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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第五章 睫毛
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第8話 乾いた唇

「話を聞くっても、一つははっきりしてる。お前は男が好きなんだな」

「そう」


 単刀直入に判り切ったことを言うとエリックは力なく頷いた。

 エリックの部屋に上がり込んでケーイチは椅子を前後逆にして座り、ポケットの吸殻を暖炉に投げ捨てた。部屋の主はベッドの上で足を崩し女性の座り方、水を浸した布を頬に当てていた。詰問する気はなかったのだが、ケーイチの語気は少々強くエリックは縮こまる。


「それは問題じゃない」

「そこはいいのか?」

「いいのかじゃねえよ、どうだっていい。この前会った船乗りも女同士で好き合ってたけど、別に当人同士が良けりゃ構やしない。それぞれに趣向ってあらぁな。だがクリーズ、お前が間違えたのは、俺は男を性の趣向としないってことだ」

「だけどケイトのことや、僕が君の手を重ねた時拒否する反応をしなかったのは」

「ケイトのことは、意外には思いはしたけど、そういう容姿ってだけの話。それから像でのことは・・・あんまりお前が綺麗に見えたからさ。本当のこというと取り込まれかけた」


 エリックは綺麗と言われると頬を染め、しかしケーイチを奪えなかったことが結果だから悔しそうに目に涙を溜める。ケーイチは捲し立てるように彼の頬を指差した。


「それだよそれ、赤くなりやがって。なんで俺なんだよ。それとも、男なら誰でもよかったのか」


 ケーイチが一番聞きたかったのはこの点である。誰でもよかったにしては、綺麗と言われて頬を染める必要もない。だからといって惚れられるようなこともしていないからエリックの好意は謎めいていた。彼は目を剥いて否定する。


「違う、誰でもよかったわけじゃない!君が・・・君がよかったんだ」

「なんでさ。知り合ってたかだか一週間、それに今日まで事務的なこと以外話したことはなかったじゃないか」

「一目惚れだ、おかしいか!」

「ハア⁉︎」


 一目惚れなんていっとうおかしい。ケーイチ自身一目惚れされる要素を持っているだなんて思ったこともなく、どこをどう見てそんな気になったのか。固まっているとエリックの方から切り出した。


「初めは、男が来たから君のことを観察してた。僕は男が好きだから。でも、君の唇の動きを見てしまった時、僕は墜とされたんだ」

「動きって、どう動いて?」

「銃の作動を確かめていた時だ。唇を舐めて薬莢を噛む君の仕草が、力強さが、僕にはたまらなかったんだ!」

「馬鹿!そう安っぽく惚れるな!」


 ケーイチは自分の唇に指を当てた。乾燥しかけた上に煙草臭く、どうにも魅力ある要素とは感じられない。しかしそれはエリック本人が魅力を見出したのなら問題ではなく、彼が感じ取った力強さとやらがエロスに転じたとでもいうのか、そんな理由の一目惚れなんぞあるか、ケーイチは続けて怒鳴ろうとして、自身の声がつっかえることに気づいた。対象が女であるか男であるかはともかくとして、唇の魅力から始まる一目惚れは、彼のフェティシズムからして理解できてしまうものだったのだ。昔にそんなようなことがあった覚えがある。だから、美しい者が向ける視線の根拠を知るや、ケーイチの血流が僅かに速くなった。帯びる頬の熱を意識しまいと、頭を激しく振って別のことを指摘した。


「も、問題はまだある!貴様は卑怯な手を使って、俺はそれに怒ってるんだ!なんだよ、俺の身体や趣向を調べるためにメイドを使ったりなんかしてよ!」

「そ、それは・・・メイドたちはああいうことの経験もあって、好きで、君とすることにも抵抗がないって言ったから。ケイトも、一緒に風呂に入って秘密を話すことはいいって・・・」

「そうじゃねえ、てめえ主人としての意識はどうなんだこの野郎!」

「メイドたちは僕のことが好きだ、僕の望むことなら喜んでやる、強制したんじゃない、いけないことか?それに、君だって」

「ああ戸惑いながらも抱いたさ、だから俺は俺でイラついてんだ、身勝手に!」


 最後の最後は結局エリックを責められるものでもなくなり、自身の咎を自白しているみたいになってどこかおかしくなる。それに頬の熱さも消えやしない。ケーイチは背もたれを叩いて立ち上がり、椅子が派手に転がった。彼の感情で行き場がなくなったのは怒りではないが、何かドン詰まりに導かれた気がして、ともかくこの場を去りたかった。


「どこへ」

「俺もお前と同じく頭ン中がぐちゃぐちゃだ。部屋帰って寝るよ」

「そうか・・・」

「気が向いたらまた来る」

「えっ?」


 エリックの顔は見ずに部屋を出た。乱暴に扉を閉じてもたれかかり、弾む溜息を吐いた。心臓が、怒鳴った興奮とは別に激しく脈打っている。整理をつけなければならない。エリックの世界から抜けられたと思っていたのに、彼のペースに流されそうになっていた。だからかもう憎めそうにない、怒っただけで元から憎んでもいないけれど。

 自室に戻ってベッドに突っ伏し、詰まる頭の横から縦から押した。この如何ともし難い迷路からぬけ出す方法、ぐるぐる迷って、なんとか頭だけでも垣根から出さねばと考えていたら、それは自分が崇拝する男性俳優や同性の友人たちに対する()()が、エリックが向けてくる想いと何が違うのかという点に行きついた。


「プラトニックしましょ、か」


 歌の一節を呟くとちょっと笑って、エリックの唇を思い浮かべた。

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