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副・救世主は悩ましく  作者: 小山モーゼル
第四章 セーラーと短剣
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第9話 頼むまで

 見送りの船員は、例のハンモックの吊り方を教えてくれた下士官だった。彼もまた伝令と同じく、謝罪の念を込めて頭を下げる。背後では他の船員たちが慌しく走り回って戦闘準備か、せっかく積んだ貨物も集積所へ逆戻り。いくらこの世界での荷物運搬日時が不確実なものとはいえ、契約を交わした送り主が目撃したら信用を失うだろう。


「あの荷物」

「お客さんの荷物を危険な目に遭わせるわけにはいきませんから」

「でも運搬を注文した人が見てしまったら大変では?」

「信用も何もないでしょうね。覚悟の上です」

「覚悟って・・・」


 船員たちが望むのが海運屋か自警団稼業か、または私闘(殴り込み)紛いの戦闘出撃なのか、確かではないけれど、覚悟の所以はライダにあることに間違いない。彼ら自身が短剣を取り戻したいというよりは、ライダに安定を与えるために戦海に出るのであろう、特に男性船員ならば彼女が自身に抱かれた姿、たとえ二度目はなくとも脳裏に焼き付いているはずだから。

 下士官は作業に戻り、一行は今一度船を眺め回すとゆっくり背を向けた。この数日間、慣れない場所で船酔いに悩まされた者もいたが、物珍しくで楽しかったのも確か。そしてこんな別れ方となってしまえば、未練というか、思いを残したというか、始まりがリーネらしき人物の偽通報だったかもしれないことも忘れて、度々後ろを振り向いた。


「どうなるのかな」

「今からまた戦いに・・・」

「どうとでもなるさ」

「なんか薄情じゃない?ケーイチ」

「薄くなるほどの情もない」

「怒ってない?」

「べつに」


 不貞腐れた顔でもしていたのだろう、自分では気づかなかった。離れようと思ったくせに一体何に苛立っているのか。クリエが形見を汚す理由の謎、そして仕事を放っぽりだして短剣を追うライダの焦りか、小さいことには関わらないと言ったらハルトに諭されたからか。

 これらクリエのことは除いて解消する方法、短剣探しを手伝ってくれと言われたらいいのだ。クリエのことだって、兄の名残が戻ればその反応で何か判るかも。余所者に助けられるのは嫌なのだろうが、内面晒したのに突き放すような態度が気に入らない。しかしあれこれ考えても、実のところライダの笑顔を純粋なままに受け取りたいだけなのかもしれなかった。


「あれ?」


 モヤモヤしたままに煙草を喫うべくポケットに手を当てると、パイプが二本あった。ライダのパイプを返すことをすっかり忘れていた。取り出して立ち止まると最後尾にいたレッタが、ケーイチのパイプが白いことに気づいた。


「ケーイチさんのパイプってそんなんでした?」

「いや、これライダのだ。拾ったの忘れてた」

「たいへん!もうお船出ちゃうかもですよ!」

「そうだな、返してくる。レッタはこのことを皆んなに伝えといて。あと鞄頼む」

「ケーイチさん!」


 レッタにザックを押し付けると踵を返して不思議なくらい素早く船に走った。真っ先に下船に応じたのにおかしなことだった。ロレンス号は、まだ出航作業をしているのか錨を降ろしたままで、衛兵に事情を告げると乗せてくれた。ライダは船長室にいるという。扉を叩くと気怠そうな声が応じた。


「ライダ、いるか?」

『その声はケーイチさんっすね。降りてくださいって言ったっす』

「君の忘れ物だ。俺が持ってた」

『忘れ物っすか?鍵はかかってないっすから入るっす』


 中に入るとライダは椅子にもたれていて目だけぐるんと向けた。昼間走り回って思い詰めていた反動か疲労の色隠さず、出航前の船長がこれでいいのかと、苦笑して出したパイプを彼女の口に突っ込んだ。


「船縁に落ちてた。欠けちゃってるぜ」

「どーこで無くした方思ったすよ。ありがとうっす」


 欠けたボウルに煙草葉を詰め込み、ケーイチが火を点けてやった。パイプ喫煙にしては深く吸い込んで、吐く煙に溜息を混じらせた。


「疲れてんか、これから出航らしいけど」

「疲れてないっすよ。ちょっとゆったりしてただけっす」

「あっそ。今度は確実なのか?」

「手配書と何から何まで一致する輩が出たって通報っす。今度こそやるっすよ」

「今度こそ、か。終わらせてやらなきゃ部下もたまらんだろうしな」

「そんなこと言ってた奴がいたっすか」

「うんにゃ、そう思っただけ」

「そっすか。そうかもしれないっす」

「次は正確を期さなきゃ。おい、俺たちに手伝えと言え」


 急に変なことを言われて、だけど意味は解るから、心外だという風に目を剥いた。この反応は折り込み済みだが、それからどう説得するか身構えた。


「必要ないって言ったはずっすよ。他人の手は借りないっす」

「そう言うなよ、俺たち実績はあるんだから。俺たちがやれば上手いこと敵をやっつけて短剣を見つけるのにも役立てる。レッタは空を飛べるしエミリアは物を作り出せる、ラスナも剣は一流でハルトは打撃や火、水の魔法を使える。憚りながら、俺はそこそこ銃の腕がある」

「だからどうしたっすか。要らないものは要らないっす」

「短剣を取り戻すのが大事なんしょ、協力するって言ってんのに断る法もない」

「これは私とロレンスの問題っす、余計な口は挟まないでもらうっす」

「俺にべらべら語ったくせにカッコつけんなよ」

「一度抱いたくらいで情が沸いたっすか、可哀想って思ったっすか、そんなに反応のない女が面白かったっすか、二度目はないのにバカみたいっすね!」

「アホ!見栄っ張り!」


 説得するはずが険悪になる一方だった。距離は近くてバチバチと、視線のぶつかり合う火花が飛んでいそうで、二人がいがみ合う理由はない全く無駄な喧嘩だった。だが、比喩として火花が飛んでいるにしては、実際耳に木が燃える音が入って焦げ臭く、また、暑くなってきた。二人が不可思議な事態に気づくのは同時で、更に飛び入ってくる伝令。


「船長!敵の襲撃です!」

「マジっすか⁉︎」


 喧嘩どころではない、慌てて外に飛び出るとマスト柱の根元に火が点いていて、帆に飛び火するとより火炎は強くなった。一体誰がこんな真似したのか、辺りを見回すと下の桟橋で、襲われたのか傷つく船員がうめき、黒い影四人が逃走を図っていた。血の付いた凶器が火に浮かび上がる。


「早く火を消すっす!」


 蒼ざめるライダが消火を指示し、しかし間に合いそうにない。犯人を取り逃がすまいと隣でカービンを構えるケーイチ、視界の端に折よく駆け付けたハルトたちの姿が目に入った。彼は船縁から身を乗り出して空と賊を交互に指さした。


「ハルト、レッタにぶら下がって上から火を消せ!それから、あの野郎、あいつら火点け強盗だ!」

「わかった!」


 レッタがハルトの後ろから抱きつき翼を広げた。ものの数秒にしてマストのはるか上を飛んでいく。見届けると賊に照準を合わせて二発撃ち込み、一人がもんどりうって倒れた。行く手を阻む追手が現れた知るや戦闘態勢、立ち向かうのはラスナと意外にもエミリアだった。賊もただの素人ではないらしい、素早く剣を向けて二人に迫る。ケーイチは分が悪いと思った。ラスナに対しては一人だが、エミリアには二人対峙していた。賊は、戦闘的なラスナに比してまだ穏やかそうな彼女に舐めてかかる。


「エミリア危ない!」

「弱そうな嬢ちゃんだな。くたばらせてから犯してやるぜ」

「へーっへっへ、死にな!」

「えい!」

「なに⁉」


 エミリアは臆せず魔練術を発動、賊は突如木箱に覆われて閉じ込められた。船上のケーイチも早々に相手に勝利していたラスナも目を丸くした。木箱の中から罵倒と側面を乱暴に叩く音が響いてくる。


「やるわねえ、二人も相手して」

「うん!こういう戦い方なら私にもできるのかも」

「おーい、上手くやったなあ。見直したぜ」

「ありがとケーイチくん!火は?」

「おっとそうだった。火の手はこちらに・・・お」


 急な雨、バケツをひっくり返した土砂降りで、見上げるとレッタの腹にぴったり抱かれたハルトが両手で水魔法を放出させていた。ピンポイントな放水で的確に火事を消火していて、マストも甲板も火の海にならず済む。船員たちは歓喜に湧いた。


「船長!火は全部消し止められました!帆とロープさえ交換すれば航行できます」

「そ、そっすか。よかったっす」


 ライダは報告を受けると、どっと力が抜けて船縁にだらんともたれた。そのうち仕事を終えたハルトたちが船に上がってきて彼女を囲んだ。


「犯人も捕まえました。ライダさん、大丈夫?」

「ええ。みなさんにはどうお礼を言っていいかわからないっす。けど、本当に感謝してるっす」

「なんとかなってよかったわ」

「ハルトさんのお水見事でした!」

「レッタが空に運んでくれたからできたんだ。ありがとう」

「えへへ〜」

「でもあの人たち、こんなタイミングで襲ってきたなんて、もしかしたら短剣に関係があるのかな?」

「それは・・・あるかもしれないっす。どこかで情報が洩れて」

「これからの短剣探しが思いやられるな、ライダ」


 幾分含みを持たせてライダの名を言うケーイチが彼女の顔を覗き込んだ。少し細目に開けた瞼の瞳の色、「負けたっす」と素直だった。一度伸びをすると背筋をしゃんと立たせ、五人の顔を順番に見まわす。最後にケーイチに手を差し出して握手を求めた。


「手伝ってもらえないっすか、短剣探し」


 もちろん皆異論はない。ただ真っ先に下船したケーイチが強く手を握り返すことは、いまいちよく解らない。ハルトだけは、自分が話したことを受け取ってもらえたと、安心したように笑った。

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