第12話 上陸
レッタの力を借りて島の空中偵察を終えた。彼女にぶら下がる下士官が戻って報告する。新しく判ったことは敵の沿岸配置や兵舎の位置など、それも予想した地点にあったから予定通りに作戦を進めそうだった。
「朝方暗いうちに始めるっす、大体4時くらいに出撃することにして、集合は3時に。闇に紛れて島に接近してボートで上陸、沿岸砲は一門だけで船は射程外に停めるっすけど、まずは用心して見張りを潰すっすよ。朝早いっす、ご飯食べたら寝るっす」
「はーい」
「ふわあ」
またまた子どもっぽい返事をして、レッタはよく寝る子で昼間飛んだ疲れもあり、まだ夕方というのに眠たそうなあくびをした。他の四人別に眠くはないが、もう間も無く寝なくてはならない。
夕食には酒が出た。酔うためではなく寝酒、もちろんレッタには供されないが、ハルトとラスナも遠慮した。エミリアとケーイチはクッとグラスを空けて、彼女はほろ酔いになるようだった。明日を控えてか、クリエとの会話を思い出す。
「ロレンスさん、クリエさんのお兄さんだったんだって」
「え!そうなの?」
「うん。私が治療を受けた時に話してくれた」
「エミリアも聞いたのか」
「ケーイチくんも?」
「まあな。しかし面倒な事情を抱えてそうだ。エミリアには、兄貴のことをどう話したんだ?」
「悲しそうな顔していい男だって言ってた。でも、自警団の仕事で誰かが死ぬのはどうってことないって」
「思い出深いのか薄情なのかわからないわね」
「それだけならよくあることだ。でも、あの服は気になる」
「なんで?」
「エミリア、クリエが袖で口を拭いたのを注意してたよな」
「うん、ちょっと汚いかなあって」
「そうなんだ、汚い。普通の服でそうしてるならただ身なりを気にしない人間ってだけで済むけど、あの服男物だろ、どうもロレンスの形見らしい」
「そうなの?うーん、わざわざ形見を着てるなら、それくらいの注意はするよね」
「破滅的ズボラならともかく、客のエミリアに話すくらいだ、思いあって着てるんだろうよ。だのにあの扱いだからわかんねえ」
話すケーイチの頭に、ライダとクリエとロレンスが三角に結ばれかけた。ライダを抱いてロレンスの話を聞いた後にクリエの不遜な態度、また、汚れる形見の袖口、繋がりそうで繋がらない。しかしその三人を三点に配置することは自然で疑問を持たなかった。
ケーイチはおかわりを申し出るも、二日酔いになっては困るからと断られて席を立った。
「まあ短剣が戻ればわかるだろうよ。もう寝よう、明日はがんばらにゃ」
「やる気ねケーイチ。さっさと船を降りようとしたのに」
「そう言うな、俺だってライダを気にしてんだから」
「でも、短剣を取り返さないと快く旅を続けられないですもんね」
「わかってんじゃんレッタ」
それぞれの思いで就く寝床の、見る夢は違っていた。ライダとクリエのは同じくロレンスが登場したものの、装いは全く違う。
恋人としては、船首で寄り添い合い語られる言葉の甘さ、熱い紅茶に砂糖を入れたみたいにすぐに一体となって溶けた。言葉の内容は文として認識されないが問題ではない、発するだけでいいのだから。今はクリエが袖を汚している上衣をぴったり身体に沿わせて、厚い胸板に鼻先当てるとくすぐったく頬が蕩ける。しっかり肩を抱いてくれる指先を、指紋の一本一本逃すまいと楽しんだ。
妹としても、夢の中でくらい楽しい時間を過ごせたら一番いいに決まってるが、心は謀による背信と欲望と一応は残る良心の三巴、当然そんな都合よくなかった。クリエは船でもどこでもない場所に腰を下ろして、やたら柔らかい泥の地面、薄気味悪い生温かさで、目の前に泥人形が現れる。ロレンスに決まっていた。別に何も言やしないのは、口辺りの空洞が開いたり閉じたり、言葉になっていないから。クリエは不貞腐れて目を逸らすと吐き捨てるように言った。
「わかってるのよ。何もかも、全く意味のないどころか有害な暴走だって。だけど、仕方ないじゃない」
言い訳じみた答えに空洞は閉じたままになった。代わりに開く二つの穴、目の部分だが瞳も何も無い。しかしクリエは視線が痛く突き刺さるのを感じて、蒼ざめると吠えた。
「そんな目で見ないで、私も悪いと思ってる、引け目があるんだから、だけどこうするより他に知らないの、わかって、わかってお兄ちゃん!」
夢の終わり、目が覚めると発汗甚だしく、下着がべったり張り付くのが生温かくて、つい今見ていた夢の泥を思い出しかけると慌てて脱いだ。全裸になってベッドに座り込み、肩で息をしながら今度は汗のせいで寒くなる。両腕で胸を包むように自身の胴を抱くと、目から涙が出ていることに気づいた。
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
一体何に謝っているのか、自分でも解らないままにそう言う他ないと察して、それでも涙は止まらなかった。
『どうしたっすクリエ?』
扉の向こうから聞こえる声、ライダだった。クリエはハッとして涙を拭うと平常な声を取り繕った。ついでに新しい下着を身につけ上衣を羽織る。
「なんでもないわ」
『お兄ちゃんって聞こえたっす。怖い夢でも見たっすか?』
「まさか。でも今日は大事な日だから、もしかしたら無意識に、ね」
『そうっすね、大事な日っす。クリエも早く来るっすよ、みんな準備して待ってるっす』
「わかったわ」
足音が遠のいていくのを確認して溜息を吐いた。涙は拭ったままに止まっている。クリエは手鏡を出すと自分の顔を写してできるだけ怖い表情になるべく努めた。
余念を消してなりきれない悪魔になるのには、形から入った方がいい。元々切れ長な目を吊り上がらせると、鼻の上から宿る影に白目ばかりが禍々しく光った。
甲板に整然と並び、それも陸戦隊として胴乱に執銃、革脚絆の装いは、如何にも軍隊組織の統制された美しさがあった。ハルトたちより些か軍装じみた格好のケーイチも、ズボンの裾をうんと伸ばし戦闘靴に突っ込んで、よりきつく靴紐を締め上げた。ライダは短銃二挺を刀帯に突っ込むと腰に手を当てる。船員たちに向いて胸を張ると上衣がこんもり盛り上がった。
「これで短剣探しは最後にするっす。間違いなく取り戻せると信じてるっすから。こんな1リットにもならないことに付き合ってくれきてみんなには感謝してるっす。龍眼の短剣を、ロレンスを取り戻したら、今度こそ純粋に海運と自警団の仕事に励むっすよ。じゃあ行くっす!」
いつもの襲撃前とは様子が違う。敵に聞こえないように声を抑えていても、従来より溌剌とした訓示でライダの目は真剣に元気に光っていた。最後とも言ったからであろう、船員も皆それに応えて、精一杯鬨の声を上げる代わりに小銃を高々と掲げた。
レッタだけ、眠気吹き飛ばさんと「おー!」と声を上げてしまい、全員から指を立て静寂を求めるジェスチャーを受けた。
陸戦隊はボートに移ってから計画通り二手に別れた。やたら長い時間かけてゆっくり接近し、海岸が見える頃には水平線の彼方が白じんできた。ギリギリの時間でちょうど良いタイミング、上陸時にはまだ暗いだろうが戦闘が始まれば朝陽が上りより戦いやすくなる。
まずは、特に泳ぎの達者な数名が選ばれて隠密に監視兵を攻撃、上陸の啓開路を開く。彼らは小銃を預けると口にナイフをくわえ、ライダに一礼すると静かに海中に没した。行く末を固唾を飲んで見守り、白い航跡を目で追う先、海岸には黒い人影がいくつか立っている。これが監視兵には間違いなく、倒せば移火で合図する手筈。間も無く海岸に新たな人影がむっくり起き上がり、もつれあう格闘の後、火の点滅が行われた。ケーイチは銃の薬室を確かめ、ハルトとラスナも剣留を外すようだった。ライダは高く腕を上げるとまっすぐ前に下ろし、ボートは速力を上げて上陸を試みた。
海岸の監視兵は一掃されていて他の敵の姿もなかった。物見櫓もない、これで不意を突けるはず。ライダは砲らしき物を確保した船員に駆け寄った。
「大砲はなんとかなったっすか?これが一番の心配っす」
「これですかね、分捕りました」
「よくやったっす!これを使えば掃討も楽に・・・」
いよいよ朝陽が上ってきた。島の端から順に照らされていって、皆眩しく目を細め、銃身の光る小銃を持ち直した。その時ライダは異変に気づく。彼女が足をかけた砲は、砲身に幾筋もの線が入っていたのだ。線には不思議と馴染みがあって、なぜならこの線に囲まれて普段生活しているから。随分しげしげと眺めてから正体が判った。
「え」
要するに木製なのである。線は木目だった。砲にも木砲という物があるにはあったが、ライダの足下に置かれる物はあまりにも仕上げが荒々しくて、とても火砲としての役目を果たせそうにない。ただ単に丸太ン棒を切って適当な色を塗っただけに感じた。前に回って砲口を覗いてみる。穴なんて開いておらず、丸型に黒く塗られていた。
「おっとっと、あれ、これ泥じゃん」
いつの間にかライダの近くに来ていたケーイチは、傍に砲丸よろしく積まれていた球体に足を引っ掛けた。球体は砂浜に落ちると形が崩れ土くれが飛び散る。そうなると火薬箱の中身も黒土に違いない。冷汗が垂れてダミー砲に落ちた。
「偽物っすね」
「なにって?」
「木をそれっぽく削った物っすよ。その砲丸だって」
「ああ、泥だな。敵は砲を確実に持ってるのか?」
「数は少なくとも持ってるはずっすよ。短剣を奪った奴らと同じなら」
「じゃあどっかに隠してんのかな」
「だとしたら・・・あっ!森に近づいたら危ないっす!」
波打ち際から数十デール先に森林があった。陸戦隊の一班は布陣か偵察を行おうとしたらしい、無警戒のまま森林に足を進めようとしていた。
彼らは茂みに潜む敵に気がつかなかった。呼び止められても既に遅く、直後砲声が轟いた。薙ぎ払われる船員たちの悲鳴が警報となり、皆はその場に伏せた。事前偵察をもっと行えばよかったと臍を噛んでも後の祭り、遮蔽物のない砂浜に展開する陸戦隊は殲滅されるだけの良い標的でしかなかった。




