第1話 消耗品
「しまった、大事なこと忘れてた」
パイプの煙草を喫いきって、今度は紙でやろうとあらかじめ切ってあった巻紙を探してザックに手を突っ込むとカービン弾の箱に手が当たった。その箱は二度の騒乱で中身が少なくなっていた。ケーイチはにわかに蒼ざめてザックから弾を出した。広げられる弾薬を三人は珍しく眺めていて、一体何が起きたのかと不思議な顔をする。
「ケーイチ、どうしたんだ?」
「弾だよ弾、これ消耗品だ。それだけじゃない、弾倉も無くす可能性が高いし、パーツだって使ってれば摩耗して駄目になる。いや、パーツならなぜか神が仕様書をくれたから、町工場にでも頼めばなんとかなるかもしれないけど。ああ、でも基礎工業力の違いが」
「ナイフも使えるんだろ?」
「いやこれ銃剣でさ、確かに刃を研いでれば使い続けられるけど、俺は銃剣での戦い方についてあまり教わらなかった。それに規格が違って、銃剣ってもこのカービンには着けられないし。銃を使っての戦闘ならなんとかなるけど、これじゃああと何回も戦えない」
絶望の冷汗をかき何度も額を拭って、ハルトはどうしようかと思案して、ラスナは呆れたように溜息吐いた。歳上なのにみっともない、と考えまいとしていたくだらないプライドであたふたしていると、エミリアは目をキラキラ輝かせてカービン弾を1発取った。
「これが銃弾?」
「そう。こっちの弾薬はどうなってるのかな、マスケット銃みたく弾丸と装薬が別になってるのかな。仕方ない、撃ちきったら捨てて、新しい銃を調達するか・・・」
「ふふん、魔練術師に任せなさい!」
「え?」
「鉄の部品はもちろん、火薬だって作ったことがあるの。こういう筒状のは初めて見たけど」
胸を張るエミリアは、実に楽しそうに呪文を唱えた。呪文というより、食事前のお祈りのような言葉だった。床に目一杯伸ばした両の掌を置く。
「海よ空よ大地よ、空気よ、善良なる人々と我ら一族と連れ人の守護神の名の下に、新たな知恵を授け、顕なる力を授けよ」
「うわ!」
エミリアの身体の下に魔法陣の如く現れる紋様回転して、蛍火のようなオーブがいくつも光って集まり彼女に集約した。尻もちつくケーイチはハルトと対峙した時彼の手から発射されるエネルギー波のようなものに弾き飛ばされてはいたが、目の前で繰り広げられるファンタジーが突如現実味を帯びて驚き隠せない。やっと単なる他の世界ではなく異世界に来たと実感する。あっけらかんとしているラスナはケーイチに対してなぜか得意そうだった。
「ケーイチ、エミリアの力を見るのは初めてなの?そっか、あの村に魔錬術師はいないか」
「ラスナは見たことあるのか!」
「ウチの領地に魔錬術師の人がいたから。きっと、こんなに小さいのはあっという間に作っちゃうわよ」
高速回転する羽が落ち着いていくような音が消えるとともに光も収まり、ケーイチの衝撃に比して騒音は無いのか馭者は最後まで気づかなかった。エミリアの手と手の間に、真新しい.30カービン弾が直立していた。おそるおそる摘まんで全体を確認すると赤銅色真鍮色豊かにくすみ一つない。神のくれた図嚢の仕様書は本当に何だったのか。ハルトが魔錬術師を仲間にすることは予見しなかったのだろうと思うと、カミサマのくせしてザマぁみろという気がした。
「これ、複製したの?」
「そう、汚れは取ったけどね。真鍮と銅はこれまで扱ってきた物と似てたけど、火薬、初めて感じた構成だった」
ケーイチは、無煙火薬のことか、と誰かが言っていた軍用火薬の成り立ちを思い出す。元の世界で使われている無煙火薬は比較的近代になってから発明された物であったらしい。
「感じた、という言い方はいかにも無から有を産みだす魔錬術師らしい。それ毎回唱えるの?」
「ううん、作るものにもよるけど、これを唱えるのは何かを初めて作る時くらい。ふう・・・」
「お疲れさん。くたびれた?」
「モノが初めてだとね、ちょっと」
ぺろ、と舌を出して目を細める可憐な少女に、高度な魔法技術にケーイチは感謝した。これで自分の今にも消え入りそうな存在意義が保てるというものだった。
しかし、こういとも簡単に高度な技術で作られた物が複製されたとなると、これまでせいぜい産業革命手前だと思っていたこの世界の技術力も侮れなかった。案外元の世界と対等であるのかもしれず、それに、攫われたと言ったラスナの言葉が今でこそ十二分に理解できた。思えば技術者の誘拐というのは、歴史上多く行われてきた事例である。これから銃の部品等の複製を頼む機会も増えるであろうが、言い換えればエミリアの新知識新技術獲得であるといえた。もしカービン銃がここでは世界最高峰の性能を誇る武器であったとしたならば、製造能力を持つ彼女が悪党に誘拐されて生産を強要された時、考えるだに恐ろしいことが起きるのは必至だった。だから、現時点よりエミリアの守護が義務化された。
「守らんとね、エミリアを」
「ん?」
ここでヒロインの頬が赤く染まってくれないのがオマケのオマケたる所以。ハルトであるならばきっと撃墜の殺し文句になったであろうとケーイチは苦笑してみる。最も、頬を染まらせるだけのエピソードがまだまるでないのだけれど。
「だってすごい技術を使える能力を持ってるんだから。悪用されると困る。てか、魔錬術師に悪用を試みた奴はいなかったの?」
「いたよ。でも力を奪われて追放されちゃった。さっきの願いの言葉通り、善良な人々と自分たちに幸があるために、私たちの力はある」
そうつぶやいて少し遠い目、眼鏡越しに誰かを見ていた。きっとよく知っていた誰かが彼女の里から消えていったと想像に難くない。
「だから何に力を使うかは、それぞれの魔錬術師の集団の長老がよく調べるの。特に悪い心を持っているかどうか」
「ありゃ、今でも心の中が見られてるってわけ?」
「あはは、まさか。自分で言うのもなんだけど、私、こう見えても結構な実力を認められて信頼を置かれてるの。それにケーイチくんはハルトくんと出会うことが決まっていたんだから、疑うのはナンセンス」
「彼も、あなたからよう信頼を置かれてるのね」
たった二週間で、と意地悪を言いそうになるのを抑えてまた煙草。エミリアとは幾分打ち解けられた気がして、これを足掛かりに二人ともより交流を持ちたかった。しばらくすると荷馬車が止まって、馭者が顔を出した。
「馬休ませて飼葉と水やるがな。あんたたちもしばし休みなされ」
ケーイチはカービン銃とエミリア作の弾を取りイの一番に荷台を降りた。そして続いて降りてくるハルトの、伸びをする背を軽く叩く。
「ハルトの力をもっと見せてくれないか。それから、自分の力では何ができて何ができないのか考えたいんだ」




