第14話 クリエの向かう先
偵察に行ったケーイチたち、道を逸れて行ったものの目標まで大した距離もなくて、別に会敵することもなかった。兵舎の付近に陣地があって、形と配置人員を調べる。敵は水際で殲滅できると考えていたからか、動揺を見せていた。報告を済ませるとライダはすぐさま追撃の命を下す。煙草一服の間もなかった。
「さっきみたいな手を使ってこないとも限らないっすから、各自気をつけてるっす。三班は、今偵察してきた道の案内を頼めるっすか?」
「モノは次いで、もちろんです」
「あの、俺、休憩してってもいい?」
「ケーイチさんは前衛を頼むっす」
「えーまた!」
「ハルトさんとラスナさんにもお願いしていいっすか?」
「了解!」
「いいわ」
「ありがとうっす。ケーイチさんも、もうひと頑張りっすよ。そしたら混じりっけなしに私の笑顔を見せてあげることができるっす」
そう言って耳元に寄せる唇の、笑みは大分純度を高くしていた。笑顔、初めに見た、自分たちが許すと伝えた時のような表情。あの時はライダの過去なんざ知りもしなかったから、随分子どもっぽい笑顔だと思ったものだった。彼女を抱いてしまってからは、どうにも暗く影が過る心のつっかかりがあっていたたまれない時もあった。その影が消えるというのは、ケーイチにとって脳を詰まらせるライダとクリエの謎が、綺麗に解けることを意味している。謎解きはさっさとしたかった。
「まあ行こっか。もう一踏ん張り」
「うん、行くっすよ!」
「ようやく龍眼の短剣とやらが拝めるってわけか。まったく、人騒がせな刃物なんだから」
「私たちの縁も作ってくれたっすよ、ロレンスは」
縁というのは確かにそうだ。この短剣探しが取り持った縁には違いなく、それには少し、虚偽通報した奴の手助けがあった。やったのがリーネなのか誰なのか、許すわけにはいかないけれど、ともかくクライマックスへの一歩を踏み出す。
あとクリエがこの場にいたら、ドラマとして登場人物が出揃うものと、おかしなことを考えてカービンを担いだ。
ケーイチのくだらない考えは当たろうとしていた。
クリエがレッタの背から降りた時にはもうライダたちは出発していた。残留の船員と負傷者に聞くと敵本拠地の攻撃へ向かったとのこと。負傷者の手当てを応急的に済ませて、出かけるからエミリアを連れてくるようにレッタに命じた。
「えーまた!」
先ほどのケーイチと同じことを発して、レッタは肩を落とした。負傷者の手当てのためにクリエを連れてきたのであって、どこか離れてしまうとは聞いていない。確かに、ライダと話がしたいとは言っていたけれど。
「あの子がいた方がいいわ。なんたって治癒魔法が使えるんだし」
「でも、クリエさんもここで治療したらいいじゃないですか!どこ行くんですか?」
「大人の野暮用に口出ししないの」
「もー子ども扱いして!」
「さあ早く飛んだ飛んだ」
「むう、クリエさんも早く帰ってきてくださいね!」
レッタの言葉を聞き終わるか終わらないか、クリエは本拠地への道を探した。この島のことならよく知っている、件の結託した盗賊とは計画を組む上でよく地図を読んでいたのだ。ライダに会うより敵と交渉する方が早い。近道に通ずる茂みの辺り、大量の足跡で砂が踏み荒らされていた。クリエはより焦って近道に飛び込んだ。
森林を駆けてあまり時間も経たないうちに本拠地の歩哨とでくわした。歩哨は、見慣れない女がたった一人でなぜこんなところにいるのか仰天して、しかし上陸してきた奴らの仲間であろうと思い小銃をブッ放そうとした。
「うわあ!敵だ!」
「違うわよ!あんたんとこのボスと仲間よ。これ証拠」
クリエが出したのは勘合みたいな物、小さな木札に盗賊団のマークが半分描かれてあった。歩哨にあたる手下はもう半分の札を持っている。訝しみながらも自分の札と合わせると、一つの意匠が出来上がった。
「ほんとだ。でも何の用で」
「ボスに文句言いに来たの。これじゃあ契約違反だって!」
「はあ?」
「と・に・か・く!連れて行きなさい!」
「は、はい!」
ものすごい剣幕で怒鳴られて、歩哨はボスの元へ案内をした。兵舎とは別に独立した小屋があって、そこがボスの居所。小屋の近くには何やら巨大な鍋が火にかけられ、異臭放つ液体がグラグラと煮詰められている。周りには足場が組まれていて奇妙な物体だった。首を傾げながら入ると、港の酒場にいた男が酒を呷いでいた。
「どーいうことよまた言うこと聞かないで!島を渡してくれるだけのお金はあげたのにどうして黙って出ていかないのよ!」
「うるせえなあ、こっちにはこっちのやり方があんだよ」
「短剣を壊してそれを置いて、そしたら出て行く手筈でしょ!それになあに、大砲まで奪われたって話じゃない。バカじゃないの」
「やかましい!てめえの指図はもう受けねえ」
「あっそ!じゃあ短剣返して。私が壊してそれをライダに見せつける。そしたら帰るわよ」
「短剣ってこれか」
ボスは足元の袋から装飾された短剣を出した。
これが、ライダが必死になって探している短剣だった。この盗賊団に短剣を持ち去られたことを知ったのは、ケーイチたちと会う少し前である。偶然見てしまった短剣に、親やロレンスのことを思い出しもしたし、それを持っている男は仇のはずなのだが、ふと浮かんだ考えは短剣を遠ざけるかさもなくば破壊だった。
盗賊団に近づき持ちかける話は、もし短剣の所持が露見したら船を出港できなくして捜索どころではない状況にすること、それかアジトにまで攻められたら壊して出て行くこと。これを頼むだけでもかなりの金を要求された。急ぎ薬を調合して方々に売り、作った金で本拠地の島ごと買い取っている。しかし盗賊団は何一つ言うことを聞いていなかった。この卑怯者の集団に何か持ちかけること自体が間違いであったと後悔する。
「そうよ、返して。お金まで返せとは言わないから」
「返す、ねえ。嫌だと言ったら?」
「嫌?そこまで腐ってるのあんた」
「ご挨拶だな。自分にとっても他人にとっても思い出の品を、わざわざ壊しちまおうなんて言うおめえ、腐ってねえって言えるのか」
「うるさいわね!」
「まあいい。おい、お帰りだ」
ボスはやけに素直に短剣を返した。クリエは短剣を少し抜き、宝石も刻印も傷一つなくそのままであることを確かめると、溜息吐いて鞘に収めた。くるりと背を向けて小屋を出て行こうとする。
「じゃ、あとは私がやるから。あなたたちともこれっきりね」
「いや、もうちょっと付き合ってもらうぜ」
「なによ、戻るんだから」
「おい、やれ」
「えっ⁉︎」
ボスが片手を上げると手下たちがクリエの行手を塞ぎ、彼女を拘束した。抵抗虚しく、短剣を抜くまでもなく縛り上げられて、転がる身体を担がれた。そのまま、件の鍋に設けられた足場に運ばれると上の柱に吊り下げられる。
「ちょ、ちょっとちょっと、何する気よ!」
「あと少しショーに付き合ってもらうぜ。おめえからも、あの自警団気取りの奴らからも、コケにされたお返しはしたいからな」
「やめなさいよ!こんなことしたって、殲滅されるのがオチでしょ!」
「それはどうかな。人質、それも親友がってなりゃ、下手に手出しはできねえだろうよ」
「ヒキョー者!」
「ボス、うるさいから猿轡でもしときます?」
「いや、目印になるからいいだろう。足場を崩せ、おっと、忘れもんだ」
暴れるクリエの首に、ボスは短剣を引っ掛けた。いよいよ足場が取り去られて、ムンムンと立ち昇る異臭、刺激が強くて素肌まで痺れてくる感覚に脚をよじらせた。
「この鍋の中身はなんでも溶かしちまう薬品でな。人間はおろか鉄だってたちまちボロボロにしちまう。これに耐えられる鍋探すのに苦労したぜ。おめえの短剣を壊すって願いは叶えてやるぜ。もっとも、その時はおめえも一緒に壊れるんだがな。ぐわっはっは!」
「ボス、敵の野郎、そろそろ来ましたぜ」
「じゃあショーの司会といこう。おい、せいぜいわめいて俺たちを楽しませてくれよな」
薬品の刺激臭より、ライダたちの到来を知ったことによってクリエの身体は強張った。何もかも知られてしまう。死ぬよりも怖いことで、むしろ彼女に見られる前にこの鍋の中に落ちてしまいたかった。




