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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第五章 睫毛
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第7話 裸像

 しばらく歩いて、庭の端を辿ると林があった。石畳の小道が林の中に続いて急に道が開けると、そこにも小さな庭園があり男性裸体像の巨躯が堂々と中心に立っていた。エリックが足を止めると像に停まっていた小鳥たちが一斉に飛び立つ。森の中にできた美術館の敷地で迷子になり偶然の発見をしたような、ケーイチは素敵に思って、短くなった煙草の火を消し吸殻をポケットにしまうと像に触れた。


「立派なもんですね」

「そうだろう。これが、僕がこの家を捨てたくない理由だ」

「きっと相当貴重な芸術品なんでしょう」

「貴重かどうかといえば、そうでもない。有名な彫刻家が作った物でもないし」

「あら」

「誰が作ったかは問題ではない、僕がまだ子どもの頃からここに居たということが重要なんだ。僕の心を象ったルーツがここにある」


 像を懐かしそうに見上げるエリックは、一歩ケーイチに近づき彼の手に自らの掌を重ねた。不思議な行動よりも、その手の冷たさに驚く。女の手のようだった。長い睫毛の奥に控える瞳は手の冷たさに比して熱く、ケーイチは動けなくなる。胸打つ動悸の根拠は解らないが、エリックの言うルーツという言葉が膨らんだ。美しい少年と像に自然な繋がりが形成されることで、ケーイチはエリックの世界に取り込まれていった。

 ルーツ、この像が?大体()の裸体は大層性的な魅力を秘めていると、ケーイチにも感じさせていた。男であっても見惚れてしまいそうな、言った立派という意味には心に火を灯す妖艶さをも幾分か含んでいた。それはエリックに対しても同じ。この妖艶が彼の心を生み出していたのだとしたら。


「なんで、女の顔をしている」


 やっと開かせることのできた口の、吐息がかかるくらい近くにエリックの顔があった。少し惚けた瞳に上気する頬、異性のものとして捉えかける。小さな水音を立てる唇が淡く光った。


「僕の顔が女に見えるのか」

「お前は女なのか、ケイトが女に見えてそうでなかったのとは逆に」

「僕は正真正銘の男だよ。女に間違われることもないとはいえない。君にとっては残念だったかもしれないが、もはや問題ではない。ケーイチ君、キミには素質があるんだろう?」


 取り込まれたと思ってももう遅い。ケーイチの頬の横にはエリックの頬が、華奢で軽いはずの身体はのしかかって押し倒されるとずっしり重く錯覚した。石のように固まったまま像を見上げる格好で、像の白い顔にエリックの火照る赤い(ツラ)が重なる。彼はケーイチを取り込むのと同時に心の扉をこじ開け侵入を試みていた。


「君はケイトの秘密を受け入れ且つ風呂を供にした。どうってことないみたいに。自覚がないみたいだから教えてやろう、君は男だって抱けるんだ。すぐその気になる」

「馬鹿げたことを言うな、第一お前、俺にメイドたちをけしかけたじゃないか」

「君の性的趣向が女に対するものを主とすることはよく知っている。しかしそれは(メイン)であるというだけで例外(イレギュラー)の存在を阻害しはしない。君の元へメイドを行かせたのは、準備のためさ」

「なんだと?」

「何から何まで僕は知っている、どうすれば君が悦ぶのかも」

「あっ」


 エリックはケーイチの顔の側に置いている手をずらして耳に指を這わせた。情けなく声が漏れる。マッサージの気分で耳に触れられれば単純にツボを押されているという話だったが、この状況で耳介を摘み優しく擦られるのは、身体中を熱っぽく激らせて息を荒く悶えてしまう。エリックはケーイチの変わる表情を楽しみながら首筋にキスをした。

 エリックの性的趣向だけでなく、それが自身に向けられることも受け入れかけて、ケーイチは彼の背に腕を回した。女性にされているのと同じ、メイドに夜這いされたのと同じで、思考を止め、エリックの口腔を蹂躙したい衝動に駆られた。


「見ていた通りだ。イソラがしたことを参考にしたが、あの晩と君は同じだ。僕にだってやれるんだ」

「・・・『見ていた』?」

「そうとも。君はメイドたちに楽しまれたと思っていたかね。実はそうではない、楽しんでいたのは、他でもない、僕なんだ」

「もしかして、客室の隣の部屋で」

「鋭いな、その通り。六日六晩、目を楽しませてもらったよ。今度は身体全体で・・・だから、キスを」


 あの夜、影絵を作って遊んだり食への妄想に唾を沸かしている時に感じた視線、気のせいではなかったのだ。後でメイドが来てベッドを供にしたその間、エリックはケーイチを()()()いたのだ。ケイトとの風呂だって、女と思っていたものが急に男に変わったことへ彼が拒絶しないかどうかのテスト。

 ケーイチは、自分を目的にするために誰かが利用されるのは、自分自身が利用されることよりも腹が立った。別にエリックから淫らな視線を向けられていたからというわけではなく、気持ち悪いとの忌避感からではなく、怒りから彼の頬を張った。


「いたっ!」

「ふざけんじゃねえぞタコ!俺欲しさにさんざ他人を利用しゃあがって、そもそもなぜだ、なんで俺なんだ!」

「僕を受け入れかけたくせに!ひどいじゃないか!」

「なにが酷いだ!ハナから俺んとこ来てすりゃあいいのによ、まだその方がマシだったぜ!」

「そんな・・・わかるわけないじゃないか!だから僕は、入念な準備をして君に迫ったのに!」

「馬鹿がよ!この・・・」


 怒りに任せてケーイチはある言葉を言いかけた。言いかけて、寸前で飲み込むと言葉代わりに像を殴りつけた。それを言ってしまえば自分の中にある綺麗事かもしれないが真実とせねばならない信念が崩される。

 支配世界が瓦解してしまえば統治者もただの愚者、エリックの場合は憐憫誘うように涙を浮かべていた。実際この少年は、希望的観測によって進行された計画が一旦道を逸れてしまうと対応できず、おろおろと目の前の怒気溢れる男に降伏していた。


「ちょっと来い」

「えっ」


 多少強引にエリックの腕を掴むとケーイチは立たせた。涙に濡れる頬を服の袖で拭ってやり、腫れるビンタの痕を優しく撫でた。


「殴ったのは悪かった。話を聞いて、俺からも話をさせてもらおうじゃないか」


 弄ばれたのはケーイチである。しかし相手の涙を見てしまうと妙な罪悪感が沸いて、それ以上この場で詰る気になれなかった。


 そんなに時間は経っていないと思っていたが、もう外出者がまばらに帰ってくる頃だった。ケーイチが寝過ぎていたせいかもしれない。エリックの手を引き林から出ると、帰ってきたレッタとケイトに出会す。二人は仲良く手を繋いで、同じく手を取り合うケーイチとエリックを見つけるとレッタが笑った。


「あはは!あっちも仲良しさん!よかったですね、ケーイチさん」


 笑うのはレッタだけ。ケイトは二人がどのような関係になったのか、明らかに殴られた痕のあるエリックを一度見ると顔を背けた。

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