり言われるもんだから、隣で片づけをするラスナがぼやいた。


「まーたそんなこと言って。なんで死ぬことばっかり前提なのよ」

「だって名前が掘ってあるし、壊れたり腐ったりしないし。身体がバラバラになってもこれでどこの誰かわかっちゃう」

「そうならないようにすることね。そんな変なこと気にしてるのケーイチだけなんだから」

「そうだけどよ、あーあ」

「あ、お金と一緒にしまったらまた間違えちゃうわよ」

「へいへい」


 金入の中に入れようとしてたしなめられる。ケーイチは既に二度も会計で間違えて勇者章を出すというミスをしていた。なんとなくそのまま掌で弄っていると、ハルトが腰を上げて出発を促した。彼の広げる地図をエミリアとレッタが覗き込む。


「そろそろ行こうよ。この分ならあと一時間も歩けば街に着く」

「もうひとがんばりです!」

「ゆっくり休めるといいね」

「うん、山道を来るのは大変だったよ」

「ラスナ、ケーイチくん、行くよー」

「今行くわ」

「はいはい・・・うへぇっ!」


 一行の最後尾について歩きだしたケーイチ、肩に吊るそうとした自分のカービンを脚に絡ませて大の字に転んだ。手から離れた勇者章が弾丸のように飛んでいき、皆を避けて草叢に落ちる。呆れるラスナがザックを掴んで強引に起こした。


「なにしてんのよ。変なことばっかり考えてるから」

「いてて・・・デコ割れてないか」

「たんこぶできてる。これくらいなら治療しなくていいよ」

「ぷくくーケーイチさんのドジっ子」

「なにおこの」

「他にはなんともないか?どこか痛ければ僕が荷物を持つよ」

「それには及ばんよ、どうも。あれ、勇者章がない」


 掌の銅板の温もりがないことに今更気づいた。全員足元見るもののありはしない。ケーイチは頭をかきながら紙の勇者証を出してハルトに尋ねる。


「これあれば再発行できるっけ?」

「できるけど、次の街に政府の出先機関はないよ」

「あらま」

「でもその証明書の方が大事だよ。銅板の方はおまけみたいなものだし」

「俺だけないのはそれはそれで寂しい」

「ケーイチが不穏なことばっか言うから、あっちが逃げてったんじゃないの」

「バカ言うな」


 諦めて再出発。ドジやったケーイチは改めてカービンを肩に吊るすと今度は転ばなかった。これが元いた世界なら、交番なり駅なりに行って解決できたのにと、溜息吐いた。


 草叢から何か出てくる。いきなりのことで一同驚き、レッタは素早くハルトの後ろに隠れた。やけに不気味な葉音で、蛇でも出てくるのか、各人の得物に手を添えて一糸も乱れずに待った。これまで幸いにも猛獣に出くわしたことはない。猛獣よりも危険な人間とは対峙してきたものの、相手が人間でないと勝手が違った。

 草の間から足が見えた。小さなケモノの手で、地面につけるとぴょんと身体が飛び出した。猛獣でもなんでもない、小さな犬である。白黒混じった毛色に、何の犬種なのか判然としないが、柴ともシベリアンハスキーともいえそうな顔は美人だった。緑っぽい瞳を持っている。

 敵意の全くない表情に皆肩の力を抜いた。


「わんちゃんだ」

「まったく驚かせやがる」

「ほら、レッタはいつまでハルトにくっついてるのよ。あんなちっちゃな犬が怖いの」

「こ、こわくなんかないです!」

「ケーイチ、あれ!」


 こちらに近づいてくる犬は、口元に何かしら咥えていた。よく見ると勇者章の銅板で、ケーイチが落とした物に相違ない。「俺のだ」ケーイチが言うと犬は彼の前に座って顔を突き出す。銅板を手にすると素直に口を離してくれた。ケーイチは途端に嬉しくなると抱き上げてベタベタに褒めた。


「えらいね〜よく持ってきてくれたね〜かわいいかわいい、ほら、わしゃわしゃわしゃ」


 犬も気持ちよさそうにケーイチの腕に収まる。他の皆も取り囲んで犬をあやした。大勢の人間に囲まれても怯えることなく、それぞれ触れてくる掌を楽しむようだった。


「ほんと、自分のって言ったらちゃんとケーイチのとこに来た。賢いわね」

「ふわっふわでかわいいです!」

「綺麗な顔してるね。誰かが飼ってるのかな」

「どうなんだろう。でもこんなに綺麗だし、きっと家で暮らしてるんだよ」

「お前の飼い主にお礼言わなきゃなあ。ほら、ここが気持ちいいの?よしよし」


 ふさふさのほっぺから顎の下にかけてくすぐるように撫でると、目を細めてより心地よく耳まで下げる。「かわいい〜」と悶える五人は、皆一様に抱っこしたがった。レッタが辛抱たまらんと、腕を伸ばしてはしゃいだ。


「わたしわたし!わたしに抱っこ!」

「もうちょい、もうちょっとこのかわいさを独り占めにして・・・ああもう飼っちゃいたい」


 ケーイチは物の本で、動物も人間と同じく耳のマッサージでリラックスできると読んだのを思い出した。下がる耳を摘んで優しく擦ってやると、にやり半開きの口から長い舌がはみ出した。

 すると、急に体毛が短くなった。異変が起きたのは毛だけではない、身体つきも全く違ったものに形を変えていく。体重も重くなり、体毛は頭を残してほとんどなくなると、腕には布の感触が生まれた。

 腕の中に収まる顔は人間の美少女、肩に伸びた銀髪の毛先が黒く、穏やかな寝顔に紅い舌で薄い唇を舐めた。しかしケーイチが指を添える耳は多少大きくなっただけで犬のまま。でも人の耳もある。揺れる尻尾もそのままだった。


「えーっ!」


 エミリアを除く四人は驚嘆する。彼女だけは、少し意外といった風で少女の顔をまじまじと観察した。


「獣人の犬型、だね」

「ジュージン?」

「言われてみればそうね。でも姿が変わる瞬間は初めて見たわ」

「びっくりしました!でもこういう人にも会ったことがあります」

「ちょっと待て、そんな珍しいものでもないのか?」

「うん。そこまで人の数が多いわけじゃないけど、珍しいともいえないかな。ケーイチくんは会ったことない?」

「エルフの俳優なら見たことあるけど、耳も尻尾もある人は初めて」

「僕も会ったことない。ラスナやエミリアほどじゃないけど、レッタよりは少し大きい感じかな」


 ハルトの言う通り、レッタより少々体格が大きい。レッタの発育が悪いだけかもしれないが、ケーイチの見立てだと小学校高学年から中学生始めくらい。当の少女は周囲の声にも目を覚まさず横抱きのまま健やかな寝息を立てていた。ケーイチとハルトには、犬の身体では服を着ていなかったのに人の状態となると着衣していることが不思議だった。


「服着てるね」

「ホント不思議。まあ裸のまま現れても困るけど」


「裸にするだって⁉︎こらー!シャルから離れろ!」


 またもや闖入者。前方の少女が飛び出してきた茂みからよく似た犬が飛び出した。人の言葉を喋っている。この犬も道に出ると同時に人の姿に変わって仁王立ち。こちらも美少女であり体格も服も一緒、ただ、髪の色が同じでも少し短い癖っ毛であるのと僅かに尖る睫毛、敵意剥き出しの表情は全然違った。


「誘拐する気だな、いくらシャルが可愛いからってそうはいかないぞ!」


 姿はよく似ていて二人が姉妹であることはなんとなく判った。シャルというのも、寝ている少女の名前なのであろう。誘拐しようとしていると勘違いされているのも判る。がるると人のままに唸る彼女の八重歯で噛まれてはたまらないと、慌ててシャルを下ろした。


「ち、違う、誘拐じゃない、この子は俺の落とし物を持ってきてくれただけなんだ」

「嘘だ!裸にするって言ってた!いかがわしい店に売る気なんだろ!」

「勘違い!」

「そんなことしないよ!」


 この喧騒には、流石の眠り姫も目を覚ました。吠える少女のボーイッシュさは無くて、もっと凛とした声であくびをした。


「・・・ふわあ。あれ、ジネット。いたの?」

「し、シャル!大丈夫か?何もされてないか?今助けるからな!」

「ううん、この人たちは私を撫でてくれただけよ。どうもありがとう。気持ちよかったわ」

「こちらこそ、落とし物を届けてくれてありがとう。しかしどうも勘違いされてるみたいで。よく話してくれると助かる」

「ジネットはたまに勘違いするの。ごめんなさい」

「本当に何もされなかった?」

「大丈夫よ。良い人たち」

「そ、そっか。じゃあ早く行こうよ、シャル」


 ジネットと呼ばれた少女は、シャルが自らの側に戻ると手を取り道の先へ行こうとした。しかしシャルは動かず、先の威嚇を謝るように諭した。


「その前に、ちゃんと謝って。わざとじゃなくてもあんなことよくないわ」

「えー・・・わかったよ。怖がらせてごめんなさい」

「勘違いってわかってもらえたならいいよ」

「な、これでいいだろ?」

「ちゃんとごめんなさいできて偉いわ、ジネット」

「えへへ〜さ、行こう。そろそろおやつの時間だよ」

「そうね、行きましょう」


 褒めることでもない。でもシャルは謝れたことをちょっと褒めて、ジネットは心底嬉しそうに相好崩していた。二人は人間のままに素晴らしい速さで駆けていったが、見えなくなりかける頃にまた犬の姿に変身した気がした。

奇妙な出会いに皆顔を見合わせる。もう会うこともないかもしれないが、同じことを考えていた。エミリアが顎に立てた指で首を傾げ、それを口にした。


「どっちがお姉ちゃんかな?」

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