第10話 クリエ一人
マストの修理が終わっていよいよ明日出航という夜、クリエが下船したことに気づいた者はいなかった。彼女は街へ行くと怪しい酒場に足を踏み入れ、いるわいるわガラの悪い荒くれども。クリエはなんの躊躇いもなく一瞥くれてやると、奥の席に進んだ。
「おいどういうこった、手下が捕まっちまったじゃねえか」
目つきの悪いこと甚だしい男が部下と鎮座していて、空になったビールジョッキをドカンと置いた。クリエは不快な眼差しで睨みつけると派手に座り、行儀悪くテーブルの上に脚を置いてビールを注文する。
「なーにがどういうことよ、こっちの台詞だわ。何も船を燃やせとは言ってないでしょ。船員も傷つけて」
「出航させないようにしろって言ったのはお前さんじゃないか」
「私が言ったのは荷物を燃やせってこと!そうすれば流石に出航しないんだから。もう荷物はダメよ、監視員が残ることになったから」
「ふん、船燃した方が手っ取り早いじゃねえかよ」
「馬鹿ね。思い出の船を燃やされてたまるもんですか」
ビールが来る。クリエは1カットで飲み干すと、もう用はなくなって席を立った。
「次は上手くやることね。ビール、あんた払っといて」
「おい」
男は酒代ツケられたことには文句を言わず、歪んだ笑みを浮かべると立てた人差し指を頭に当てた。続く言葉であからさまな侮辱の態度となる。クリエは黙って見下した。
「ここ、おかしいんじゃねえか。俺たちが龍眼の短剣持ってると知るや、復讐するでも返してくれと頼むでもなく、隠して俺たちから遠ざけてくれなんて言うなんざ。それに、別に嫌いじゃないんだろ、お前の死んだ兄貴も船も。そういうの、矛盾ってんだぜ」
クリエの顔に暗く影が宿って舌打ちした。眉間に皺寄せて釣り上げる眼の、精いっぱいの不快を表す感情表現に男は動じもしないが、どうせ、踏み込んだことは聞くなと言っている。
「まあいいさ、金はくれたんだ」
「だったら今度は言った通りにすることね」
それだけ言い放つと外に出た。ロレンスの形見である上衣には、シミの残る袖が腕ごと突っ込まれていた。




