第1話 豪邸
整備されただだっ広い公園を歩いているような、しかしそこは私有地なのであった。入口の守衛に訪問目的を告げてから大分経つ。目的の建物はなかなか見えなかった。
「なんでケーイチさんとだけなんですか!ハルトさんと一緒に行きたかったです!」
口を尖らせ頬を膨らませるレッタの愚痴もう何度目か、始めは聞き流して笑っていたケーイチもいい加減苛立ってくる。彼も負けずに文句を吐いた。
「うるせーな朝からずっとずっとそればっかり!俺だってなあ、行きたかったのは一緒なんだよ!」
「ふんだ!これがせめてハルトさんなら、二人きりの生活ができたのに!」
「馬鹿野郎マセやがって。残念だったな俺だけで、二週間もハルトと離れ離れで悪かったな!」
「だいたい何なんですか、勇者証って!」
「俺に聞くな、政府に聞けよ」
勇者証。それが、ケーイチたちがハルトたちと行動を別にした理由だった。
リーネではないがお尋ね者をひっ捕らえて街の行政府に突き出した時、その新制度について耳にした。本来の名は王国公認民間危険排除者という恐ろしく内容が不確かなもので、賞金稼ぎやギルドとでもいおうか、これまでしてきた事件の解決なぞを生業とする者たちに与えられる証明書だった。同じく民間の警察組織の自警団と何が違うのかというと、常駐せず旅をしながら仕事をするということらしい。こうした仕事で日々の糧を得る者は意外といて、彼らは人々からは勇者とかなんとか呼ばれていたから勇者証という名が付いた。これまで街や個人によって報酬を与えていたのを、タチの悪い勇者から高い値をふっかけられるケースもあり、国が上限を定めるというもの。要は国の管理下に置かれる。
行政府の待合室で五人は案内書を中心に顔を寄せた。
「改めて思うけど治安の悪い国だな。どこへ行くとも知れない旅人に警察業務を委託するなんて」
「警察や強力な自警団のいない土地もあるからね。それに悪人の討伐や取り締まりだけじゃなくて害獣駆除人や探検家も含まれる」
「トレジャーハンターも?害獣駆除はともかく探検家は危険な道にも詳しいからか。さしずめ冒険者免許ってとこか」
「そうそれ、冒険者免許」
「いよいよゲームじみてきた」
「この証明ってどこでもらうの?」
「ここじゃもらえないらしい。少し離れた街に行かなきゃ」
「ちょっと寄り道ってとこね」
「少し日数がかかるかな。でも問題が・・・」
「何?」
「用意される施設の関係か手続き上のことか、一緒に来れるのが代表者以外二名まで、ってなってるんだ」
「じゃあ行けるのは三人だけ、他はお留守番か。代表はハルトでいいだろう」
「そ、そんな。ケーイチの方が年上だし。それにこれは誰がなってもいいよ」
「ふーん。じゃあレッタ以外の誰かが、でいいか」
「失礼な!子どもだと思って!」
「そうは言っても、よく見ろ、代表者の資格は15歳以上ってなってる」
「手続きのこともあるしね」
「むう・・・なら仕方ないです」
「三、二で分けりゃいいだろう。どっちとも15歳以上は入るし」
ケーイチは手を握って開いた。ハルトはその動作を理解して同じく手を差し出す。他三人は首を傾げた。そういえば、ここにはジャンケンの文化がない。説明も面倒だったから、今回使わないチョキは省いて簡単に伝えた。
「俺とハルトは知ってるけど、手をこう、グーかパー・・・握るか開いた状態で素早く出す。それで同じのを出した人同士で分けるんだ。こうやって」
二人向き合って「グッとパーでー分っかっれ」「グッとパーで合わっせ」、地域の違いが出た。三度繰り返して別々の手の形を差し出し、ケーイチだけが「分かれたよ」と言った。
「やっぱり住んでるとこで違いがあるな。大学に上がって他の土地の連中と会って気づいたけど」
「うん、僕らは最後のは言わなかった。みんなわかった?」
「大丈夫だよ」
「それなら簡単ね。やりましょう」
「ハルトさんと一緒になれますように、なれますように・・・」
「三人になった方が行くってことで。それじゃあいくぞ。グッとパーで・・・」
結果、ケーイチはレッタと二人だけでいる。二人はパーを出して、ハルト、ラスナ、エミリアがグー、レッタが大袈裟に崩れ落ちたのは言うまでもない。
「せめて、何かもっと良さそうなお仕事はなかったんですか?いくらヒマしてても他のことがよかったなあ」
「そうは言ってもおめえ、もう鳥人のショー団体はあったじゃん。ヘルプが要る時はぜひお招きくださいって、俺がマネージャーのフリして頭下げたんだから」
「それは・・・ありがとうです」
出向は旅程と手続き含めて二週間もかかると予想された。その間暇してても仕方ないから何かバイトでもと思い立ったのだ。レッタは、訪れた地域でたまにそうしているように街頭芸人みたく鳥人としての芸を演じることを望んだのだが、この街には珍しく既に鳥人族の興行団体があった。ならせめて混ぜてもらうべく、嫌がるケーイチ口説き落としてマネージャーを偽らせたのだが、彼らの芸は一枚も二枚も上手ときては、出る幕が無い。
「もっと練習しておけばなあ。入れてもらえたかもしれないのに」
「正直言ってレッタのサーカス演技は上手いと思うよ。でも世の中、上には上がいるってもんだ。精進なさい」
「むう、褒めてるのかそうじゃないのか」
「褒めてるさ。そんでもってレッタの目論見ポシャッたとあらば、今度は俺の特技とくる」
「銃のことでしょ?あーあ」
ふらり訪れた求人案内の掲示板、これといった仕事もなかったが、一つ特異なものがあった。民間家の求人だったが、小銃、短銃教練の教官求むと、ケーイチは飛びついた。報酬も待遇もよければ所要期間一、二週間となんとも都合が良い。
「噂に聞いたところじゃよほどの金持ちで豪邸に住んでるそうじゃないか。庭までこんなに広くて手入れが行き届いてるんなら、期待できるぜ。それにレッタは遊んでりゃいいんだし、小遣いも貰える」
「何もしないでお金もらうのも気が引けますよ。そのへん、わたしにはサーカス団としてのプロ意識ってのがありますから!」
「こいつ、変なとこで大人だな」
「あ、あれじゃないですか?」
無い胸を張るレッタが前方を指差した。ぶー垂れていた彼女の声が僅かに明るく上がる、ケーイチも見てみると木々の切れ間から白い二階建ての邸宅が目に入った。
映画で見たような、どんな建築様式であるか名を詳らかにしないが、洋風の綺麗でこじゃれた建物だった。金持ちがシチリア島に建ててるみたいな、疲れない程度に大き過ぎないのが好感を持てた。それでも豪邸の部類には入ろう。ただ建物に比して庭は広すぎる。
道を挟んで小さなプール様の池があり、傍で草抜きをしている小さな少女がいた。水色の短い髪を布で包んで、レッタよりも年少に見える、彼女はメイド服じみたお仕着せを身に付けていて使用人なのであろう。二人の到来に気づくと立ち上がって頭の布を取ると、胸の前で手を組む仕草、表情からしても多少不審がっているらしい。特にケーイチは物々しくカービンを肩に吊っている。彼はレッタにカービンを預けるとぺこり一礼して求人票を差し出した。
「こんにちは。私はイシヅカ・ケーイチ、あの子はレターナ・リメアという者です。この求人を見てお訪ねしました」
「ああ、教官志望の人ですね。少し待っていてください」
少女は安心したように眉を溶かすと求人票を受け取って、とてとて家に入っていった。ケーイチとレッタは、可愛らしい顔にしては少々低めな声だと感じて顔を見合わせた。
「声変わり、ですかね。ちょっと男の子っぽいです」
「まさか、女の子だぞ。それにレッタよりも小さそうだ。そういう声の子もいるってことだろうさ」
「お話をお取り次ぎいたしました。こちらへどうぞ」
間も無く例の少女が戻ってきて二人を屋内に案内した。玄関から通じるロビー、シンプルなもので、見上げても天井に絵画が描かれているわけではないが、美術品といえば中年男性の胸像が一つ鎮座している。当然の如くこの家の主人と想像して客間に通された。大して待たず、出された紅茶に一つ二つ口を付けると少女が扉を開けて誰かを誘う。ケーイチは素早く立ち上がって、座ったままのレッタも立つように促した。
「君たちが教官志望の人か」
予想に反して若い男の声、これは少女とは逆に些か高め。青年ともいえずまだ少年であろう、しかし背がケーイチくらいあってハルトよりは大人びて見えた。線の細い身体がすらっとして美形の顔は女性と見紛う、切れ長の目に長い睫毛が瞬いた。
「僕がこの家の主人、エリック・クリーズだ。募集に応じてくれたことに感謝する」
主人像は予想に反していたが、エリックの堂々として落ち着き払った佇まいと物言いは、彼がこれから雇主になるのだという認識を直に飲み込ませた。おそらく大金持ちの坊っちゃんであることは間違いないが、言葉が決して丁寧でなくとも下手に驕る素振りもなく、二人に自然と頭を下げさせた。
「私はイシヅカ・ケーイチと申します。こちらは助手の」
「じょしゅ⁉」
「そういうことにしとけ」
「むう、しょうがないですね。わたしはレターナ・リメアっていいます」
ケーイチの小声と頬を膨らませるレッタのことは気づいたはずだが何も咎めず、エリックは悠然とソファーに腰を下ろすと長い脚を組んだ。ケーイチをじっと見つめるとゆっくり瞬きをして、彼にとってはよく尋ねられることを同じく聞いた。
「掛けたまえ。イシヅカ・ケーイチ君は、どちらが苗字でどちらが名かな」
「紛らわしいですよね。イシヅカは苗字、ケーイチが名です」
「逆になってるのは珍しいな」
「どうもそのようで、よく言われます」
それからソファーの横に立てかけられるカービンを見た。おおよそ射撃の腕が気になっていることくらいは見当がつく。ケーイチは紅茶を空にすると静かにカップを置いた。
「早速だが、採用にあたって君たちの腕前を見ておきたい。疑うようだが、気を悪くしないでくれたまえ」
「いいえ、仰る通りです」
「では外の射撃場へ。ケイト、皆を呼んでおくように。射撃場には僕が案内する」
「かしこまりました」
少女はケイトというらしい、彼女は先に退室して鳴らす鈴の音がだんだん遠のいていく。ケーイチとレッタはエリックの後に続いて部屋を出た。家の裏口を出ると当然裏庭がある。表よりも随分と広く、手前に置かれる台には真新しいマスケット銃と短銃が数挺ずつ並んで光り、その向こうに数十デールにわたって標的らしきカカシがまばらに立っていた。ケーイチが目を細めて標的の配置を確かめていると複数の足音、ケイトが「皆揃いました」と告げる声に振り向いた。
「では、彼女たちにも見せてやってくれ」
てっきり、ケイトには他に応募してきた用心棒でも呼ばせたのかと思った。しかし彼女が連れてきたのは若く美しいメイドたち、それも六人ばかりで、皆エリックの横に行儀良く静かに立っていた。まさかこの人たちに銃を教えるのかと、眉を顰めた。
「この人たちに?」
「そうだ。銃の扱いを覚えさせたくてね」
「そうですか。しかしなぜ」
「理由はまたおいおい話そう。では実戦的に頼む」
「はあ」
実戦的と言われてもどうすれば良いのか。これまでの戦闘の最中では上手いこと扱ってきたつもりだが、こうした射撃場では実戦もクソもない。きっとサバイバルゲームのフィールドとやらはこういう状況にはうってつけの訓練施設でサバゲーマーも巧みに行動するのであろうが、そもそもケーイチはそういった遊びをしたことがないのだ。いつも思わぬ状況で銃を使ってきた彼に決まった経験則はない。ではなぜ銃教練の教官に応募したのかという話ではあるが。しかし一つ思い出す、ミリタリーマニアの友人が見せてきた動画、アメリカ退役軍人のガンコレクターが自動小銃と拳銃を用いて模擬戦闘を演じていた。タクティカルシューティングというらしい。素早く移動し状況に応じて銃を持ち替えるコントロールの鮮やかなこと、記憶の片隅から引っ張り出してイメージした。ザックに括り付けてある戦闘靴に履き替えてカービンに弾倉を突っ込んだ。
「じゃ、やります。想定はあの標的が敵ということでいいですね」
「もちろんだ」
「まずは伏せ撃ち・・・は、マスケットの場合を考えると止した方が良いか。ならば、だ」
カービンを構えると速足で踏み出し一番近い標的に向けて数発撃った。あまり考えたくないことだがその標的を死体と想定し盾に、次の標的を撃つと走りながら威嚇射撃を加え、撃ち終わると拳銃を抜き盾に着くまで続けて撃つ。隠れるとカービンの再装填、この弾倉が終わって拳銃の弾も切れると、最後の標的の頭部と胸部に穴が空いていた。一応全ての標的に攻撃を与えることに成功したが、タクティカルというには程遠く、どのみちマスケット銃とフリントロックの短銃では無理な動作だった。見物客の方を見ると、レッタとケイトは耳を塞いでいたが他は変わらず立っていた。エリックがニヤリと細い唇の端を上げると軽い拍手でケーイチを迎えた。
「採用だ。見事なものだ」
「すみません、ここの銃だと難しい動きでした。今一度動作を考えます」
「結構だ。では台の銃が使えるか調べたら、今日は休んで明日から訓練を始めてくれたまえ。銃は新品だから大丈夫とは思うが。ケイト、後で部屋の案内を」
「かしこまりました」
それだけ伝えるとエリックはケイトを除くメイドを引き連れ屋内に戻っていった。残された三人は同じような背を見送ってしばらく立ちん坊だった。数秒してケイトがほっと息をつくとケーイチとレッタに向き、穏やかな笑みを浮かべる。
「火薬と弾をお持ちしますね。お茶とお菓子はいかがです?」
「あっはい。レッタ、おやつにしよう」
「いいですね。銃声聴いてたら疲れておなか空いちゃいました」
「ふふ。タルトだけじゃお腹いっぱいにならないかもしれないけど、ご夕食までそんなに時間ありませんから。ちょっと待っててくださいね」
「わあいタルト!ありがとうございます!」
はしゃぐレッタと比してケーイチは全く冷静だった。腕が認められたことへの嬉しさもなく、ただエリックとメイドたちの屋内に消える背を思い浮かべて台の銃を見た。用心棒でなくメイドに教えるという意外もその通りだが、そもそもなぜ銃を教えるのか。ここに来るきっかけとなったのは罪人の成敗だが、偶然お尋ね者がいたというだけで街そのものは治安も良く平和だったのだ。それでも、何者かがこの屋敷を狙っているのか。だとすればとてもあの数の守衛とメイドだけではこの広大な敷地全ては護りきれない。その旨後で伝えなければならなかった。
「お持ちしました。お茶とタルト、それに火薬と弾です」
「ありがとう!おやつおやつ!」
「あんがとさん」
ケイトがティーセットと火薬と弾を持ってきた。ケーイチは煙草代わりにタルトを口に含むと、弾薬が弾と装薬が一緒の紙製薬莢であることに気づき、これは薬包の端を噛みちぎって中身を出さなければならない。
タルトを飲み込み舐めた唇と歯で薬包を噛む、濡れた口元を見つめる視線にケーイチは気づかなかった。




