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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第五章 睫毛
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第10話 去る前

 ハルトたちからの手紙により、彼らは間も無くこの街に戻ることが判って、滞在は休日から残り三日間となった。教えることは教えて、訓練も、自動装填銃を使うケーイチからすれば欠点である、マスケット銃やフリントロック短銃の発射速度の遅さを補うための素早い装填動作を繰り返すばかり。ただエリックの望むこの地の防衛について、集団戦術という観点は苦手なケーイチなりに考えていた。

 レッタは複雑そうな心持である。ハルトとの再会は待ち遠しくとも、ケイトとの別れは寂しいものがあった。アンニュイに溜息を吐く彼女を、こればかりはからかう気になれない。


「寂しいか。今度はまたハルトに甘えられるじゃないか」

「そりゃ、まあ、ハルトさんには今すぐにでも会いたいです。でも、せっかくケイトちゃんと仲良しになれたのに、もうお別れだなんて・・・」

「永遠の別れなんてそうそうないもんだよ。レッタもケイトも元気にしてりゃな」

「ずっと一緒にいたいです」

「しばらく会わないで次会える時の感激はひとしおだよ。それを楽しみにするって思える方にシフトしなきゃ。どうしても寂しきゃ夜空を見な、そこにある月はレッタにとってもケイトにとっても同じなんだから」

「ケーイチさんにしてはいいこと言いますね」

「誰かの受け売り映画の文句」

「ケーイチさんは?二人で寝るくらいにはエリックさんと仲良くなったみたいですけど、寂しくないんですか」

「そうさなあ、俺は・・・」


 ケーイチとエリック、内容はともかくパジャマパーティーの事実を知っているレッタの目には、ケイトと自分同様親友になったのだろうと思っている。しかしあの夜が明けてからも、関係に劇的な変化が現れたわけでもなかった。無理に避けるわけでもなく、なりたての友人というくらいには会話を交わすようにはなったしエリックも訓練に参加した。しかし再び唇を交わすことはなかった。


 いい加減な防衛計画、というより何をどこを守るかという目的や指標をいくつかまとめた紙片を持ってエリックの部屋を訪れたのは、いよいよ去るという前日だった。その日食事も特に宴会が催されたというわけでもなく、普段よりは高級な酒が出たくらいで、それも酔いはしなかった。

 部屋の前に立って扉をノックしようとすると、中で何やら口論している。ケイトの声らしいが内容は詳らかにならず、そのうち乱暴に扉が開かれた。


「わっ!」

「おっと、大丈夫かい?」

「ケーイチさん・・・失礼します!」


 気が立っているのは聞かずとも判る。ケイトに関しては、あの夜以来避けられている気がした。エリックを盗るような真似をしないとは言ったものの、ケーイチが言っ奇妙なことへの理解は得られなかったのか、嫉妬されている目で時折見た。

 まいったなと頭をかきながら扉をノックすると、溜息混じりに「入れ」と応答があった。部屋に入るとエリックが机に頬杖ついて疲れた顔、ケーイチが現れると少しだけ明るくなった。


「ケーイチか」

「よう。今のケイト、どうしたんだ。なんか怒ってるみたいだったけど」

「あの晩のことをしつこく聞いてくるんだ。君と何をしたのかって」

「正直に言ったのか」

「いや、何もしてないとだけ。でも信じてくれないらしい」

「あの子は君のことを好きらしいからな。無理もない」

「まさか。たしかに主人として僕のことを慕ってはくれているが、他のメイドと違って恋愛的な意味合いでの好きはケイトにはないさ」

「君にはそう見えるのか」

「どういうことだ?」


 例の晩、エリックに会う直前にケイトと交わした言葉から、彼が他のメイドと変わらず主人と使用人としての信頼以上の感情を抱いているとケーイチは勘づいている。エリックの心の持ちよう一つで彼の人生が別ればかりでなくもっと薔薇色に満ちたものに変わるのではないかと、そうは思うものの、結局本人次第であるから深く言及はしなかった。、


「まあいいや。それより、一応俺なりにこの家の防衛について考えたから、これを渡しておく」


 エリックの隣に来くると背中に胴をもたげて紙片を出した。後ろから抱きつくようなこの格好、面倒な理屈抜きに友人としての行為。エリックは笑みを浮かべると紙片の内容に目を通した。


「これは・・・」

「前にも言ったけど、邸宅の建物そのものと像を同時には守れそうにない。少々距離があるからな。はっきり言って、まとまった人数を直に集めやすい家の方を守ることが現実的だ」

「そうか。そうだよな」

「かといって諦めろともいえない。襲撃を早期に察知することができれば像の防衛に向かうことができる、が、その時は家が無事で済むと考えない方がいい。像を守るにせよ全員で行くべきだ」

「どちらを取るか、ということか」

「君としては像を取りたいんだろう。しかしこの家の主人とあっては、家財消失を防ぐべき、と言いたい」

「わかってるさ」


 些か厳しい顔をしながら紙片を裏向きに置いた。ケーイチはエリックが割と自己中心的にものを考えて行動に移す節があると、像の下での行為や何やらから感じていたが、やはり家を預かる身としての意識は逡巡としているのだった。ケーイチは紙片を更に机の端に追いやって、エリックの頭を撫でてやった。


「自警団や軍隊なんかが来るまでの中継ぎだ。そんな状況を作り出せるような物騒な連中なら、大した時間もかからず救援が来るさ」

「そうあってほしいね」

「それじゃあもう寝るよ。ここでの日々に感謝します、お世話になりました」

「なんだ、改まって。僕からも、クリーズ家を代表して感謝する」

「あ、給料は・・・」

「忘れてない、出発の時に渡すさ」

「ありがとさん」


 おどけて笑うと背中から離れた。エリックはどことなく寂しそうに笑い返して、扉を開けるケーイチと手を振り合う。

 帰ってしまうとエリックはベッドに寝っ転がり、溜息吐いて目を瞑った。瞼の裏にケーイチの背を浮かべて、もう燃えるような慕情湧きはしないけれど、腹の底ぐっと詰まる気がして一筋涙が流れた。

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