第12話 林へ!
松明の火は増えつつあった。考えられるのは、敵はこちらの兵力の分散、つまり庭に火を点けて注意を逸らすか消火に向かわせて人手の少なくなったところを狙い邸宅を襲撃すること。虐殺が目的なら初めから家に火を点けているはずである。この家にめぼしい物が残っていないことを知らずに略奪を試み、メイドたちの凌辱も望むのか、おそらく両方であろうが、ともかく家に放火はしないであろう。
しかし像は。あれは傍目相当な芸術品に見えるのだ。運ぶには大きすぎて奪取はしないだろうが、奪えない物を前にした略奪者がすることといえば容易に想像がつく。
「あの像、取り外しは?」
「無理だ。でも考えたら、もし火に巻かれたとしても石でできているから焦げるだけで済むかも。僕の取り越し苦労だったかな」
「いやぶっ壊すだろう」
「なぜだ!?」
「運べんなら壊すさ。俺だってきっとそうする」
「そんな、なんて考えだ、なんだってこんな野蛮な!」
「まあ様子を見よう。家の物は燃やさずに済ますにはどこに火を点ければいいか、探しているはずだから」
ケーイチはカービンを肥料箱に立てかけると煙草に火を点けようとして、標的になるかもしれないからやめた。敵もこちらの出方をうかがっているのか、再び襲撃してこなかった。
どれだけの時間が経ったか、膠着状態となって幾時間、日付も跨いだかもしれない。しかし頼みの自警団はなかなか姿を見せず、解けない緊張はひたすらに疲労を溜めていった。
軍使みたく投降勧告してくる奴もいるにはいたが、何を言うにも信じることができるわけもなく、その都度発砲して追い返す。戦争をしているわけではないのだ。こちらに人質でもいればともかく、降伏にあたって安全を保障できるものは何もない。
「何度も言ってるだろう、武器を捨てて出てくれば乱暴な真似はしない」
「お前らこそ早く帰ったらどうだ、そのうち自警団も軍隊もワンサと来るぞ!あと、てめえらじゃ話になんねえ、農民連れてこい!」
「交渉は俺たちがする。いい加減にしないと林に火を点けるぞ!」
「なんなら一思いに家に火を点けたらどうだ、弾ならくれてやる!」
三度目の使いを追い返した。乱暴な応対をしたケーイチは溜息吐き、こっそりケイトが持ってきてくれた茶を口にした。冷め切った茶はぬるく喉を潤した。
「出ていったら本当に危ないんですか?」
サンドウィッチを差し出すケイトは軍使の存在に揺れ動く様子で、不安げな瞳を向けてくる。ケーイチは目も見ずにサンドウィッチを受け取ると口に突っ込んだ。
「武器捨てて出てみろ、一斉にとっ捕まってエリックと俺は殺されるし、メイドたちは言うも不愉快な事態になる。もちろんこの家だって」
「でも・・・農民のみなさんがそんなことするでしょうか。確かに土地を離れなければならなくなったことは悲劇ですけれど、こちらだってわざとやったわけじゃありません。話せばわかってくれるのではないですか」
「農民が純朴なんて幻想だよ、どんな仕事してたって人が待ち合わせる醜さは自ずと顔を出す時は出す。それに、この襲撃を指揮しているのはどうも農民でなくあのチンピラだ。話してわかれば、無抵抗の守衛を撃つもんか」
「そんなものでしょうか」
「そんなものです」
しかし、主導権を握るのがチンピラであることは気掛かりだった。農民が主体であれば、まずはぶつけたいことを主張するはず、クリーズ家への怨嗟だとか何とか、だけどそうした叫びは一向に聞こえなかった。
一縷の望みを持つわけでもないが、ともかく農民と話ができればいいのだが、軍使に農民を出すように言ってもなしの礫だった。
ケイトは時折部屋から空を見上げる。雲が出てきた空は不吉に灰色を流していて、今にも泣き出しそうに手を伸ばした。
「レッタちゃんは無事に着いたかな」
救援の遅さから来る不安、ケーイチはケイトほど心配していないが、力なく肩を叩いてやるだけだった。
軍使の登場はそれっきりで、火が動き始めた。方々に手頃な燃やせる物を探しているのか、散らばる敵は像のある林にも近づいていた。あれを破壊するのにはハンマーが必要だろうがまだ石を打ち付ける音は聞こえない。ケーイチは窓を開けて林の火を目掛けて撃った。暗いし距離はあるし、誰への命中も期待しないが像の付近から火は散らばるようだった。しかし限定的なもので、またいつ像に向かうかわからない。追ってきたエリックも臆せず発砲して、ケーイチに叫んだ。
「もう像のことはいい、それよりここで抵抗すればきっと皆無事だ!」
「像は君がここを失いたくない理由だろう。なんとかしたい」
「しかしここを出るのは危ない。家か像か、でも家を選ぶべきだって言ったのはケーイチじゃないか」
「言った。君が主人としてするべきこととして。だから君たちはここにいるべきだ」
「君たちは?」
「そう。でも俺はここの人間じゃないから。好きにさせてもらうさ」
「まさか、ケーイチだけで行く気なのか?それなら僕も」
「おい、ご主人様を抑えろ。外に出るってんだ」
「なりませんエリック様!」
メイドたちはすぐさまエリックを取り押さえると、今度はいくら主人の命令で話せと言われても頑として絡みつけた腕や足の力を緩めなかった。ケーイチはぶつけられる同行の懇願や罵声も耳から流し、廊下の外に足を出した。
「僕がいけなかったんだ!あんなこと話さなければよかったんだ!」
歩き始めた脚を止めて部屋に引っ込めた。くるり後ろ向くと、メイドたちの身体の隙間からエリックの顔が覗き、涙に濡れている。ケーイチは二歩近づいて屈むと顔を寄せて、耳元に唇を寄せた。
「あの像で言われなきゃ、君の心が何でできているのかを知ることはできなかったよ。知れてよかったと、俺は思ってる。エリック」
急に涙を止めるエリック、魔法をかけられたみたいに固まって、ケーイチが出ていったのも目で追えなかった。実際彼にとってこれは本物の魔法で、つまり名前を呼んでくれたことが、思い出の甘さだけを蘇らせてくれた。一度鼻をすすると力が抜けて、離れるメイドたちの隙間からだらんと腕が降りた。
階下のテラスから外に駆ける足音が聴こえて、続いて銃声も轟いた。エリックは反射的に立ち上がると銃を取りメイドたちに命令する。つい今取り乱してくちゃくちゃだった顔はどこやら、凛とした声だった。
「援護だ、ケーイチの援護を!無事に林まで辿り着かせるんだ!」
「援護か。こちらが囮になるつもりだったが助かる」
庭に出て幾らも走らないうちに射撃を受けたケーイチは、所々伏せて応射していた。そうこうしていると邸宅の二階が光り、こちらへの攻撃が減った。すかさず立ち上がると一目散に像の林へと駆ける。
なぜこうも像のことで頭が一杯になるのか、ケーイチにもよく解らなかった。不器用に自分を求めたエリックを心底好きになったからなのか、彼にとって像が失うのは堪え難いから同情しているのか、どちらともなのかもしれないが、だからといってこんな危ないことをできてしまうのか不思議だった。
「あの場所が始まりで思い出だから?まさか」
これではまるで本当に恋人みたいだと、内心嗤いながら林に飛び込んだ。




