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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第五章 睫毛
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第2話 肥料箱

 銃に問題はなかった。新品だから当たり前だが、マスケット銃短銃共々想定した性能を見せてくれた。その後案内された客室で脚を伸ばす。レッタは元よりケーイチにも広いベッドだった。

 こんな広い家は初めてで、レッタはやたら探検したがった。歳が近いからか彼女はケイトと仲良くなって、各部屋を回ることをせがむと快く応じてくれた。他にすることもないのでケーイチもついていく。子どもたちが楽しそうに会話するのに時たま混ざった。レッタの普段の荒っぽい敬語ではなくくだけた語尾は如何にも楽しそうに聞こえる。


「へえ~じゃあケイトちゃんはメイド長なんだ!すごいね、わたしなんてずうっと下っ端扱い」

「そ、そんなことないですよ。リメアさんもイシヅカさんみたいな優秀な方の助手さんですごいです」

「俺が優秀なのは銃のおかげだけどね」

「そうです、テッポーがすごいんです」

「こいつ、俺には謙遜ってもんを知らねえな」

「ケイトちゃん、リメア()()じゃなくていいよ。わたし、普段同じ年頃の子と話すことがないからケイトちゃんとお友達になれて嬉しくって」

「お、お友達ですか⁉恐縮です」

「だからあまり固くならないで。ほら、レッタって言ってみて!」

「で、では・・・レッタ、ちゃん!」

「うんうん、それでいーの!」

「こら、仕事上の体裁もあるんだから。皆の前じゃ苗字の方が良いかもしれないし。あ、でも俺のこともレッタとだけの時くらいはケーイチと呼んでくれたらいいな。大体そう呼ばれてるもんでね」

「はい、ケーイチさん!」

「むう、名前で呼び合うのはケイトちゃんとだけの特別なんですよ!」

「すーぐひとりじめしたがる」

「ま、まあまあお二人とも。ここ、ケーイチさんが気にしていらした浴場です」


 ケーイチは生活全般のことを伝えられた時に入浴について尋ねた。桶で行水でも構わないことは構わなかったが、そこそこの期間居るのであれば、できることなら風呂に浸かりたい。街々の文化形態によって公共浴場もしくは家や宿に浴槽があるか否かは様々であったが、ケイトによれば浴場があるという。彼女は食堂の次にに案内してくれた。


「ほぇー広いじゃん」

「ほんと!ライダさんと出会ったお風呂より大きいです!」


 レッタの言うことは少々大げさではあるが、豪邸の名に恥じないプールの如き浴場が存在を誇っていた。二階をぶち抜いた高さで食堂よりは広く見えた。これから入る人間でもいるのか、既に温水が溜められて湯気がもうもうと立ち昇っている。ケイトがしゃがんで袖をまくると手を湯につけた。


「ちょうどいいお湯加減。お入りになりますか?」

「クリーズさんは入ったの?ご主人より先に入っちゃうと悪いや」

「お二人はお客様ですから、坊っちゃ・・・エリック様は構わないとおっしゃってました」

「雇われ教官にお客様とはありがたい。しかしまだいいかな、俺は夕食の後で」

「はいはい!わたし入りたい!」

「かしこまりました。ではご準備いたしましょう」

「そうと決まったらケーイチさんは早く出てってください。乙女たちのお風呂をのぞこうったって、そうはいかないんですから」


 ケーイチを出口に押していくレッタ、広い浴場に舞い上がったのか調子に乗りまくって「美人は辛いワ」なんて顔をしている。しかし、なぜ乙女()()なのか。ケーイチは抵抗するまでもなく押されるがままに浴場を出て、ついでにレッタの額を指で軽く弾いた。


「みぎゃっ!」

「アホ、誰がてめえの裸なんざ見たがるかよ」

「ちょっとはのぞきたそうにしやがれですよ!」

「なーに言ってんのお前」

「あの、乙女たちって、他にどなたかいらっしゃるんですか?」

「うん、それはもちろんケイトちゃん!ね、ね、一緒に入ろ!」

「ふええっ⁉」


 赤面するケイト、レッタは飛びついて更に赤みを増す。声の低さも相まって、まるで思春期間近の男の子に見えた。


「し、しかし、お客様とご一緒にだなんて・・・」

「もー、お客さまじゃなくて、お友達!一緒に入ろうよ〜」

「でも、まだお仕事がありますから・・・」

「そうだぞレッタ。お前のプロ意識とやらはどこ行った。ケイトさんをあまり困らせることをするな」

「むう、それもそうです。わかったですよ。でも、でも、わたしが居る間にどっかで一緒にお風呂しようね!」

「え、ええ、機会があればぜひ。では、レッタちゃんのご入浴のお支度をして参りますから、ケーイチさんは少々お待ちしていてください」

「はい、はい」


 脱衣所も出てくわえる煙草の、ここで喫ってもいいかどうか迷っていると、レッタの服を抱えてケイトが出てきた。ケーイチの顔を見つけるとホッとしたよう見えて、口から煙草を外して迎えた。


「お疲れ様。すまないね、レッタがわがまま言って」

「いえいえ、お友達なんて言ってもらえて私も嬉しいです。でも、お風呂はちょっと恥ずかしくて」

「そうかもしれないね。よく言っておくよ」

「お気遣いありがとうございます。これからどうなさいますか。他のお部屋も案内いたしましょうか?」

「いや、結構。探検したいって言った当人がいなくなっちゃしょうがない。部屋で夕食まで休むよ」

「そうですか。では後でお茶をお持ちしますね」

「ありがとう。それから、一応また部屋まで案内を頼むよ。広い家で一人歩くのにはどうも慣れなくてね」

「ふふ、かしこまりました」


 おどけて言ってみせるとケイトは笑って、二人の影が前後に重なった。

 さっきは話しながらだったから気づかなかったことがある、やたらと多い部屋の大部分は扉が開けられていて、歩きながらそっと覗いてみるとほとんど空き部屋だった。家具の類も置いていない。ロビーも客室も調度品はあまり無く、シンプルを通り越して質素だった。噂に聞いた金持ちを実感したのは建物と風呂くらい、思えばクリーズ家で何の事業が行われているか知らなかった。


「クリーズさんは何のお仕事を?」


 失礼にならないような聞き方をしたつもりだった。しかしケイトの表情は曇って俯きがちに、足を止めると部屋の一つの前に立った。扉を開けるとそこは空き部屋ではなく、奇妙な匂いと共に見覚えのある箱が大量に置かれていた。「坊っちゃ・・・」またケイトは言いかけて、実際事業を行っていたのはエリックではなくもっと歳のいった別の人物であることは察しがついた。それこそ、件の胸像のような。


「エリック様のお父様は、肥料会社を経営していらしたのです。独自に開発した肥料も優秀で、一代にして財を成したのです。しかし・・・」


 ケイトが部屋の中に入ると箱の文字を指でなぞる。ケーイチが後ろから覗き込むと、頭の片隅にごく僅かな記憶が点灯して何の箱であるか思い出した。


「これは使い方が難しい物でした。気象条件や土壌によっては絶大な効果を発揮するのですが、そうでないと作物を駄目にしてしまう、旦那様は『悪魔の栄養を世に出してしまった』と後悔されていました。それで・・・」

「なるほど、な」


 みなまで言わなくともあとは解る、損害賠償に家財の多くを売り払ったというのだろう。使用人の数だってかなり減らされたはずである。それが空き部屋の多い理由だった。ケーイチが箱に見覚えがあったのは、確かルビヤ村の倉庫に置かれていたからである。未開封であったし使って被害が出たとも聞かなかったから、おそらくあの地ではリスクが早急に伝わって使用が禁じられていたとみえる。しかし誤って使ってしまった農民の被害は計り知れない。


「そのお父さんは今?」

「本家、ここは別荘地なのですが、元から仕事に使っていたお宅で経営の立て直しを。土地だけは失わずに済んで、エリック様をこの別荘で生活させるようにご命じになられたのは、きっと内部や外部の喧騒を見せたくなかったからでしょう。そういうお人でした」

「だから今は坊っちゃんと呼ばないわけか。エリックさんがこの家の主人だから」

「すみません、私ったら前の呼び方が抜けなくて」

「なにも謝ることないさ。あの若さじゃ坊っちゃんの方がしっくりくる。でもなんでそんな大変な時に人を雇おうと思ったのかな。銃だって新調したみたいだし」

「それは私たちにも詳しく話してくださらないんです。私たちは皆銃なんて扱ったことないのに」

「そうだろうね」


 部屋に着くと窓を開け煙草をくわえる。喫ってもいいかと尋ねたら許可されたので移火を擦った。


「またお夕飯の時にお呼びしますね」

「はい。色々とお疲れさん」

「いえいえ。では」


 ケイトはちょこんとお辞儀をすると静かに扉を閉めて出ていった。移火の小さく燃える音だけが大音量に思えるほど、実にこの付近は静寂の具現化だった。窓際に座るとようやく遠くに小鳥のさえずり、吐く煙は青空に混じらず高く昇っていく。

 視界の端に動きがあった。その方に顔を向けると一瞬どこかの部屋の窓からはみ出していた金が輝いて引っ込み、それはエリックのはず。以降彼が首を出すことはなかったが、見られていると確かに感じた。間も無く夕食となりエリックも同席していたのだが、銃の報告を済ませるともう会話はなく、ケーイチは首を傾げた。

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