第11話 笑顔痛々しく
前の襲撃で負傷した船員が降ろした客の荷物の監視に残り、他は出発した。目的地は広い内海のド真ん中に位置する小島で、通報したのはそこの島民だった。近頃盗賊団に占拠されて島民は軟禁状態、監視の目をかいくぐって脱出してきたという。船員で編成された陸戦隊の各班指揮官となる下士官とハルトたちは集められてライダの説明を受けた。
「まずは島民の保護、東海岸沿いの村に集められてるらしいっすから、陸戦隊を半分に分けて陽動と救出を行うっす。その後救出班は橋頭保の確保、陽動隊はそのまま賊の討伐に移るっす。陽動隊には、ハルトさん、ラスナさん、ケーイチさんが戦闘員として、救出隊には怪我や病気をした島民がいる可能性を踏まえてエミリアさんが、迅速な連絡のためレッタちゃんがいてくれると助かるっす」
「君は?」
「もちろん私は陽動班で指揮を執るっすよ」
「ハルトさんと一緒がよかったなあ」
「こら、飛べるのはお前だけなんだから。拠点が確保できたことを知らせるには打ってつけなんだ」
「むう、わかってますよ」
「頼りにしてるっすよ、レッタちゃん。大まかなことは今伝えたっすけど、より細かいことはまた教えるっす」
「はーい」
ハルトたちは子どもみたいな返事をして船室に戻った。潮風に当たられる武器の手入れを欠かさず、銃と剣に油を引く。終わるとまた甲板に出て、ハルトとラスナは船員相手に戦いの稽古、ケーイチは海に向かって試射を行った。屈強な船員は力も腕もあったが、ラスナの前には勝つ術がない。ハルトの打撃魔法にも腰を抜かす。
「やー強いですね。グライスの名はダテじゃありませんね」
「ありがとう。でも皆さん本当に強いわ」
「やっぱりラスナのお家は有名なんだね」
「親父が王家の近衛だったってんだから大したもんだよな」
「ケーイチさんの銃も、どんな仕組みで動いてるのかわからないけど、何発も連続で撃ててすごいですね」
「まあ、ね。こっちでも作れないことないのかな。エミリアの力を使えば」
「力といえばハルトさんの魔法、これには敵わないな」
「そうです、ハルトさんはとっても強いんです!」
「なんでレッタが威張るんだよ」
「この力が役に立てたら、僕も嬉しいです」
「この人たちがいれば、いよいよ船長の短剣も取り戻せるな!」
一同笑って、戦闘を前にして和やかな雰囲気、船員たちは俄かな協力者の登場によって活気付いていた。
ただ、彼らの自信と反比例して、クリエの口数は少なくなっていた。食事なぞに出てこないのはいつものことだが、医務室にこもりきりで何をしているのか判らない。彼女は、コトが思うように運ぶのか、船の焼き討ち未遂もあって悩んでいたのだった。
「クリエいるっすか?いるっすね」
珍しく初めから閉じられていた扉をノックして、ライダがカーテンを開けると入ってきた。彼女は断りなしにベッドに座るとあぐらをかいた。クリエはどんより顔を上げると隈のある目元を擦る。
「なに?性病検査?」
「違うっすよ、クリエの様子を見にきたっす。出航してから姿を全然見ないっすから」
「私なら元気よ。心配しないで」
「そうは見えないっす。いよいよロレンスの形見が取り戻せるかもしれないのに、緊張してるっすか?」
「そうじゃないわよ。元気だってば」
「それならいいっすけど」
クリエは朝から飲み続けている酒の、瓶が空になったことを確かめ床に倒した。戸棚から新しい瓶の栓を開けて口をつける。ライダはパイプをくわえて酒量を心配するのか苦笑いした。
「最近酒が多いっすよ。身体に悪いっす」
「ライダだって煙草喫うじゃない。それに、男どもを抱く方がよっぽど身体に悪いわ」
「それもそうっすね。でも、もうちょっとしたら私はそんなこと繰り返さなくて済みそうっす」
「・・・短剣が戻るから?」
「あれが取り戻せれば、きっと私は安心して新しい人生を踏み出せそうっすからね」
「新しい人生、ね。そんなにロレンスのこと引きずってる?」
「それはクリエも同じはずっすよ。その服ロレンスのっす」
「引きずり方が違うわ」
「そりゃ、私は恋人として、クリエは兄としてのロレンスっすから」
「そうじゃないのよ」
あぐらをかくライダの白い脚、ズボンに覆われた股から視線をずらしていって、豊かな胸を隠す上衣、赤茶の髪、どこか満足そうな瞳で、パイプをくわえる様に、クリエは内心泣き出しそうな激痛を抱えていた。彼女が短剣を取り戻したところで、クリエにとっての形見の服と同様の意味を持つわけがなかったのだ。短剣が手に帰してロレンスは懐かしい思い出の一片となり、新たな人生を歩み始めること、それは、悩むままに男と身体を重ねるよりも辛くなるかもしれなかった。
「短剣なんてどうでもいいじゃない。そんなことしてもロレンスは戻らないんだし」
「でも、やっぱりあの短剣があれば、ちゃんとロレンスのことを心に残して生きていけるような気がするっす。それにあれは、クリエにとっても兄だけでなく両親の形見じゃないっすか」
「そんなこともういいの、ライダがあんな危ないことするの、見てられない!」
「・・・優しいっすねクリエは。大好きっす。きっとこれで最後にするっすから」
どうしても染まってしまう頬の、熱さに耐えられなかった。好きと言ってくれる意味は自分が求めることとは違うに決まってるから。
ライダが出てから机に突っ伏した。溢れて溜まる液体は酒ではなく涙、袖口では拭かなかった。
「優しくなんかない、あなたがこれ以上ロレンスを追わないように、あなたが求めるものを壊そうとしてるんだから」
ライダは自信からかこれで最後にすると言った。その未来は実現するであろう、短剣の最期を目撃するのだから。そうなってしまえばどんなに暗い人生を歩んでいくかわかったもんじゃない。しかしクリエは、ライダの新たな人生とやらの方を恐れる。たとえロレンスを本当の意味で取り込んだとしても一つの恋にケリをつけただけという話、区切りがつけば再び誰かと恋に落ちないとは限らないのだから。区切りがつかなければ、あるはずのない恋人の幻影探しを続けて終わりのない鬼ごっこ、他の誰かは登場のしようがない。
身勝手で未熟な我儘と、亡くなっても愛情は存在している兄と両親への背信、自身が一番理解している。だけど想い人の心が他人の手に渡ることだけは、自分のものにならないと知っていても避けたかった。




