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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第四章 セーラーと短剣
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第18話 龍眼の短剣と名残

 夕陽の沈む美しいオレンジ色も、巨大な月明かりと交代しようとしていた。捕らえた盗賊満載のロレンス号の船上で、コトの始まりである龍眼の短剣をいよいよ間近で拝めるところとなった。渡されて順番にしげしげと眺めると、鞘の装飾は想像よりもずっとシンプルに感じた。ゴテゴテとしていない、エングレーブ加工のような刻印で覆われている。良い趣味だった。また、直近で付いたクリエの噛み跡も、由来を考えれば悪くないアクセントなのかもしれない。


「綺麗!どこで手に入れた物なのかしら」

「剣そのものはどこにでもある物っす。それをロレンスとクリエの両親が一緒に加工したらしいっすよ」

「すてきですね!とっても手先が器用だったんだ」

「要するに絵を描いたようなもんか」

「そうとも言えるっすね。鞘から抜いてみるっす」

「いいの?」

「もちろんっす」


 言われるままに、そっと鞘を外してみた。一同息を吐いて納得する。なぜ龍眼の短剣と呼ばれているのか、剣身を見てみれば明らかだった。昇龍の鱗まできめ細かなこと、そして、目の部分に色違いの宝石が埋められている。一番目立つ箇所であろう。


「だから龍眼なんだ」

「綺麗っすよね。ロレンスとクリエの、二人の子のための宝石っす」

「そんな思いが込められているのね」

「改めて、取り戻せてよかったと、心から思うよ」


 今にも動き出しそうな龍に見惚れて、夕陽を反射する宝石が眩しい。言うことなしの美しい短剣は皆の苦労に報いていたが、ケーイチは余計なことを思い出す。もっとも、日本国市民の彼にとって身近な龍はその場所にしかいなかったのだ。日本人のハルトなら同意も得られよう、小声で彼に耳打ちした。


「しかし、なんだな。ハルト、この龍何か思い浮かばねえか」

「何に?」

<ラーメン屋の丼>

<・・・わからないでもない>

「え?ハルトさん、何か言いました?」

「なんでもないよレッタ。綺麗だねって言ってたんだ」

「はい!ほんとうに綺麗ですね。素敵な思いも込められているし。いつかはわたしも、自分の子どものために旦那さんと、ハルトさんと・・・はぅ・・・」

「アホちゃうかお前」

「言えてるわねケーイチ」

「まだ早いんじゃないのかなレッタには」


 勝手な妄想を始めるレッタに、ケーイチは呆れただけだったが、ラスナはジトリ三白眼で彼の言葉に同意し、エミリアは笑顔なのに鼻の上から額にかける目元がドス黒く、いや怖い。知らぬはハルトばかり。

 そんなこんなで、他の皆にとっては何もかも解決したかに見えた。ただケーイチには、実際一番不可解に思っていた謎が残っている。彼はパイプの煙を吹かすとクリエの所在を聞いた。


「クリエっすか?医務室にいるはずっすよ。今回部下のみんなは致命傷に至らない怪我だけで済んだっすけど、それでも少なくない数が傷を負ったっすから、大急ぎで薬を作るように言ってあるっすから」

「なるほど、責任を取らせてるわけだ」

「クリエに何か用っすか?」

「ちょっと、ね」


 ライダたちと別れて船内に入り、まっすぐ医務室を目指した。ケーイチの頭の中には、例のマリネを口にして唇の端に付く酢油を袖で拭う彼女の姿がリピートされている。結局、クリエの面倒な諸事情と形見袖の汚れは結び付かなかったのだ。この謎が一つだけ残されたために、どうしても気になってしまう。

 医務室の扉は開かれていて、中を覗くと患者がいるわけではない。負傷者は数が有るから各々の船室で手当てを受けることとなっている。そうした治療は終わったのか、クリエは薬品を並べた机で書き物をしていた。


「今、いいか?」


 開けられたままの扉をノックするとクリエが頭だけ向けた。疲れは感じられるものの、珍しく酒は口にしていないらしかった。


「いいわよ。短剣は見たのかしら?」

「ああ、見させてもらった。綺麗にできてるもんだね。あと、ちょっと身近なものを思い出した」

「身近?」

「説明は難しいから省くよ。患者の治療ご苦労さん。船に戻ってからずっと働き詰めだったろう」

「私が蒔いた種だから、当然だもの。死者が出なかっただけでも心の救いだわ。それより、何か用かしら。船酔いでもした?」

「そうじゃないけど。一つ気になることがあって」


 クリエは首を傾げると身体ごとケーイチに向き直った。着ている服はやはり件の上衣、袖の汚れはあまり目立っていなかった。


「その上着、男物だと思うんだけどロレンスの?」

「ええそうよ。ライダが持つロレンスの名残が短剣なら、私はこの服かしら」

「やっぱり。ええと」

「この服がどうかした?」

「つまり、形見なんだよな」

「もちろん」

「聞きにくいんだけど・・・君はその服の袖で、よく口を拭ってるよな。エミリアにも注意されてたけど」

「見てたの?やだなあ」

「ごめん」

「べつにいいけど」

「そのことがずっと不思議だったんだ。なんていうか、肩身の使い方にしちゃあ、少々汚い気がして」

「そうね。そう思うのが当然」


 苦笑すると机の水を一口飲み、わざわざ見せるように袖で唇を拭った。これで、絶望的なズボラ気質の線は外れたことになる。元からあまり睨んでいた可能性ではなかったけれど。クリエは袖口に切ない目を向けて続けた。


「昔ね、ほんとうにずっと前のことよ。私はいい加減な性格だったから、物を飲んだり食べたりした後よく袖で口を拭いてた。時には鼻水なんかも。その度に、ロレンスには怒られたのよね。でもちっとも直らないから、何度も何度も注意された。この癖はそのうち直ったけれど、ロレンスが死んで彼の服を着るようになって以来、なんとなく思い出しちゃって。孤児院での生活は、食事が一番の楽しみだった。大した物は食べられなかったけど、ライダとロレンスと分け合って、笑いながら食べてた。楽しかった思い出よ、呆れるロレンスも含めて。だからかな、こうして彼の服を着て袖で口を拭いてると、側で叱ってくれてる気がするの。変かな?」

「いいや、変じゃないと思うよ。たしかに汚いっちゃ汚いけど。結局、クリエもライダと同じだったんだ」

「まさか。私は、あの子の思い出を消そうとしたのよ」

「名残を求めてるって点ではさ」

「・・・そうなのかもね」


 拍子抜け、した気もした。あんな面倒でひねくれた感情から行動を起こしていたクリエのことだ、もっと薄暗い事情があるのかと考えていた。実際は、暗くても少し違う、決して明るいわけではないけれど、懐かしい香りのする影が彼女を纏っていたのだった。むしろ名残の求め方だけでいえば、ライダより健全であるのかもしれない。ヘタに突っかかっていた疑念の取越し苦労、それならそれで良かった。

 ともかく、判ってしまえばケーイチにとって今回の事件は全て終わるのだった。肩の力を抜いて息を吐くと、ようやく疲れが出てあくびをする。


「じゃあ謎も解けたことだし、俺は夕食まで寝てるよ。今日はライダも食卓を囲むらしいし、クリエも来たらいい」

「ええ、仕事が終わったらそうさせてもらうわ」

「ほんじゃ」

「ああ待って、あなたに()()物があるの」

「俺に?何も貸してないけど」

「これよ」


 戸棚に立って取り出すのは酒瓶だった。見覚えがあるのもそのはず、それはライダと一線交えてから彼女にもらい、クリエに取り上げられた物。ケーイチは笑いながら受け取った。


「今更だけど、悪いことしたわ」

「別によかったのに。でもありがたく受け取るよ」

「そうしてもらうと助かるわ。でなきゃライダに怒られちゃう」

「かもな」


 背を向けて酒瓶持つ手を上げる、重さが、嬉しく心をくすぐった。

 船に乗り込んで以来、ライダとクリエだけでなくケーイチまでもが、何かの名残を感じることに心を囚われていた気がする。この酒瓶の重さだって、二度目はないライダとの逢瀬のカケラ、即ち名残。そして船室に対する奇妙な哀愁も、実家の自室の名残を受け取ったから、そう思えたのだ。ロレンス号とそこに住まう人々にも、これからどこに行っても思い出させる名残があるのかもしれないと、船独特の匂いを胸一杯に吸い込んだ。身体に覚えさせておくために。

 船室に戻ると下士官の負傷者がたむろしていて、中にハンモック吊りの彼も、自身は腕を吊っていた。今更、厳つい顔への抵抗はない。部屋の埃っぽさは相変わらずで、変に安心すると下士官と微笑み合い、自分でハンモックを吊って潜り込んだ。

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