第2話 眠れぬままに
それから二日ばかり村にいて、それぞれ休んだり村を見たり、エミリアなんかは村医者に出向いて診療の手伝いもしていた。その間ケーイチとエミリアが二人きりになる場面はなかったが、いよいよ明日村を出るという晩、またしても揃って消えた。初目撃の時と同じく、皆が寝てからであった。ラスナは悶々とした気持ちが抑えられず、しばらくするとベッドを出た。
しかし、一体何が見たいのか?こうした事情を知るのに一度っきり目撃してしまえば、二度三度見たところで何も変わりはしない。だのに心が逸ってしまうのはなぜなのか。
「べ、別にどうってことないんだから。隠してる方が悪いのよ。こそこそやってることは、何であれ気になっちゃうのはしょうがないじゃない。なにも私が、エ、エッチだなんて、考えることはないんだから・・・」
小声で繰り返すと尚更言い訳になってくる。出歯亀とかピーピング・トムといった言葉をラスナが知るわけもないのだが、やろうとしていることはそれに近い。即ち覗き。興味津々好奇心旺盛、心の底に宿る思春期の性への関心は、自ずと認識せずとも確かにあるのだ。以前ケーイチが娼婦と遊ぶことを詰ったのとは些か矛盾するアンバランスな感情に、心はざわついた。
やはり倉庫から明かりが漏れている。唾を飲んで身体を低く屈めると例によって荷物の影に近寄った。頭が二つ見えて、どうもケーイチはラスナの後ろからしているようだ。どんな体勢で繋がっているのか想像すると、まるで動物の交尾、まさしく野獣のままの情交だと思って一層赤面した。
「じゃ、今度は俺が」
「ありがと、お願いね。うん、そこ、もうちょっと強く・・・」
「こうか?」
「んっ・・・そこイイ・・・」
前に嬌声を上げていたのはもっぱらケーイチ、今度は逆でエミリアが色艶が、大人の声だった。もうちょっと耳を寄せようと、鼓動の果てしない胸を押さえながら荷物に寄りかかった。折り良く隙間があるのを見つける。これだけの声、一体どんなどんな凄いことをしているのか。
「あっん!」
二人の交接を目の当たりにする直前、一番鋭く耳をつんざくエミリアの声は声帯だけでなく身体中を解放する艶めかしさで、女のラスナですら心の形を変えてしまいそうで思わず身を硬直させた。脳内にあられもない姿のエミリアが充満する。香りが熱気が、そこにはないはずのに彼女を纏って覆いつくし、堪らずよろけた。
「誰⁉」
しまったとたじろいでももう遅い。ぶつかって崩れた荷物はラスナを露わにし、ケーイチとエミリアは目を丸くする。急に現実に引き戻されて目を瞑るままに、ありもしない理由を口走るのは声が上ずった。
「ち、違うの!覗きとかそういうんじゃなくて、二人が何してるのか気になっちゃって、その、エミリアは私と同い年なのにオトナになっちゃって、でも私にはまだ早いかなあなんて。で、でも、否定するわけじゃないから!ただちょっとびっくりしちゃっただけで・・・え?」
二人は服を着ていた。また腰同士が密着してもいない。エミリアの背面にケーイチがいたことは確かだが、彼が触れているのは肩の部分だけ、握る手の形で親指が首根っこにめり込んでいた。
「なーにしてんのラスナ」
「もう、こっちがびっくりしちゃったよ」
「あ、あ、あなたたち、何してんの?」
「いや、エミリアの肩揉んでんだけど」
「うん、ケーイチくんにマッサージしてもらってるんだけど・・・」
「そんな・・・シてなかった・・・」
「はあ?」
何かがラスナの中で崩れ去った。自らの予想によって立てた仮説の、それに準拠して行った覚悟が寂しく消えていき、力が抜けるとへたり込む。筋肉の弛緩した頬で漏れる空気は笑っていた。
「は、はは・・・なんだ、違ったの・・・ははは」
「変なやつ」
これだけで終わりはしない。後に控えているのは、不審な視線によって気づかされる己の良心の呵責、そんな大したことではないけれど、責められている気がした。弁解は不可能、ありのままの行動と理由を話した。
「・・・この宿に着いた時、エミリアとケーイチが二人でどっか行くのに気がついて、昼間ケーイチの様子が変だったのもあってこっそり着いていったんだけど、その、荷物の影で二人が何してるのか聞いてたら・・・」
「じゃあ何してたか知ってたんじゃないんか」
「荷物の影からだと頭しか見えなかったから!だから、身体は見えなくて、二人の声とか話すこと聞いてたら、私・・・」
「ヤッてると思ったわけだ。馬鹿だなあ」
「ひ、ひどいよラスナ!私、そんなことケーイチくんとしてないよ!」
赤面するエミリアのムキな否定は、ますますラスナを縮こませた。ケーイチは少し恥ずかしそうだったが、おかしそうに苦笑するだけでケロっとしている。
「ごめんなさい・・・だって、入れるとかなんとか、それに気持ちいいだなんて聞こえて。ほんとに気持ちよさそうな声だったし」
「実際気持ちよかったわな」
「ねえ、本当は何してたの?」
「言わなきゃいかんか?」
「だって・・・」
「ケーイチくん、教えてあげようよ。やっぱり隠すことでもないよ」
「そうかなあ。じゃあ教えてやる。でもハルトやレッタには内緒だぞ」
「う、うん」
「俺の足だ。ラスナやハルトが気にかけてくれたこと、本当に合ってたのさ」
「どういうこと?」
ケーイチは目を逸らすと頭をかき、実に言いにくそうに眉を曇らせた。それをエミリアが、優しく彼の肩を叩き「何も恥ずかしいことじゃないよ」医者そのものの慈愛を込めた目を細めた。
「ケーイチくん、痒かったんだって」
「かゆい?」
「要は・・・水虫だったのさ」
「うん。それを私が治療したの。最近暑い日が続いて汗で蒸れちゃったのかな。ケーイチくん言い出しにくかったみたい」
「今回で治療は終わり、だからお礼に何かするって言ったらマッサージを所望されたんでね」
「な、なんでそんなコソコソしてたのよ!堂々治してもらえばいいじゃない!」
「べ、別にいいじゃねえか、恥ずかしかったんだから」
「恥ずかしがることなんてなかったのに。隠して悪化させちゃ元も子もないよ」
「まあそうかも。これからはすぐに言うよ」
「もうしばらくは大丈夫だと思うけどね」
とにかく、二人の関係に色恋と性欲が関わらないことだけははっきりした。思えばそうだった、ケーイチが足を気にしていたのは水虫による痒さからだったのだ。あと疑問に思っていることを、どうせ自分が予期したような答えは返ってこないだろうが、矢継ぎ早に問いた。
「初めの日、何か脱ぐ音がしたけど」
「靴下じゃない?」
「エミリアの服がやたらはだけてたのは・・・」
「あ、あれは暑かったから・・・気づいた?ケーイチくん」
「いんや。暗かったし治療の気持ち良さに酔いしれてたから」
「入れるってのは何を?」
「力を入れるってこと」
「迷子探しで二人の班になりたがったのは?」
「痒みの発作が出たから。洞窟で治療してもらってる時に女の子を見つけた」
「はあああああ・・・」
これで全ての謎が解決した。やはり全てが(暑いからエミリアが胸元をだけていたのはともかく)水虫に起因することで、二人が紛らわしい言い方をしていたことは確かだが、取り越し苦労の責任は自分にある。ラスナはすっかり腰が抜けていた。
「じゃあ、二人がオトナの関係っていうのは全くないのね?」
「そ、そうだよー!」
「なんだよオトナのって。まーったくスケベなんだから」
「そ、そんなこと!・・・なかったとはいえないかも」
「落ち込むこったない、興味あんのが普通なんだから。思ったことしてなくて残念だったか?」
「それはない!」
「もう寝ようよ。騒いでたら疲れちゃった」
「そうしよ。立てよラスナも」
「力抜けすぎて立てなくなっちゃった」
「バーカ。ほら、おんぶするから乗れよ」
「・・・ありがと」
向けられる広い背におずおずと手を掛けて、全体重を乗せると腿を持ち上げる腕が些か逞しく感じられる。結局エミリアを抱いたわけではなかったが、ケーイチ自体は別の人間と寝ているのは知っているからか、ハルトとはまるで違う身体と思わせた。広い背に揺られていると完全に落ち着きを取り戻し、改めて謝罪した。
「ごめんなさい、私ケーイチにぶっきらぼうな態度とっちゃった」
「ああ、何か悪いことしたのかと思った。俺がああいうことするのラスナは嫌がってたしな」
「今でも行ってるの?」
「ないしょ」
「ふん」
「でも、ラスナがあんなに興味津々だなんて思わなかったなあ」
珍しくエミリアがからかう。ぴょんと跳んでラスナの顔を覗き込むと、たわわな胸が揺れた。ドキリと胸元を凝視してしまう。視線に気づいたエミリアは小悪魔的笑みで唇の音を立てた。
「えっち」
「え⁉︎そ、そんなことないんだから!その、エミリアのを見たりなんて、してない!」
「私の何を見てたのかな〜」
「何見てたのラスナ」
「なんにも見てないったら〜!」
もう部屋の前に着いた。ラスナの声に目が覚めたのか、ハルトとハルトとレッタが瞼を擦りながら顔を覗かせていた。
「どうしたの、こんな夜中に」
「ふわぁ・・・おんぶされてるラスナさんかわいいです・・・」
「あ、あのね、これはケーイチが」
「シーッ!」
「?」
「ひ・み・つ」
「三人のナイショごと」
「そ、そう!これは内緒、秘密なんだから」
「へんなの」
「三人だけの秘密なんてずるいです!わたしにも教えてくださいよう」
「だーめ」
「むう」
「ほら、遅いからもう寝ようよ」
「はーい」
部屋に戻ってベッドにラスナが降ろされると、すぐに瞼が重くなる。チャチな騒動だったけど心労の甚だしかったこと、久しぶりによく眠れそうだった。
水虫の完治したケーイチも、もう足指を変に動かすことはなくノンレム睡眠に直行してまもなくいびきを立て始めた。




