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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第五章 睫毛
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第6話 エリックの世界に

 予定通り、ケーイチは昼まで寝ていた。寝言に朝食を断って、支度するレッタにも彼女を迎えにきたケイトにも気づかなかった。目を覚ますと陽は高く昇っていて、この分だと昼食も終わっているだろう。まだ寝足りなさそうな頭を叩きながらベッドを降りた。

 腹が減る。まさか誰もが家を留守にしたわけではないだろうから、余り物か賄いでも無心する気で調理場を訪れた。


「誰かおられますか?すみません、今起きたんですけどお腹空いちゃって」


 咳をしても一人、何の返事もない。大鍋の蓋を開けるとスープがなみなみと肉や野菜が浸っているが、夕食の仕込みと考えて手を付けるわけにはいかなかった。探せば誰かいるのだろうが、どうにも気配がなく歩き回る気にもなれず、ともかく食堂に足を向けた。ひょっとしたら作り置きの食事を用意しておいてくれているかもしれない。不気味なくらい静まり返った邸内の、何一つ動きはなかったが、食堂に入ろうとすると視界の端に白い物が揺れていた。よく見るとカーテンが揺れていてそこはテラス、窓が開いているのだった。外に出れば誰か見つけることもあるだろうと、食堂の扉を閉じた。

 誰かはいた。テラスの椅子に腰かけてエリックが本を読み、テーブルには簡単な食事が並んでいた。ケーイチは瞬き数回、手を伸ばしかけるとすぐ指を丸めて下げた。目の前にいるのにとても遠くに感じたからだった。エリックが溶け込んでも逆に支配を及ぼす風景に取り込まれてしまいそうになる。彼がこの家の主人だからというわけではない、彼が一人でいるから統治し得る世界に足を踏み入れかねないのだと、支離滅裂な思考がケーイチの動きを捕縛していた。

 ケーイチが声をかけれずにいるとエリックが振り向いて微笑んだ。途端に呪縛が解けてテラスに足を掛けた。


「長く寝たようだね」

「すみません、おはようございます」

「おはよう。食事がまだだろう、これを食べるといい」


 テーブルの食事は二揃いあり、エリックは対面のグラスに水を注いでくれた。彼は手前にある自分のグラスにも水を注ぐ。直前まで乾いていたエリックのグラスと手つかずのサンドウィッチは、まるでケーイチが来るまで食事を待っていたかのようだった。事実、ケーイチがサンドウィッチを噛むと同時に食べ始めた。

 訓練について、行程が半分ほど過ぎたところでまとめて進捗を聞くと二日目の晩に言われている。エリックは今そのことを尋ねた。


「銃の方はどうかね」

「教練ですか、皆さん慣れてきてくれたみたいです。マスケットも短銃も一通りのことは教えたので、あとは命中率を上げることに専念します」

「結構だ。メイドたちの火薬臭さが、僕に安心を与えてくれるよ」


 エリックは安心と言った。結局今までこの訓練の目的について聞けなかったケーイチは、彼がなぜ安心と申すのか、この会話の中でなら聞けると思った。サンドウィッチを水で流し込み、食べさしを皿に置いてエリックを見た。


「しかし、なぜあの人たちに銃を教えるのですか。初日にもお聞きしましたが、やはり教官としては目的を伺いたい」

「まだ話していなかったかな」

「ええ、クリーズさんはいずれ話すと申されましたが、まだお聞きしておりません」

「エリックでいい。僕は君より年下だ」

「いえ、私はやはり雇われの身でありますから、クリーズさんのままで」

「そうか・・・」


 名前で呼ぶのを断られて、エリックは若干残念そうにした。ケーイチも別に名前で呼んでもよかったのだが、メイドの身体を供されたことや先に感じた呪縛からか、なんとなく彼をエリックと呼ぶことが憚られた。

 エリックは伏した目を開くと続けた。手を組んで顎を置き、言い始めに少し開いた唇が艶がかって薄く紅でも引いているのかと、一瞬ドキリとした。


「もしかしたらケイトか誰かから、我がクリーズ家の事業を聞いたかもしれない。父上は肥料の開発業者をしていた」

開発業者(メーカー)ですってね、聞きました。私のいた村にもおたくの肥料が置いてあった」

「使ったのか?」

「未開封で倉庫に置かれてました」

「それならよかった。君のいた村の民が敵になることはないな」

「敵?」

「我が家の事業を聞いたのなら知っているだろう。一大企画で売り出した肥料は、耕地を破壊してしまう物だったんだ。少なくない数の村が使って、結果土壌と気候が合った一部の土地以外はとんでもない被害を被った。土地を離れることになった人もいるということだ。そうした農民が、我が家への復讐を企てているという噂を耳にした」

「はあ、復讐」

「襲いたくなる気もわかる、しかしこちらだってただ手をこまねいているわけにもいかない。だが損害賠償や事業の精算にかなりの金は使ってしまい、まとまった自警団を雇うこともできない。だから、当家に残ったメイドを戦力化することにした」


 ケーイチは大学に上がった頃に読んだ「グスコーブドリの伝記」の一編を思い出していた。

 厳しい自然と人間の関わりがテーマの童話に、主人公ブドリが他人から暴力を振られるシーンが僅かながらにある。ブドリは火山局の技師として空から肥料を撒いたものの、ある地域では地元の農業技師が調整を間違えたため作物が駄目になり、偶然そこを訪れたブドリが農民から暴行されるというくだり。

 しかしクリーズ家の場合と共通なのは作物が壊滅した農民がいるという点のみ、童話では、その責任は調整を誤った地元の農業技師にある。この地でクリーズ家に向けられる恨みは、ある意味正当な思考といえた。それはエリック自身よく理解していて、防衛のため銃を買い込み操法を教えられる者を募集したのだった。それでもまだ疑問は残る。


「なぜ銃の使用法を求めるのか、それはわかりました。でも肥料の開発製造、販売はお父上の会社からではないのですか。襲撃するのならそこだ」

「あいにく本社は街中にあって軍隊もいる。襲撃は難しいだろう。この家は別荘だが同時に流通拠点でもあった。あの夥しい不良在庫の山を、君も見たことと思う」

「では、襲撃を恐れているのなら、別の地へ逃げてしまえばよいではありませんか。お父上もお父上だ、本家の業務の煩わしさからあなたを離したいとあっても、噂があるなら呼び戻せばいいものを」

「父上には伝えていない。余計な心配をかけたくないからね。それにこの家も他人の手に渡したくない」

「なぜ?」

「少し歩こう」


 疑問を解消しようと躍起になるケーイチを気分転換させようとしたのかエリックが席を立ち、慌てて残りのサンドウィッチを口に詰め込んだ。後を追いながら煙草に火を点けても、彼は何も言わなかった。

 エリックの行きつく場所、そこでケーイチは、天にも判らないこの家の主人の全貌まで知ることになる。

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