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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第五章 睫毛
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第11話 招かれざる客

 明くる日、レッタがせめて一日は居たいと言った。しかし宿は取らなくてはならないから夜まで居座ることもできず、おやつくらいは食べていくことにし、出発の準備を整えて玄関に立ったのは夕方だった。空は淡いオレンジ一片残して陽が沈みかけていた。

 久々に背負うザックや腰の弾帯は重く前屈み気味なケーイチの横では、レッタがケイトとの別れを名残惜しんでいる。


「きっとまた来るからねケイトちゃん。カーレからでもグリーク・サーカスからでも飛んで来るから」

「うん、私もレッタちゃんに会いにいくね。カーレ島にいなければそのサーカスにだって、どれだけ離れていても行くからね」

「ほんと⁉︎きっとだよ、約束だよ」


 ぎゅうぎゅうとハグをするレッタは結局ケイトの秘密を知ることはなかった。ケーイチは、もしレッタがケイトは男であることを知ったらどんな反応をするのか一瞬思い浮かべたが、この友情は性別を超えて不変なものであろう。元より真実を自身の口から伝える気もない。

 性別、これを超えて想いをぶつけたエリックは、初対面の時と同じで、動揺もなにも見せずにただ握手を求めた。握り返して目を見据えると彼の瞼が二、三度瞬き、長い睫毛の奥にある瞳に自身が小さく映った。



「では、これで。お給金は少々頂き過ぎな気もしますが」

「いいんだ、僕からの気持ちだ。メイドたちも皆一人前に銃を扱えるようになってくれた」

「恐れ入ります。しかし、できればその技術を使わずに済むように祈っております」

「ありがとう。また近くに来ることがあれば寄ってくれたまえ」

「ええ、必ず」


 手を離してメイドたちにも一礼する。彼女たちからは特別な礼の言葉やらは賜らなかったが、枕を共にした夜を思い出して、幾分複雑な気持ちで背を向けるとレッタの手を取った。引くと彼女は重い足取りでついていき、いつまでも後ろを向いて手を振り続けていた。

 ケーイチも身体のどこかにある名残惜しさは、未だ向けられているであろうエリックの視線を背に感じると首筋熱くなって認識してしまい、レッタと同じく振り返りたい衝動に駆られもした。しかし振り返ることへの何の意味も、これからのことを考えると見出せなくて、ただ足早に道を行き出口を目指した、やたら早く歩かせることを当然レッタは嫌がった。


「早いですよケーイチさん!もっと、もっと見てたいのに」

「もう陽も落ちた、早く行かなきゃ宿が取れん。そこでハルトたちを待ってなきゃ」

「だからって、もうちょっとゆっくり歩いてくれればいいのに」

「お前はまた会いに来るんだろ、それならいいじゃないか。こんなに名残惜しまなくたって・・・あん?」

「わっ、急に止まらないでください!」

「静かにしろ、様子がおかしい」


 ケーイチはレッタを抱えると道を逸れて茂みに身を潜めた。そろそろ守衛の詰所が見えてくる位置である。その詰所辺りには多くの人が集まっていて、守衛と揉めているようだった。目を凝らすと武器らしき物を持っているのもいる。不吉な予感は肥料箱の山と共に脳裏を過った。まさかこんなにタイミング()()現れるとは、思いもよらなかった。


「おい、俺の荷物持って戻れ。そんで、来るべき時が来たかもと皆に伝えるんだ」

「ど、どういうことですか、来るべき時って」

「なんでもいい、早く行け」

「でも」


 レッタがまごついているうちに群衆から銃声が起きた。マスケット銃のシルエットはちっとも見えなかったから銃の所持については不確かだったが、少なくとも一人は、短銃を持っている。驚いたレッタは反射的に翼を出してそのまま邸宅へと飛んでいった。ちゃんとケーイチの荷物を掴んでいってくれたのは、配達人としての教育を受けているからか。しかし派手に飛んでいった。大袈裟な音に群衆はケーイチに向いて、チャンスを探る暇もない、それに向こうはもう発砲しているのだから、茂みから飛び出してカービンを立て続けに撃った。


「下がれ、喰らわすぞ!バカ、門の外へ行くんだ外へ!守衛さん傷は?」

「あ、脚に・・・」

「今連れてくからしばし辛抱してくれ。誰だ貴様ら、何のつもりでここに来た!」


 守衛を背負うケーイチの問いかけに誰も答えない。銃口向けられるまま門の外に一旦退散した群衆をできるだけ冷静に数えてみると、2、30人ばかりかチンピラみたいのとそうでないのと半々に、彼は短い農民生活からチンピラ以外はルビヤ村人と同じ手をしていると判断した。チンピラは雇われた流れ者か何かなのかもしれない。農民が何か言おうとするのを制してチンピラが前に出ようとした。後退りながら足元に数発ブチ込んで牽制すると彼は肩をすくめてみせた。


「動くなアホタレ!」

「そうカッカするな。俺たちはここの主に用がある。この人たちはどうやらクリーズ家には大変な迷惑かけられたみたいで、是非とも謝罪の言葉をもらいたいんだ」

「テメーこのチンピラ、貴様みてえなのに用はねえぞ!」

「そうはいかない、俺たちは雇われたからな。高慢なクリーズに平和的に謝罪を求めに行っても鼻であしらわれるのは目に見えていたからな。惨めに追い返されないように用心棒を求めたってわけだ」

「ああだから俺が雇われた。暴徒の兆しありってんだからな。どうも貴様らみたいな奴のことらしい」

「ま、なんでもいい。おとなしくクリーズを出してもらおう」

「やかましい、無抵抗の守衛撃ちやがって、純然たる被害者だけ来るなら来い」

「なら、実力でこっちから行かせてもらうぞ」

「寄るなッ!」


 また撃つと後ろに向いて走り出した。背後から銃声が一つ、当たりはしないが、道の先に飛んできた矢が刺さったりしておっかない。筋肉痛になること請け合いに渾身の力で走り通して、見えてくる邸宅、玄関にメイドたちが控えていた。ケーイチは屋内にゴールすると背中の守衛を降ろした。レッタが怪我人がいることを伝えてくれたのか、ケイトが医療品を持って待機していてくれた。他のメイドは準備よく銃を携えて指示を待っていて、エリックもいる。

 家か像か、悠長に問いている暇はなかった。


「ケーイチさん!」

「怪我人だ、脚を診てやってくれ。それから、暴徒が30人ばかり、半分は農民らしくて半分はチンピラ、弓矢持ってる奴と銃持ってるのが何人かいる」

「いよいよ来たか・・・」

「まごまごしちゃいられない、とりあえず二階へ。中央階段に俺とイソラ、左の階段にはシオエラとリマ、右はエルサとニータが、キャナは他の皆を連れて左の肥料部屋前に。いいか、教えた通り一人ずつ撃て。その間にもう一人が装填するんだ、いいな!」

「はい!」

「エリック様、みなさん、こちらへ」


 ケーイチは自分で驚くほどスラスラとメイドたちの名が出た。夜伽に二、三度呼んだだけだった。頭が急に鮮明になるのはメイドたちも同じ、イソラは早くも装填を始め他もそれぞれ配置に向かった。キャナがエリックたちを連れていく時、彼は一度ケーイチを見た。目が合う一瞬、何か言おうとしてケーイチの声が被さる。


「後で必ず追いつく、おとなしく待ってろ」

「・・・ケーイチ、無茶はするな!」

「しねえよ、給料外の仕事だ。早く行けったら!」

「さ、お早く!」


 ようやく五人は二階へ上がっていった。見届けるといよいよ近づいてくる群衆の足音に、ケーイチはカービンの弾倉を新しい物に取り替えて踊り場に控えた。横のイソラに顔を向けると、彼女は動ぜず銃を構えて待っていた。覚悟を決めているというより、少々難しい仕事を前にするメイドとしての顔つき、きっと他のメイドたちも同じであろう。


「怖くない?」

「これがエリック様をお守りするという仕事でなければ怖かったでしょう。でも違う、私共はエリック様にお仕えしております。これもメイドの仕事です、怖くはありません。ただ慣れないことをするっていうだけで」

「しかしこんなこと、主従関係だけで割り切れるもんでもない。よっぽどエリックが好きなんだね」

「あら、気づいてらして?」

「あたりきよ。おい、来るぞ。ハンマーを」

「もう上げてましてよ!」


 正面玄関めがけて突撃してきてくれたのは運がいい。なだれ込んできた敵、距離もなく縁日の射的で、入ってきた順番に二、三人は倒したか。屋外に逃げ出したところをまた撃つと足音が左右に分かれるのが聞こえた。窓を破って他の道を探す気であろう。ここはイソラに任せて左右の階段を見に行くことにした。

 まず左の階段に向かうと、複数の銃声が聞こえた。飛ぶようにして階段の角を曲がると、リマが格闘戦を演じて、シオエラは服に血を滲ませながら覆い被さる男に犯されようとしていた。倒れた敵も一人転がっているが突破されかけている。ケーイチは慌ててシオエラの強姦者を銃床で殴りつけるとリマの相手を撃った。


「野蛮人!」


 リマは素早く無力化された敵を押し退けると、短銃を抜き銃床の傷で額から血が噴き出る男を射殺した。その剣幕に圧されたのか他の敵はそれ以上追ってこなかった。

 シオエラの裂かれた服の間から、脇腹に銃弾による擦過傷が見える。リマは自身のエプロンの端を千切ると患部に当てて必死に押さえ込んだ。


「ごめんなさい、私がもっと早く弾込めできていれば」

「いいのよ、なんとか助かったんだし・・・痛い!」

「エリックのとこに連れて行こう。手当てを受けさせるんだ」

「でもここは」

「怖気ついたのか敵は引いてる。しばらく追ってこないと信じよう。リマはシオエラの銃を持ってくれ」


 シオエラの血はリマの手を熱く濡らして滴り、彼女を背負うケーイチの背にべったり張り付いた。途中右階段のエルサたちとイソラも呼び、皆でエリックのいる倉庫部屋に集まった。エルサとニータ、イソラは怪我一つせずに、それに右階段では首尾良く撃退に成功していた。

 負傷者を背負って現れたケーイチは自身もシオエラの血に塗れており、エリックは蒼ざめて近寄った。


「シオエラ、ケーイチ!ひどい血だ、大丈夫なのか?」

「俺はなんともない、怪我したのはシオエラだ。早く治療を」

「はい!」

「あとそこに、廊下に肥料箱持ってってバリケードにしろ!」


 敵の怒声は専ら外から聴こえて、それも徐々に遠ざかっている様子だった。窓から外を見ると、庭の端に集まって松明の火を点けていた。略奪と破壊、それに強姦が目的であるなら、庭の木という木に火を点けられて炙り出される可能性は多大にあった。そうなれば像の破壊も免れられないだろう。

 像より先に考えなければいけないことがある。負傷者の脱出であった。


「クリーズ、街へ通じる道は』

「庭から行く道しかない」

「そうか。レッタ、負傷者連れて飛べるか」

「え⁉︎で、できるかもですけど」

「じゃあな、守衛とシオエラを街医者に運んで、ついでに自警団呼んでこい。しかし自警団より先に絶対に帰ってくるな」

「そんな!ケーイチさんたちやケイトちゃんはどうなっちゃうんですか!」

「イシヅカさん、私のことはいいです、エリック様を先に街へ」

「アホ、ちゃんと治療受けなきゃ死ぬど。それにこんな状況で怪我人抱えとくのはよろしくない」

「しかし」

「シオエラ、僕のことはいいからケーイチの言う通りにするんだ」

「でも私はメイドです、ご主人様より先に安全な場所へ行くなど」

「命令だ、聞けないのか!」


 ケーイチやレッタだけではない、守衛もメイドたちも皆こんな語気強く怒るエリックを見るのは初めてだった。シオエラも痛みと叱られる優しさから残留を諦めて、力なく頷いた。


「そういうことだ。レッタ、準備しろ。心配するな、ケイトのことは間違いなく守る」

「レッタちゃん、二人をよろしくね。ケーイチさんがいてくれれば私は大丈夫だから」

「約束ですよ、ケイトちゃんもケーイチさんも、絶対無事でいてください」

「ああ、もちろんだ」


 負傷者二人を腹とレッタの背に縛り付けて、メイドの黒い服を被せると廊下側の窓から飛ばせた。声なく泣き始めたレッタの涙がケイトの振る手に一滴付いて、彼はぎゅっと握りしめると頬に当てる。しばらくじっと佇むと、後ろを向いてケーイチに手を差し出した。


「私にも銃をください。一緒に戦います!」

「一緒に戦うのはいい、だけど君には万が一を考えて救護を頼みたい」

「できます、訓練はよく見ていました。私にも銃は使えます!」

「それは他の人間に頼む。おい、クリーズ」

「なんだ」

「すまないが銃を取ってくれ。像も守りたい、人手が必要だ」


 強靭に反対するメイドの言葉は二人の耳に入らなかった。エリックはしばし瞑目するとカッと長い睫毛を見開き、シオエラの銃を取った。


「僕はこの家の主人だ。僕が戦うのは当然だ」

「そういうこと。安心しろ、俺がついてる」


 ケーイチは相好崩して一瞬ふざけたように笑い、また目を鋭く光らせると弾薬を渡した。外では暴徒がまた動き出していた。

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