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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第一章 異世界に行くということ
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第7話 いったいこの三人は

 コの字形に並べられた机の、一番奥に勇者たちは座っていた。しかし魔練術師の姿は見えない。近くにいた村人に聞くと、負傷者の手当てをしてから来るそうだった。その負傷者には、恵一が射殺しかけた捕虜も含まれているはず。髪を掻いて、指定の席は勇者の隣だったから鷹揚に向かい側に立つと頭を下げた。


「さっきは申し訳ないことをしました、すまないです。どうかしてたんです。皆さんは村を助けてくれたのに」


 勇者はケロッとして少年らしい笑みを浮かべると、なんでもないというふうに手を振った。勇者を挟んで座る女騎士は、アイラインたしかな瞼を尖らせて睨んでいる。そちらにも目を合わせて頭を下げた。


「動揺してたんだから、仕方ないよ」

「しかし、俺はあなたに銃口を向けた」

「いいって、弾は当たらなかったんだから」

「はあ」

「それより、僕たちの方も、子どもも含む犠牲者が出てしまって」

「匪賊は神出鬼没ですから。それこそ仕方ないです」


 ゴン、とコップを置くにしては威圧的な音は、女騎士の手元からだった。彼女は水を注ぎ直すと薄く桃に光る唇を開いた。


「ケーイチって、言ったっけ。あなたの方は、仕方ない、じゃ済まないんじゃないの?強力な銃を持ってるのに、功名心に駆られて」


 嫌味ったらしく言うことには、勇者を殺しかけたことを根に持っているらしい。恵一は激昂せず黙って聞いていたが、功名心に駆られたというところだけは否定したかった。


「なにも、功名心がって話じゃないけど」

「功名心でなければ場違いな行動ね。責任あるんじゃないの」

「ラスナ、やめろよ」

「少なくとも、ハルトを撃とうとしたのはお門違いよ」

「いいや、全くその通り」


 苛立ちがあるにはあったが、聞くところによると、恵一よりもこの女騎士の方が活躍していたらしく偉そうなことは言えなかった。死んだ子のことにも、自警団の一人として活動していたからには責任を感じていた。

 しかしそれでも何もしなかった訳ではなく戦って結果生死を彷徨った。言われっぱなしなのは尺。わざわざ彼女の目の前のローソクに大袈裟な腕を伸ばして、煙草に火を点けた。


「いやに勇者様のことを庇うんですね。惚れてる?」

「なっ!ち、違うわよ!」


 顔を真っ赤にするところを見ると図星だった。きっとよくある話、何かの弾みで女騎士が助けられたか、勝負でもして負けてそれでも紳士的な扱いを受けて、強さと優しさに憧れを抱いたか。きっと魔練術師がいるのも似たり寄ったりだろう。


「顔赤くして言っても説得力ないすよ」

「名前も知らない相手に随分失礼ね!」

「ラスナってんでしょ、そこの勇者サマが言った」

「そ、そうだ!自己紹介がまだだった!」


 挟まれて口喧嘩される勇者は身の置き所に困って、手を叩き唐突な提案をした。というより、一番初めにすべきことだった。


「僕はマキタ・ハルト。仲間と旅をしてる」


 思った通りの日本人名のフルネームで、この世界の言葉で改めて聞くと急に沸く親しみが奇妙に感じられた。アキトも日本人らしい名といえばそうなのであったが、コルバの息子であることからあまり日本のことは浮かばなかった。この国、というより地域では、かつていた世界の様々な国のものに近い名が少なからずあるのを知っている。恵一は日本語で話しかけた。


<日本人ですか、転移してきたと思うけど、どこから?>


 ハルトは目を丸くして次の言葉が出なかった。思った通りの反応といえばその通りで、恵一は煙草をもう一本用意して尋ねた。


<俺ァ石塚恵一。中城大学三年、21歳・・・いや、こっちゃ来てしばらく経つから、22かな。マキタは予想つくけど、ハルトはどういう漢字書くんです?>

<春に人でハルト。僕は高校1年生だった。中城大ってことは、名古屋の人?>

<そうなりゃあな。住んでるとこはちょっと違うけど>

<僕は東京でした。上野です>

<パンダのおるとこですね。いいとこ住んでたのに、飛ばされてきて災難でしたね>

<そうでもありません、こっちじゃ僕は活きいきして生活してます。仲間もできたし。敬語はやめてください、石塚さんの方が歳上です>

<石塚さんたあ涙が出る。そちらも敬語は止して、恵一で結構>

<じゃあその通りに>

<なんたってあんたは、俺とは違って力がある。敬語なんて使われたら腹壊すでな>


 やっかみ半分で最後言った言葉に、ハルトは笑わず表情を硬くした。力の話で態度を変えたのは明白で、恵一は日本語で続けた。


<こっち来るとき、どんな風に?>

<学校行く途中に誰かに呼ばれた気がして、そっちを振り向いたら、その、神の部屋に>

<そいつ、キリストみたくして、コーヒー飲んでた?リーマンのデスク置いて>

<そう>

<同じ奴かな。俺は急に暗くなって、目を開けると()()にいた。言われたよ、どこぞの世界の修復、要は世界を救やあ帰してやるって。でも、くれた銃の扱いとこの世界のこの国の言葉を教えられただけだった。何か力をくれるのかって思ったら、そのくれてやる能力は、本チャンの転移者・・・きっとそれが君なんだな。そいつにやると言ってた>

<戦闘能力スキルや体力向上、言語能力スキルを高質なものでもらったよ>

<なんだと?オーバースペックだ>


 煙草を握る指に力が入り灰が散った。自然と眉間に皺が寄り額が引きつるのが自分でもよく判る。ともすれば(なじ)りそうになる声を抑え、選ぶ言葉に目をぐるんと回した。それは大人がやりがちな怒ろうとする仕草で、転移以来この方誰にも叱られなかったハルトは新鮮な思いで怒りを感じ取った。


<俺はあいつから、世界を救えと言われた。勇者に付いて回って救世の補助をしろと。お前はなぜ転移させられると言われた、俺はどんな存在として引っ付いて回る人物と言われた?>

<僕は・・・乱れた世界を浄化するために旅をして戦えと。スキルの付与は、それをするのに僕が一番適した存在であるからと言われた。ケーイチのことは、間違ってこの世界で迷子になってしまった日本人がいるから、一緒に連れて行けって>

<迷子、馬鹿にしてんか!>


 恵一の剣幕にハルトは身を震わせた。しかし怒鳴ったことはすぐに後悔する。こいつはこいつで身勝手な神に連れてこられた訳で、恵一がより惨めというだけで状況は同じだった。自分が怒鳴り続けるのは、惨めというのを理由に、より意義を持って転移したハルトに鬱憤を晴らしているだけであった。彼にも罪はないのだ。


<怒鳴って済まない。俺の方は一応君の補助と言われたよ。しかしいてもいなくてもいいような補助だから、俺のことは従者として扱ってくれて構わない。いつからこっちに来た?>

<従者なんてそんな、同じ仲間だよ。ええっと、二週間前かな>

<元の世界での、最後の日付は?>

<2019年の11月3日>

<なんだ、そこは俺と同じか。ますますおかしくなった>

「あなたたちばかり話して、私は置いてきぼりじゃない」


 ラスナと呼ばれていた女騎士が頬を膨らます。知らない言語でずっと話していて会話に参加できなかった。恵一は苦笑いして「すみません」と、こっちの母国語で言うと、最後日本語で付け足した。


<世界を浄化って、いつになったら帰れるんかな>

<帰りたい?>

<当たり前じゃないか、この村は第二の故郷だけど、やはり帰りたいさ>


 来て二週間といえば、恵一はホームシック真っ盛りだった。酒に酔って、酔いきれずに泣いて、家族友人のことや、ありふれていたはずだった情景を思い浮かべて止まなかった。しかしハルトからは、未練というものが微塵も感じられなかった。こちらの世界では勇者扱いだから、味を占めたのだろうか?気を寄せているらしい美少女も伴っているのだし。だけど彼にも友達や家族がいて、こちらの世界ではできない楽しいことがあったであろうはずなのに、こうもカラッと生きているのは不思議で仕方なかった。

 ヤニ臭い指を拭いて女騎士に手を差し出した。尖る目尻は未だ威嚇の色があったが、拒否することもなく握手に応じた。


「石塚恵一、恵一で構わない。なんの能力もない凡人だけど、よろしく頼む。一緒にこれから旅する仲だ、仲良くやろう」

「私はラスナ・グライス。あんまり荒れないでよ、さっきみたいに。それから、ハルトと私はなんでもないから!」

「悪かったよ、意地悪言った。見たところ女騎士?強そお。なんで彼と旅を?」

「騎士じゃない、剣士。馬には乗らないから。修行の一つでハルトとは旅をしてる。ハルトと初めて会った時勝負することになったんだけど、負けちゃって。彼も一緒に旅する人を探してたし、人助けに戦っていれば強くなる道も見つかると思ったから。あなたは?」

「この村では農夫をしてた。ハルト君曰く、俺は世界の迷子らしい。俺も元の国に帰るに必要な仕事をするため、旅のお供だ。何歳?女の子に歳を聞くもんでもないけど、非常に若く見える」

「弁えてるんだかそうでないのだか・・・16よ、ハルトと同じ」

「そんな若くして剣士修行とは、俺は22で何もないから頭が上がらない」

「22なの?結構()()()ね。私は見習い。でもあの子は、同じ16でも本職の魔練術師として仕事をしているわ」


 ラスナが入口の方に目を向けた。視線の先には、件の銀髪眼鏡の少女が、疲労の色を隠さず入ってきた。彼女は恵一を見つけると笑顔で顔を覗き込んだ。なるほど、やはりこの娘も美少女で、ラスナよりは穏やかな顔付き、丸く象られる瞼を細めた。


「調子はどう?さっきは元気そうだったけど」

「ええ、おかげさんで。あなたはお医者さん?」

「ううん、私は魔練術師。でも医療も兼ねてるから、そうともいえるかも」

「その、魔練術師って?魔法使いがいるとは聞いてるけど、見たことない」

「あなた、魔練術師を知らないの?」

「だから初めて見たんだって」


 四人揃ったのを見計らい、コルバが会食始めの音頭をとった。麺とスープが並べられ、ハルトは見たことがあるはずだが、三人は不思議そうに匂いを嗅いで料理を見つめていた。


「ハルト君はラーメン屋行ったことない?」

「これはメニューで見覚えがある、でも食べるのは初めて」

「美味いんだから。魔練術師さん、後であなたのことを教えて」

「もちろん。じゃあ名前だけは、私はエミリア・オルドリン。ハルトくんのお供をしてるの」

「俺は石塚恵一、恵一と呼んで。22できっと君たちより歳上だけど、気にせずに」

「あら大人。私まだ16よ」

「聞いたさ。大したもんだ」


 旅立ちについて、恵一は言葉を求められた。だがハルトたちとの会話を通じて、センチメンタルが薄れていて、大演説による村への賛辞を行うつもりが簡単な言葉で済んでしまった。だけどこれがしばしの別れ、コルバたちとはもちろん、村の友人や仕事仲間とも話をしたかった。旅人と話をする機会はこれからいくらでもある、エミリアのことだけ少し聞くことに留めようと、くわえ煙草で料理を持った。


「魔練術師っていうのは、魔法の中でも練術を使って何かを作り出す人のことを指すの。魔練術師の多くが今していることは既存している物の複製かな。それから、派生して身体の仕組みを治すことができる」

「なんでも屋なんだ。無から有を作り出す」

「ううん、無からっていうのは少し違う。世界中にある資源を、少しづつもらってそこから作っている感じ。人を治療する時は人そのものが持つ再生能力を手助けするの。ケーイチくんは、かなり危なかったよ」

「一瞬死んだ気がした。もしかして、俺が矢にやられて倒れた時、その、膝枕してくれたのは」

「それ私!すぐ見つけられてよかった」

「命の恩人ってことだな。母さんを思い出した。でもありがとう。相当な力を使っただろう」


 煙草と料理を置いて深々と頭を下げた。エミリアはちょっと照れた仕草で眼鏡を直し、慌てて言った。


「頭を上げてよ、その、できることをしただけだから」

「いや、いくら礼を言っても足らないよ。ありがとう。そういえば、なぜ旅を?」

「それは・・・」

「魔練術師はとても貴重な存在なの。だから誘拐されて強制的に働かされることもある。そういう騒動の時、ハルトが助けた」

「だから、ハルトくんとラスナに恩返しで、旅のお供を。ね?」


 染まる頬、ハルトへの視線ちらつくと同時に恵一はしらけた。加えて、彼がにこやかな笑みをエミリアに向けるとラスナが明らかに不貞腐れている態度に、一瞬だけ内面どこか黒く三人から遠ざかった。

 たかだか二週間で少女二人をコマしたハルトの、それに対して気を揉んでいるかどうかは知らないし、惚れられただけの理由にケチつけられるわけにもいかないけれど、この手の一目惚れはどうにも安っぽく見えた。一目惚れ特有の猛アタックをするでもなく知り合ったばかりのおずおずしさを持つでもない、中途半端に進んだ過程が気に入らないのは、恵一自身が異性との関係は一足飛びな性愛か友情から始まるものだと信じていたからだあった。あるいはただ、二週間という僅かな期間で筋の通った物語のように、それっぽいことを為してパートナーを連れていることへの嫉妬なのかもしれない。


「俺は最後の夜だから皆と話をしてくるよ」


 ラスナが自分のことを棚に上げハルトへの気持ち確かめる詰問にエミリアはたじたじ、当のハルトは恵一に軽く頷いた。恵一は煙草をくわえ直して料理を持つと、背を向けて鼻で笑った。

 おそらくこれから、短くない生活を共にすることを考え、恵一は三人と仲良くしなければいけない。いくらかは大人ぶった思考と視点と感情を持って、少女たちと少年の中途半端な関係には一歩引いて笑って見ておればよい。楽しむ気でいなきゃと頭を振った。

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