第1話 聞いてしまった!
「あ」
暑い日が続いていた。
歩いている途中、ケーイチが突然立ち止まった。見てみると苦い顔して右足をモゾモゾさせている。どこか痛いところでもあるのか、ハルトは心配して近づいた。
「どっか痛い?」
「え、ああ、いや、なんでもないんだ」
「本当か?靴ズレとかあったら大変だけど」
「別に痛くはない、ちょっと・・・」
「ちょっと?」
「とにかくなんともないったら。心配かけたな」
「それならいいんだけど」
「さあ行こうぜ。村に着くまでに日が暮れちまう」
ケーイチは平静を取り繕うと皆を抜いて先頭に出た。その時ラスナは、チラチラとエミリアの方を窺うのを目撃する。首を傾げて、本当はどこか調子が悪いのではないかとも思ったが、顔色に変化はなかった。エミリアに治療を頼んだ様子もない。
しかし、以降もケーイチは右足を気にしているらしかった。宿に着いて、今回は複数の空きが無いから皆同じ部屋、彼はベッドの上で靴下脱いで裸足になると、足の指を閉じたり開いたり、しかめっ面で眺めている。隣に座ると、あからさまに見せたくないといった風で靴下を履いてしまう。
「ねえ、本当はどこか悪いんじゃないの?」
「悪くないったら。心配してくれるのには礼を言うけど」
「ふーん・・・でも、痛かったりしたらちゃんとエミリアに言うのよ」
「ありがとさん」
その場はこれっきりで、ラスナもそれ以上は聞かなかった。でもケーイチは、絶えず足の指をグネグネ動かしていた。食事の時ケーイチとエミリアは隣同士の席で、ハルトにやたらベタベタするレッタと口喧嘩していると、二人がこそこそ小声で話していることに気がつく。
「・・・な、頼むよ。みんなには内緒でさ」
「・・・わかった。でもそんなに隠すことかな?」
「そりゃお前、することがスルコトだから。じゃ、よろしく」
肝心なところが聞き取れない。結局ケーイチはエミリアに相談することにしたのだろうと想像はついたが、先程から事情をひた隠しにする態度は不思議だった。
夜、ラスナはあまり寝けずにいた。考えなければ済む話なのだが、食事の後もあの二人が治療を行う姿はなく、疑問は深まるばかりである。しかも二人で内緒話、隠す隠さないとか、ひょっとしたら、本当は体調に関わることではないのかもしれない。一体何をするつもりなのか、時折ケーイチとエミリアの方を見やってもみたが、動きはなかった。
その内やっと瞼が重くなってくる。疑問に対する脳内討論も面倒になってきて、毛布を今一度被り直すと息を吐き身体が重くなりつつあった。
「・・・ねむいよ」
「頃合いだ、行こうよ」
「うん・・・わかった。眼鏡めがね・・・と。引っ張ってってくれないかな」
「いいとも」
動きがあった。隣で眠っていたはずのエミリア一人だけの気配が、もう一つ増えていた。夢路から急激に引き戻されたラスナは、完全に覚醒してしまった頭で場に沿った行動をとる、バレないように薄目で横を見た。ケーイチがエミリアの手を取って立たせ、そのまま部屋を出て行った。こっそりベッドを降りると半開きになっている扉を静かに開け、廊下を歩く二人を追った。人気のない部屋、倉庫か何かに入ると明かりがついた。ラスナも続き、荷物の向こう側にいる二人を見ることができないかと、首を伸ばすも物に邪魔されてケーイチの頭とエミリアの尻と脚しか見えなかった。位置関係的に、ケーイチが何かに座ってその前にエミリアが床に直接腰を下ろしているのだろうか。仕方なく、耳ばかりそば立てて様子を知ろうとした。
「じゃあ・・・脱いで」
「うん」
え、脱ぐ?
確かに衣擦れが耳に入った。どこを脱いでいるのか、皆目検討はつかないけれど、つかない分、ラスナの想像は斜め上に伸びていった。次はどんな言葉が交わされるのか、耳はひたすらに大きくなっていく。
まさか、いやまさか。食事の時のヒソヒソ話、他の皆が寝静まってから人気のないところへ行く男女、衣擦れ。こうした要素が重なっては、思春期真っ盛りのラスナ、頬はみるみるうちに染まっていって心臓が高鳴り留まるところを知らない。
「これだね」
「ああ。汚くて悪いな」
「でもお風呂は入ったじゃん、大丈夫だよ。じゃあ始めるね」
「お願いします」
「・・・どう?」
「ああ・・・感じる」
「ちゃんと入ってるかな」
「入ってる入ってる、あったかくていい感じだ」
既に心臓の鼓動は尋常でなく、ここに及んで限界突破した。荷物の向こうでは何が行われているのか、ラスナの妄想にもはや修正は効かない。
入ってる、一体何が⁉︎それに気持ちいいだなんて、まさか男と女のアレが、あんなことやこんなことに、そんなことって!
「よかった。私、あまりこういうことしたことないから」
「上手いよ。あっ!」
「だ、大丈夫?」
「ごめん、平気。その、あんまり気持ちいいのがきちゃったから」
「そんなにいい?」
「いい、いい。エミリアはすごいな。まるで魔法だ」
「ふふ、照れちゃうな。それに魔法だよ」
「そうだな、そうだった。こんなの、普通の人間にはできないな」
二人の行為には、どうやらエミリアの力も関係しているらしい。身体中が熱源になるラスナは、なるほど、エミリアの力はこんなことにも使えるのかと、変に冷静になって考えた。
「そろそろいいかな」
「そう?じゃあおしまい」
「あーよかった。ありがとう、また頼むかも」
「いいよー我慢できなくなったらいつでも言ってね」
「そん時ゃ、人目につかない場所があればいいけど」
「もーケーイチくんったら」
終わったらしい。和気あいあいとする二人の声が立ち上がり、ラスナは慌てて物陰に隠れた。蝋燭の火が消されて暗くなり、ケーイチがエミリアの手を引いて部屋から出た。一瞬月明かりに浮かび上がるエミリアの寝巻き、胸元が大きく開かれて汗が伝っている。ひどく妖艶に感じてならなかった。
廊下の足音が遠のくのを見計らってラスナも倉庫から逃げ出し、トイレに行ったふりをすべく息を整えた。まだ二人は起きているだろうから。
「はあ・・・びっくりした。ケーイチとエミリア、いつのまにかあんな関係に?やるわね・・・じゃなかった。ケーイチ、手は出さないって言ってたのに、スタイルの良いエミリアを丸め込むなんて・・・」
翌日、ラスナはエミリアをまともに見られなかった。同い年なのに一歩大人になってしまった気がして、別に焦るわけではないけれど、彼女がケーイチと談笑しているのを見るとドキドキした。相手がハルトでなくてよかったとの安心は、まるで浮かび上がってこない。
「どうしたのラスナ?顔赤いよ。熱でもあるの?」
「え!い、いや、なんでもないわ!至って健康よ」
「そう?でも朝からなんだか変だよ。そわそわしてるっていうか」
「体調悪かったら、正直にエミリアに言うんだぞ。昨日俺に言ってくれたじゃん」
「うっさいわね!なんでもないのよ!」
「ど、どうして怒ってんだよ。なんか悪いこと言ったか?」
「怒ってない!」
ケーイチに対しては自然と当たりが強くなる、なぜそうしてしまうのか、自分でもよく解らなかった。
この村での仕事は子どもの捜索、森に遊びに出たまま日を跨いでも帰ってこない子がいるそうだ。子の両親と村長直々に森まで案内されて、いくつか道があるから二手に分かれて探すこととなった。どう分けるのか考えるハルトが少し黙ると、即座にケーイチが提案した。
「俺とエミリアの班、ハルトとラスナとレッタの班でもいいか」
ケーイチはエミリアと二人になろうとする。ハルトとレッタは特に違和感を持たなかったが、ラスナは、昨晩のことを思い出しまさかと勘繰る。エミリアがケーイチの顔に向くと、彼はおかしな頷き方をして目を下に向けた。エミリアは、納得したように目を細めるとハルトに言う。
「そうだね、ケーイチくんと一緒でいいかな?」
「うん、いいよ。じゃあ二人はあっちの道、僕たちはこの道を。気をつけて」
「ああ、行ってきます」
「あ、あ、ちょっと!」
「どうしたのラスナ?」
「・・・いえ、なんでもないわ」
「そう?じゃあ出発しよう」
ケーイチとエミリアの動向が気になったが、班を変える良い理由も特に思いつかない。そうこうしているうちに二人は行ってしまった。
レッタは上空から探すから地上ではハルトと二人きり、なのに別班のことばかり考えてしまう。あまりに心ここに在らずといった顔をしていたのか、レッタから伸びる紐を持つハルトはラスナを気にかけた。
「大丈夫?やっぱりなんだか変だよ、暗い顔ばかりして。ケーイチに怒ってたみたいだけど、何かあったの?」
「へぇっ⁉︎な、なにもないわよ。怒ってなんかない、ほんとうに何もないんだから」
「でも、心配だよ。今朝から急にだから」
「大丈夫よ、平気へーき。心配させちゃったならごめんなさい」
「うん・・・」
「・・・ねえハルト、エミリアとケーイチってどう思う?」
「どう思うって、なんで?」
「い、いや、さっき二人で組になろうって言ってたから。その、もしかしたらだけど、付き合ったらなんかしてるのかなーって」
「え!そ、そんなことないと思うよ。二人の口から聞いたことないけど」
「そ、そうよね、あは、あはははは!」
変、考え込みすぎてちょっとテンションがおかしい。昨晩目撃したことを話したい衝動にも駆られるが、それでは噂好きに思われそうだから抑えた。
別のことを、何か別のこと、そう、今はハルトと一緒なんだから彼のことを。いつしかケーイチは、自分のことを魅力的で男は皆好きなると、そんなことを言ってくれた。全てを鵜呑みにするくらい自惚れるわけではないが、もし、ハルトがそんな気を持つことがあるのだとしたら、もし・・・。
そこまで考えると、末には結局、ケーイチとエミリアの姿が、昨日は見えなかった部分まで想像逞しく補完してしまい、しかもハルトと自分に入れ替えかける。突然身体が燃え上がると両手で自身の頬をビンタした。
「なに⁉︎どうしたの?」
「ね、眠かったから!これは眠かったから自分に喝を入れたの!」
「やっぱりどこか変だよ・・・」
普段性のことばかり考えているわけではない、しかし年頃なのだ。それに昨日のことを含めると、尚更想像せずにはいられなかった。
ハルトたちの班では子どもを見つけられなかった。時間になったので初めの場所に戻ると、少し遅れてケーイチとエミリアが帰ってきた。彼の腕には小さな女の子が抱かれている。
「ほい、着いたよ」
「これからはあまり森の奥まで行っちゃだめだからね」
「はぁい。お兄さんお姉さん、ありがとう」
地面に降ろされる女の子は割合元気でケロッとしており、再会に号泣する彼女の両親の方が疲労していた。三人と合流して息を吐くと、ケーイチは煙草をくわえた。エミリアも伸びをする。
「お疲れ様、見つかってよかったよ。どこにいたの?」
「洞窟。遊び疲れて寝ちゃってたらしい。子どもはよく寝るから」
「最近暖かいから、夜を過ごしても風邪一つひいてなかったよ」
「洞窟ですか!だからわたしが空から探してもわからなかったんですね」
「レッタもよく飛んでくれた、お疲れ様」
「えへへ〜」
会話に混じれずにいるラスナの視線は二人に釘づけとなる。二人だけで長時間の行動、何から何まで怪しい。昨日の今日で、またあんなことをしていたのではないかと。
女の子と両親が改めて礼を言いに来た。その時女の子が言うのは、ラスナの疑念が正解だと裏付けかねないことだった。
「ねえお兄さんお姉さん、洞窟で何してたの?」
「え!」
「この二人が何かしてたの?」
「うん。わたしが起きたらもういて、お姉さんがお兄さんに何かしてあげてたみたい。気持ちよさそうだったしわたしにもして!」
「だ、だめだよ!」
「大人になったらすることもあるかもしれないけど・・・」
「何してたんですかケーイチさん」
「別に、治療みたいなもん」
「どこのですか?」
「どこだっていいの。そのうちレッタにもわかるから」
「むう、子どもだからってばかにして」
「・・・」
「どうかしたんですかラスナさん」
治療という言葉が性欲処理に変わるのは今のラスナにとっては容易いことで、こんなにスパンが短く身体を重ねていたのかと思うと、顔を赤らめたり蒼ざめたり、周囲からは体調不良だと思われる。ハルトは自然な動作で自身とラスナの額をくっつけた。
「・・・熱はないみたいだけど」
「ひにゃっ!」
「ん、ちょっと上がった?」
急接近する顔の、こんな近さは初めてで、できたら変なことを考えていない時がよかった。「そりゃ熱も上がるだろうさ」とからかうケーイチが恨めしい。
あんたたちがあんなことしてなければ、もっと熱を上げてやったのに!
「ずるいですラスナさん!ハルトさん、わたしにも!」
「ほうレッタにも熱があんのか。どれ、俺が測ってやろう。デコ出せ」
「ケーイチさんなんかお呼びじゃねーですよ!」
皆が笑うから無理に頬を上げてみるが、作り笑いをするのもなんだかもどかしく、これからあの二人をどう見ればいいのが考えあぐねてしまった。公認の仲というならともかく、どうもひっそり逢っている分、接し方にも気を使うだろう。
ハルトをめぐるライバルが一人減ったとの見方は、思いつかなかった。




