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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第四章 セーラーと短剣
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第15話 新たな感情

 ライダたちは、本拠地近くの歩哨線にぶつかるもこれを撃退、一気に攻め込もうと突入すべく走った。


「やるっすねえラスナさん!大活躍っす!」

「これくらいどうってことないわ。見た、見たわよねケーイチくん?」


 白兵戦ではラスナの剣がものを言う。次々と襲いかかる敵を一番倒していたのは彼女だった。得意げな笑いを向けられるケーイチは、振り回しても結局敵の誰一人に擦りもしなかった銃剣を鞘に納めて言い訳する。


「ケッ!こんなとこで銃使えば味方に当たるだろうが!もうちょい距離有れば俺だって!」

「じゃあその短剣はなあに、お飾り?」

「テメーッ!」

「ほら、兵舎が見えてきたっす、もうちょっとっす!」

「俺の出番だ!」


 ラスナを追い越してライダと並び、カービンを構えた。森林の終わりが見えてきて広い台地に、偵察した時のままに陣地と兵舎がある。ライダが止まって木の陰に身を潜めると自然と隊列も止まった。両腕を広げて散開の合図、船員たちは素早く広がって、取り残されるハルトとラスナはケーイチの木に走った。枝にカービンを置いて依託射撃の姿勢をとり、横から二人の顔が出る。


「お前らもうちょっといい動きできねえのかなあ。あ、おい、あんま顔出すなよ」

「だって!私たち軍隊の訓練なんて受けたことないもん」

「俺だってねえよ」

「ここから狙える?」

「できる。だから俺は援護に・・・」

「準備はいいっすか。ここからできるだけ多くの敵を撃つっす。砲はまだ来ないっすか?」

「獣道みたいなとこを引きずってますから何分時間が。でももうすぐです」

「来たら盛大に花火打ち上げて突撃っすよ。待ってるっす、ロレンス!」


 ()()()は気炎を上げて剣を抜いた。背後ではいよいよ砲を運ぶ船員の掛け声が、皆を勇気づけてくれる。ライダは射撃指揮に剣を振り下ろそうとした。

 その時、ハルトたち三人と最前列の船員何人かが異常に気づいた。剣を掲げたライダはおかしな声に一瞬留まる。


「あっ!」

「ど、どうしたっすか?」

「ライダさんあれ!」

「船長!ヤバイです!」


 気づいた者皆、前方を指差してその先は一点に交差する。ライダは目を細めて凝視すると、今まで陣地や兵舎の全貌を見ていたから確認できなかった、あまりにも恐ろしい光景が飛び込んできて、唾を飲むと改めて単眼鏡を覗いてみた。


「クリエ!それにあれは、龍眼の短剣⁉」


 規格外に巨大な鍋からおどろおどろしい色の湯気が昇り、周りに組まれた枠組みからクリエがぶら下げられている。しかもよく見覚えのある短剣が首に掛かる。顔色は蒼白を上書きして湯気の熱に当てられて苦しそうに汗をかいていた。人質をとられたことはもちろん重大問題であるが、それよりもなぜクリエが、住民の居住地や海岸から離れた場所で捕まっているのか、困惑に目が回る。単眼鏡を離すと何も知らない砲を牽引する船員たちが到着した。


「船長!早くやりましょうや、こいつをブチ込みたくてウズウズしてる」

「ま、待つっす。クリエが・・・」


 同じ頃、敵もこちらを確認していた。彼らとしては予定通りのことで、ボスは不敵な笑みを浮かべるままに堂々と登場した。彼の普段から大きすぎる声は軍使を使うこともなく脅迫と要求を伝えること容易だった。


「ミスティ船長!聞こえてるな。見ての通りだ、俺たちゃお前らの大事な仲間にして裏切り者のこの女を人質に取った」

「クリエを離すっす!それに、裏切り者ってなんのことっすか⁉」


 ライダも負けずに声を張り上げる。謎は謎を呼んで、今度は裏切り者ときた。確かにクリエが敵陣にいることは不思議である。レッタ共々何らかの方法で捕縛されたのかとも思ったが、人質として使うなら子どもの方が効果はあるだろう。もしレッタのみ死んでいるとしても、亡骸は見せしめに晒すはず。なら、クリエは単身捕虜になったと考えるのが妥当であろう。

 二人がはぐれてクリエだけ捕まったと、頭の中でこじつけようとしたが、レッタ本人の登場で打ち消される。エミリアも一緒だった。


「みなさん!怪我人は?」

「もー大変でしたよ!木と木の間を飛んでくるのは」

「エミリア!それにレッタも。レッタ、クリエと一緒じゃなかったのか?」

「クリエさんは砂浜に連れて行きましたよ」

「私の代わりにまずクリエさんが行って、私はその後レッタに乗って海岸に。負傷者の手当てをしてから、クリアさんが討伐隊を追ったって聞いたから、これからもっと怪我人が出ると思ってこっちに来たんだけど」

「でも、クリエさんは僕たちとは会わずに・・・」

「捕まっちゃったの!」

「ええっ⁉︎」

「レッタちゃん、どうしてクリエをエミリアさんの代わりに連れてったっすか?」

「ええと、わたしはエミリアさんを連れてくるように言われたって伝えたんですけど、急にクリエさんが代わりに行くって。ライダさんと話がしたいって言って」

「話?私は会ってないっすよ」

「え、じゃあクリエさんは」

「おい、聞けってんだよ!」

 

 ボスは変な余裕を見せて、味方と話し合うライダを待っていたが、余裕と同時に短気でもあった。ちっともこちらを向かない彼女たちに業を煮やして怒鳴ると、やっとライダが枝の隙間から顔を出した。


「こいつはなあ、てめえたちをハナっから裏切ってんだ。説明してやろう。お探しの短剣は俺たちが持ってる。それを知ったこいつは、おめえらが短剣に近づけないように工作することを俺たちに持ちかけた。それか、短剣そのものを壊してからてめえらの目に入るようにする、そう言いやがった。しかしそのための金はたんまりもらったぜ」

「嘘っす!龍眼の短剣はクリエにとっても大事な物っす!そんな、短剣を遠ざけたり壊したりなんてことするはずがないっす!そうっすよね、クリエ?」


 クリエは黙って顔を背けた。「うん」と言ったも同じである。戦慄するライダは感情で信じることを拒否していた。しかし脳は、この態度が後ろめたい肯定を示すことを順当に理解してしまい、固まって剣を取り落とした。盗賊たちにとって嬉しい反応、ボスは更に続けた。


「こいつはさっき来て、自分で短剣を壊すとも言ったぜ。短剣そのものは俺たちに関係ないが、わけわかんねえなあ。喧嘩でもしてんのか?」

「・・・そんなことないっす。クリエはいつも私のことを考えてくれてるっす。嘘っす、お前が言ってることは全部嘘っす!」

「嘘つきってんなら、この女に言うこったな。おめえたちを騙したんだからな」

「黙るっす!嘘つきはお前っす!」

「ほんとうよ!本当なの!私は、あなたを騙したの!」


 クリエは今なお庇ってくれようとするライダに耐えきれなくなり、ついに叫んだ。狂騒が一気に抑えられて張り詰める空気の、静寂の中に薬品の煮えたぎる音がBGMとして混ざった。まともに顔を見られるわけがない、俯いたままに白状する、涙が鍋に落ちた。


「ロレンスの短剣をライダが取り戻したら、過去に決着をつけて新しい人生を歩んでしまう。私には耐えられなかった。ううん、ずっと前から耐えられなかった。あなたとロレンスが愛し合っていることそのものが。彼が死んでも愛情を消すわけにはいかない、だけど、引きずるままなら、誰かと新しい恋に落ちることなんてないから。たとえ何人もの男と寝たって、そのことだって嫌だったけれど、それでも、新しい恋を見つけられないことの方が良いと思ってしまったから。それに、短剣を探すことであなたは随分と無茶したもの。短剣さえ無ければ・・・だから永久に遠ざけようとしたの」

「なんで・・・なんでクリエがそんなことをしようとしたっすか!あの短剣はロレンスの、いや、ロレンスだけじゃなくて家族のたった一つの名残じゃないっすか!」

「あなたのことを好きになってしまったからよ!何もかもを捨てて、ただあなたを愛してしまったことだけに、私は全てを狂わせたのよ!」


 狂いきれなかった、というより自ら望んで狂おうとした不完全さに、最後の良心がクリエに涙を流させていた。

 この場にいる全員はそれぞれの受け止め方をした。馬鹿だとか悲劇だとか、三者三様に思いを巡らせていたが、少なくともライダは、破滅的な状況において告白されて怒っても悲しんでもいいのだけれど、そのどちらでもなかった。クリエに対する感情より、彼女をあんな状態にしてしまったことへの後悔が膨らんでいた。


「許してなんて言えない、でも、ごめんなさい・・・せめて、せめてあなたの手で私を殺して!」

「そんなこと、できるわけないじゃないっすか!」

「お願い!こんな私を知られたら、もう生きていちゃいけないもの!」

「生きていけばいいっす、私が側にいるっすから!」


 誰にとっても意外な答え、ライダ自身も、本能のままに次い出た言葉だった。だが訂正の必要なく、自分で言ったことの内容が頭から爪先まで染み渡っていくような、火照る顔で森林から一歩踏み出すと両腕を広げた。


「短剣を取り戻したら新しい人生を歩む、その通りっす。ロレンスのことは純粋な美しい思い出になって、そっと大事にしまって生きるっす。新しい恋だってするかもしれないっす、私のことを愛してくれる人に」

「だから私は嫌なの!あなたが恋する人の中に、私はいない!」

「なんでそんなことを決めるっすか!クリエ、もう一度やり直すっす。私に、クリエに恋をさせてほしいっす、だから帰るっす!」

「嘘言わないで!」

「本気っす!クリエが幸せじゃなきゃ私も幸せになれないっす、私はクリエに恋をしたいっす!」


 助けるための方便だけではなく、本心から叫んだ。実際、ライダにとって恋は性別によって区別されるものではなかったのだ。恋に留まらない愛情が彼女に言わせることは自身に新たな変化をもたらして、頬に紅を差す。拒絶する理由のなくなってしまったクリエは、許される以上のものを与えられて身に余り、クッと上げた顔から溢れて泣きじゃくった。

 ハルトたちは思いがけないカップルの生誕に感動していたが、ケーイチはそれとは別に、何かを思い出すように溜息を吐いた。


「めんどくせえ女だったんだな。あーあ、俺が知りたいことはそれだけじゃないんだけど」

「無粋ね、ケーイチ」

「素直に祝福すればいいのに」

「祝わないわけじゃないさ。ただ、結局のところ俺が一番気にしてるのはもっと別のとこってだけ。それに見ろ、ちょっと呑気にしすぎたぜ」


 ケーイチの言う通り、この緊急事態にライダとクリエだけに物事がシフトしすぎた。サスペンス舞台の立役者であったはずのボスは置き去りにされていて、本当は鬱陶しい奴らの友情が真っ二つに引き裂かれる様を見たかったのに、なぜか百合の香漂って急に場違いな存在にされてしまう。怒りの四つ角蠢いて、血管は音を立ててブチ切れた。


「おいおいおい、ふざけてんじゃねぞ!てめえら、立場ってんのがわかってねえみてえだな。おいコラ、こっちゃ人質取ってんだぞ!クソッタレ、変なもん見せやがって」

「さあ、早くクリエを解放するっす。この通り私たちは仲良しっすよ。仲違いさせようったってそうはいかないっす」

「ライダ・・・!」

「馬鹿言ってんじゃねえよ!人質取ったからには要求ってのがあるもんだろが!」

「要求・・・何っすか」

「そうだ。ようやっと本題に入れるってもんだ。要求、一つ目だ」


 なんとか悪党としての体を取り戻したボスは、俄かに剣を抜くとクリエをぶら下げて固定しているロープに刃を当てた。彼女の下には、血に飢えた猛獣よろしく溶解液が気泡を作っては弾けさせていた。

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