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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第五章 睫毛
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第5話 秘密

 シオエラという女が帰った。彼女をして六人目、これでケイト以外のメイド全てと関係を持ってしまったことになる。

 シオエラは愛想の良い方で、終わるとにこやかに風呂へと誘ったが、あまりにも疲れてしまっていたから丁重に断った。六夜連続でセックスに及ぶことがこうもくたびれることだと初めて知る。幸い明日は休日となっていたから、濡れた布で体液を拭き取るだけにして昼まで眠りにつこうとした。

 目を瞑ると疲弊した脳は瞼の裏をスクリーンにして、六人の姿を並べて映し出した。皆裸、髪が黒いの茶の、目の碧いの黒いの、胸や尻の大きいの小さいの、次々に見比べていくも、どうにも白けた面に愛情なんかはありはしない。かといって嫌がる様子もなかったのも確かで、要は()()()で彼女たちは脱いでいた。

 義理、それがケーイチの出した答えである。そもそも夜這いの文化があった昔の日本ではよくあったことらしく、話には聞いたことがあった。客人に家の女を差し出すというのは、聞いた当時は嫌悪を覚えたものであったが、結局ケーイチは拒むことなくそれを受けた。では差し向けた奴、決まっている、エリックに違いない。メイドたちがスクリーンより消えるとエリックが現れた。だが不思議なことに、見たこともないのに彼も裸であり、美しく白い肌に細い指を胸に当てて、陰部は目に入らずまるで女性、長い睫毛が開くと湿った瞳が、ケーイチをじっと見据えて薄い唇が微笑んでいた。


「ケーイチさん、ケーイチさん、こら、起きやがれですよ」


 浅い眠りともいえないようなまどろみをレッタが覚ました。現実に戻ってきたケーイチは揺れる視界に眉を顰めて顔を横に向けると、もじもじしながら頬を赤くするレッタが必死そうに訴えかけた。


「・・・なに。朝じゃないでしょ、俺は昼まで寝るぜ」

「いくらでも寝ればいいのです。でも、ちょっと起きてください」

「なにさ」

「その、あの・・・」

「なんもないなら寝るよ」

「わーわー!寝ないでください!お願いです、ついてきてください!」

「変な声出すない。どこに行くんだよ」

「だから、その・・・おしっこに」


 ケーイチは呆れて再び目を瞑った。廊下が怖いことは解る気もするが、レッタもトイレについていく歳でもないと思っていたし、何より眠い。


「勝手に行けよ」

「そ、そうしたっていいんですが、何やら廊下には動きがあるみたいですからね。ボーカンでもいたら大変です。だから着いてきてください」

「メイドさんだろうよ、暴漢なんざいない。俺が保証する」

「うう、いじわる・・・廊下は暗いみたいで大変なんです、お願いですよお」

「怖いって初めから言いなさいよ。寝みいなあ」


 目を擦って身体を起こし、生乾きの下半身を気にしながらレッタに手を差し出した。彼女は素直に手を握り返し、ケーイチは「少しは可愛げあるじゃん」と笑うとトイレへ向かった。


「ちょっと扉を開けておきます。絶対こっち見ないでくださいね!でも、わたしからは見えるようにそこに立っててください。先に帰らないでくださいよ!」

「見ねえし行かねえよ。済ませな」

「じゃあ失礼して」


 扉の隙間から腕は見えるようにして立ち、壁にもたれると廊下の窓が目に入った。下からぼんやりと明るくなっているのは、これは浴場が未だ点灯していることを示している。もしかしたらシオエラが入っていたのかもしれない。さっきは入浴を断ったものの、冴えかけた頭で身体の生臭さがどこか鼻につくようで、レッタを返したら一風呂浴びようと思い立った。


「お待たせしました。助かりました」

「あっそ、よかった。ちゃんと寝る前に済ませておきなよ」

「寝る前に行ったんですけど、ケイトちゃんが淹れてくれるお茶がおいしくて、つい何杯も」

「明日はあの子と出かけるんだろう。よく寝なよ」

「はい!ハルトさんたちからの手紙を受け取りに行って、ケイトちゃんと遊んできます!」

「うむ。俺は寝てる」


 部屋に戻って、すっきりしたレッタは即座に眠りについた。なかなか眠ってくれないとなると、一人になったらまたぐずりだすとも限らないから助かる。「おやすみ」と一言残すと下着と私服を持って浴場に向かった。

 思った通り火は落とされていない。しかし人影も無ければ脱衣所のどこにも服はなかった。明かりが点いているから入れ違いになったとも考えにくく、首を傾げながら浴場に声をかけた。


「どなたかおりますか、イシヅカですけど、入りますよ」


 答えはない。後から誰か来ても脱衣所くらいは確認するだろうからいいだろうと、服を脱いで足を踏み入れた。やはり誰もいない。湯気の中にも影は認められなかった。

 重要な箇所を念入りに洗うとザブンと湯に浸かって、長く長く息を吐く。まどろみの中瞼の裏に映し出されていた光景が今度は湯気をスクリーンにしようと試みたが、形にはならず白い天井ばかりが見えた。自身の内情が湯に溶けて流れていくみたいで、エリックの思惑が自分の考え通りで映画の悪役じみたポジションだとしても、所詮はあと一週間足らずの関係、この地を離れれば欲望の館なんてすぐ忘れ去ってしまうことは明白だった。だからか、ふとハルトたちのことを思い出すとそればかりになる。

 着いたその日に手紙を出して、無事届いて返信も来たという。レッタが手紙を受け取りに、とはこれのことだ。鳥人が配達業務を行っていたから行き来が早かった。やたらレッタ以外の鳥人が見えないところで活躍している街だ。安否の確認と三人の生活はどうかとということをしたためた手紙で、返信も似たり寄ったりだろう。ケーイチとしては、ハルトを巡るラスナとエミリアに何かしらの進展があったのか気になるところである。変な妄想、二人が結託して彼の身体をモノにしてしまう、まずありえないことだが、想像して下品に笑った。


「あっ!」


 ケーイチは半分夢に落ちながら笑った。寝ぼけて突然吹き出したのだから驚かれるのは当然なのだが、そもそも誰かがこの姿を見ていたなぞとは夢にも思わない。彼はギョッとして頭上に声を出した人物を見上げた。


「あーッ!」


 驚くのなんのって、ケイトが立っていた。それだけならこうも素ッ頓狂な声を上げはしないが、()は裸だった。しかも股間にはありえないモノが、毛はなくとも小さく付いている。ケーイチは照れるよりも前に素直な感想を言った。


「君は、彼女でなく彼だったんだ」

「も、申し訳ありません!ケーイチさんが入っているとは思わなくて・・・」

「なんの、男なら問題ないさ。よければお入んなさい」

「驚かないんですか?」

「驚いたさ、あんまり可愛らしい男の子だもんで。服も仕草も、てっきり女の子かと思ってたよ。でもそういう男の子もいるってだけの話」

「そ、そうですか。では失礼して」


 華奢な脚から細い胴、丸く熱っぽい瞳にサラリ流れる蒼い髪の、何から何まで女の子なのだが、しかしナニの存在は大きい。ケーイチの認識においてケイトは男の子、彼のルーツとする文化の中では男の()とでもいおうか、若干の複雑を含めて変わっていった。


「変ですよね、女の子みたいな姿でいるなんて」

「いや、そんなことないさ。なんでかなっていうのはあるけど。趣味?」

「確かに女の子の格好をしているのは好きなのですが、元は私の家が、子どもは女の子として育てるっていう習慣があったんです。その名残で」

「ああ、俺の国でもあったよ。理由は忘れたけど、ある一定の年齢までは健康とか何とか祈って男の子でも女の子の格好で過ごさせるって。きっとケイトくんの家でもそうだったのかな」

「で、できましたらこれまで通り、ケイトちゃん、でお願いしてもいいですか?街の人にもレッタちゃんにも、ちゃんって呼ばれるのが慣れていて」

「そうだな、その方がしっくりくる」

「すみません。あの、それから、レッタちゃんには・・・」

「内緒にしとくよ。心配しなさんな」

「すみません・・・」


 ケイトは例の低めな声で俯くと、細い眉を下げて肩まで浸かった。

 しばらく会話もなくじっと見つめあってお見合いみたく、ケーイチに関しては特に意味のない視線であったのだが、湯にのぼせかけてるのか顔が赤い。ケイトは恥ずかしそうな顔してケーイチの身体、特に下半身を見た。そういえばレッタが一緒に入りたいと言った時、誰かと浴場を共にするのは恥ずかしいと言っていた。


「ごめん、誘ったものの、誰かと一緒に風呂入るのは恥ずかしかったかな。俺出るよ」

「いえいえ!お気になさらずに。レッタちゃんの時は、相手が女の子だから恥ずかしいって意味で」

「あらそう?いや、ちょっと俺の身体を見てるなって思って」

「あっ!失礼しました!ちょっと見ちゃってました」

「そんな正直に言わなくてもいいのに。でもそれが君のいいとこだね」


 微笑んでやるも、ケイトは依然恥じらい持ってケーイチを見ていた。なぜそんな目を向けるのか、単に大人の男がいるから見ているのか、ケーイチのモノが特別な大きさや形をしているわけではないが、特にそこが気になるのかもしれない。

 しかし違った。ケイトは今一度目を逸らすと、再び上目遣いにケーイチの瞳を見つめた。火照る頬の赤み一層増して、ケーイチは掴まれたように心臓が跳ねた。


「・・・あの、ケーイチさん。メイドが何か、ご迷惑をかけませんでしたか?」

「え⁉︎め、迷惑って、どんな」

「その、ケーイチさんたちがいらっしゃった日に、イソラというメイドが夜更けに部屋を出ました。なんだかいやらしい格好をして、エリック様にお仕事を命じられたと言っていました。ケーイチさんの部屋に行ったのではないですか?」

「いやらしい格好って・・・クリーズさんのとこに行ったのでは?」

「エリック様は・・・違うんです。そういうお方じゃないんです」

「しかし君の年頃じゃ、そういうも何も、わからないんじゃないのかい?」

「私、見かけより歳を取っているんです。体質なのか、身体に不調はありませんが、成長が遅れているんです」

「え、じゃあ何歳?」

「今年で15です。レッタちゃんは歳が近いと思ってくれて好意を寄せてくださいますが、悪いことしちゃいました」

「へー!15ねえ。知らなんだ」


 ケイトが男であったということよりも、想像よりも歳がぐっと上であったことに驚きを隠せない。だが驚いてばかりでもいられず、彼はケーイチとメイドとの行為に対して言及していて、詰問されている気分になった。ケイトは歳のことはそれ以上に言わず、話を続けた。


「ですから、あの格好をして仕事と言えば何を示すのかくらいはわかります。そして、エリック様は仕事でご自身に直接はそういった奉仕は求めません。ですから、きっとケーイチさんの所へと」

「・・・その通りなんだ。勘づいてはいたけど、あの子たちはやっぱり仕事で俺のとこに来てたんだね」

「それで、ケーイチ様は」

「してしまった。そう思うと悪いことしたな」

「悪いとも限りませんよ、あのメイドたちは好きな方ですから。ですが・・・エリック様にはやめていただきたいものです。お客様自らが求めたというのならともかく」

「うん、ご主人が自分に仕えてる人を差し出すなんて、印象はよくないだろうね。結局のところ受けた俺が言える立場じゃないけど」

「それもそうですが、ちょっと違うんです。あのお方は・・・」


 言い淀みなく話し続けたケイトは急に黙った。考え込んで俯き、湯面に映る自身の影ばかりを見ていた。恥も何もなく、湯冷めしたかの如く頬の赤みは引いて、思い詰めていた。「あのお方は、何なんだい?」ケーイチが尋ねるとケイトはハッとして、喋りすぎた自分を否定した。


「ごめんなさい!余計なことを話しすぎました!すみません、これ以上は申し上げられないのです。坊っちゃんの名誉のためにも」

「名誉?」

「もう上がります。ケーイチさんはゆっくりしていってください。新しい寝間着も置いておきますね」

「あ、ああ。ありがとう」

「では、おやすみなさい」


 ケイトは素早く湯から上がると滑らない程度に早足で脱衣所に向かった。残されたケーイチは彼の小さな背を目で追って、姿が見えなくなっても出入口の方を見ていた。顔を戻して浸かり直し、既にぬるくなってきた湯を腕に擦り付けた。ケイトが最後に言った、名誉という言葉が気になる。


「名誉ったって、女を客に供したってだけでも不名誉かもしれないのに。それを上回る名誉って、なんなのさ」


 ケイトは寝間着を着るとケーイチの分も用意して脱衣所を出た。溜息吐いて佇んでいると、近づく影がある。蝋燭の火に浮かび上がる主人の姿、彼の顔は得意げな笑みで満足そうだった。ケイトは挨拶もせずにエリックに顔を向けると目を逸らす。エリックは彼の肩に手を添えると凛とした声で尋ねた。


「反応はどうだった」

「驚きはしましたけれど、私の秘密を受け入れてくださいました」

「そうか、ならいいんだ」


 そのまま一人でエリックは自室に帰っていった。ケイトはその場で立ちん坊に、また溜息を吐くとじっと窓を見つめていた。

 脱衣所に気配がある。ケーイチが出てきたのだ。ケイトは慌てて寝間着の裾を掴むと廊下から消えていった。

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